第158話

 なんだ、この馬の足音は?

 人が来たのか?


 善良そうな人ならば、今からでもニーナを預けることができるかもしれない。

 ニーナの思惑とは異なるのかもしれないが、それでもやっぱりニーナには死んでほしくない。


 音の方へと顔を向ければ、馬に乗った大柄の男が砂原の向こうに見えた。

 濃い茶髭のせいで少し老けて見えるが、歳は20代から30代といったところか。

 頭にターバンは巻いていないが、以前戦った兵士と同じ胸当てをしている。

 俺が追い返した兵士から報告を受けてやってきたのだろうか。

 たった一人ではあるが、前の奴らとは風格が違う。

 コイツ、そこそこできる奴だ。


「ヒヒィーンッ!」


 馬は俺と目が合うと鳴き声を上げ、一気にスピードを上げてくる。

 とりあえずステータスの確認からだ。

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〖アドフ・アーレンス〗

種族:アース・ヒューマ

状態:囚人の刻印

Lv :48/85

HP :262/316

MP :72/98

攻撃力:243+32

防御力:262+24

魔法力:121

素早さ:172


装備:

手:〖ハレナエ兵の大剣:C+〗

体:〖ハレナエ兵の胸当て:C〗


特性スキル:

〖グリシャ言語:Lv6〗〖剣士の才:Lv7〗


耐性スキル:

〖物理耐性:Lv5〗〖魔法耐性:Lv4〗〖毒耐性:Lv1〗

〖斬撃耐性:Lv6〗〖落下耐性:Lv1〗〖麻痺耐性:Lv2〗


通常スキル:

〖衝撃波:Lv5〗〖クレイ:Lv2〗〖デコイ:Lv5〗

〖大切断:Lv4〗〖精神統一:Lv6〗〖鎧通し:Lv2〗


称号スキル:

〖元騎士団長:Lv--〗〖剣王:Lv7〗

〖力持ち:Lv6〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 こいつ……前の兵士よりかなり強いぞ。

 せいぜいあの兵士達に毛が生えた程度の強さだと思っていた。

 本当に人間かよ。


 ただでさえ高ステータスな上に装備分があるから、下手に攻撃を受けたら俺でも危ない。

 なんとか最小限のダメージで無力化して、ニーナのことを頼めるかどうか見極めなければ。


 大男、アドフが一直線に向かってくる。


 まずは〖念話〗の呼びかけからだ。

 これで止まってくれりゃ、楽なんだが……


「グルァッ」


 俺はニーナから離れ、玉兎にへと首を向けて吠える。


「ぺふっ」

『止マッテ。話、シタ……』


 〖念話〗で声を掛けようとしたとき、アドフを乗せている馬が速度を更に上げた。

 アドフは本人の背丈に近い大きさの剣を軽々と片手で持ち上げ、空を二度斬ってから俺を睨む。

 駄目だ。

 これ、悠長に〖念話〗してる余裕ねぇわ。

 下手したら玉兎が斬られちまう。

 まずは戦意削ぐところから始めねぇと。


「ぺぇふぅっ!?」


 俺は尻尾で玉兎を弾き、後方にいるニーナの傍へと飛ばす。

 少し雑だったが、仕方ない。

 判断が遅れれば、玉兎が危なかった。


 アドフを正面から迎え討つため、俺も大きく前に出た。

 翼を使って〖鎌鼬〗を三発飛ばし、馬の足許を狙う。

 一発目は左側から、二発目は少しラグをつけて右側から、三発目は二発目を避けたときに来るであろう位置を意識して放った。


 素早さでは俺が大幅に優っている。

 馬と分離すれば、かなり楽に戦えるはずだ。


「ハイヤァッ!」


 アドフは大声を出しながら手綱を引いて馬に指示を出し、的確に一発目二発目を回避する。

 アドフは、俺が誘導した位置に来る。

 本命の三発目が、馬の足を狙う。


 アドフは三発目の〖鎌鼬〗に鞘を投げつけ、風の魔力の動きをわずかながらに鈍らせた。

 それから二発目が通過していった位置へと移動し、楽々と避けていた。


 対処されたのは仕方ないにしても、対処が手慣れているというか、まったく焦りが見えなかった。

 ちょっとずれてたら馬が転倒して俺に殺されてたかもしれねぇというのに、眉ひとつ動かしていない。

 似たような危機を何度も潜ってきたという自信を感じた。


 やっぱし、人間相手だと魔物相手のようにはいかねぇ。

 向こうさんもかなり考えて動いてやがる。

 魔物なら今ので先制ダメージが取れていたはずだ。


 〖鎌鼬〗を回避しきったアドフは、一気に接近して来る。

 やっぱり馬から引きずり下ろすのが先だな。

 あの速度で突っ込んで来られると、直線的な動きでもカウンターを合わせ辛い。


 俺はわざとらしく左腕を大きく持ち上げて構える。

 アドフの意識を左に集中させ、右から軽く小突いて馬をひっくり返してやる。


 俺の構えを見て、アドフも大剣を横に構える。


 敢えて一発もらうか?

 左の上腕辺りで剣を受け、アドフの動きが止まったところを狙えば確実に馬とアドフを分離できる。

 ダメージはそれなりにもらうだろうが、上手く行けばそこで戦闘終了だ。

 ブッ飛ばしたところで追撃を止めれば、そこで向こうさんも何かに勘付いてくれるかもしれねぇ。


「おらぁっ!」


 アドフが、横一線に大剣を振るう。

 俺は振り上げた左手を素早くガードに回し、右手をすっとアドフへと伸ばす。


 アドフの目線が、俺の左手から右手にへと移る。

 こっちの思惑に気付いたらしく、「ぐぅっ」と声を漏らしていた。


 だが、もう遅い。

 馬の勢いも剣を振るう腕も、今更止めることはできない。


 アドフの横一線に振るわれた大剣の軌道が、山なりにぶれた。


 俺の左腕に、大剣が当たる。

 予想よりダメージはない。


 アドフは大剣の刃ではなく、大剣の腹で俺の腕を叩いていた。

 アドフは大剣を振るったのと同時に手綱を力いっぱい引き、俺を叩いた反動で大きく後ろへと飛んだ。

 伸ばしきった俺の右手の爪が、馬の鼻先を掠める。


 馬は着地してからすぐに身体を翻し、俺とは逆方向に走り出す。

 そして距離を取り直してから、また俺を振り返った。

 また、仕切り直しだ。


 アドフは、敢えて剣の軌道を一直線から山なりに切り替えることで上向きの反動を得て、それを利用して後方へ飛んだのだ。

 馬ともかなり息が合っていないとできない芸当だ。


 さすがに今のはアドフも焦ったらしく、腕で自身の眉間に掻いた汗を拭っていた。


 まさか、ここまでやる人間がいるとは思わなかった。

 こんな考えがさっと頭に浮かぶ辺り、俺もすっかり魔物っぷりが板についちまったな。

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