第262話

 アロと共に、竜神の祠へと帰還した。


 祠の横に見慣れない大木があったので目を向けると、根が引っこ抜けて大きな口を開いた。

 おおう、レッサートレントさんでしたか。


 トレントが枝を振るうと、黄緑色の子蜘蛛がぼてっと落ちてきた。

 ベビーアレイニーである。

 同種の蜘蛛が、祠からもがさがさと這い出てくる。


「ガァッ! グァッ!」


 相方が首を伸ばし、子蜘蛛達へと近づける。

 子蜘蛛達が相方の顔へと寄って行く。

 子蜘蛛達が足で相方の顔をべしべしと叩き、じゃれ合っていた。


 ……本当に飼う気らしいな。

 どうなっても、俺は知らねぇぞ。


 しかし、なんかこうして出迎えてもらうと、住居ができた感があるな。

 子蜘蛛にトレント、アロ……それから、土兎。

 うん、うん賑やかでいい。いいんだけど……やっぱしこれ、魔王ルート入ってんじゃなかろうか。

 こいつら成長したらそれなりの戦力になっちまうぞ。


「ガァッ! ガァッ!」


 相方が悲鳴のような声を上げる。

 目を向けると、相方の顔面が蜘蛛の糸塗れにされていた。

 何遊んでんだこいつ。


『取レ! 取ッテ!』


 それくらい、首振ったら落とせるんじゃ……。


『雑ニ落トシタラ、コイツラ死ヌダロウガ!』


 お、おう……。

 そんな気遣わなきゃならんほど、こいつら軟じゃねーと思うけどな。

 Aランク邪竜の頭に巣を張ろうとする蜘蛛なんて、なかなかいねーぞ。


 前足でべしべしと頭を叩き、子蜘蛛を全て落としてやった。


「ガァ……」


 疲れたように、相方が地面へと頭を垂らす。


 ……子蜘蛛はどうでもいいとして、注目すべきはあっちだな。

 祠から少し離れたところに、また食糧が置かれている。


 リトヴェアル族が来て置いていったらしい。

 あいつらが来てたからトレントも擬態してたわけか。

 脳裏にふと、バロンが空っぽの祠を見てがっかりしている様子が浮かんだ。


 毎度毎度ありがてぇこった。

 相方もグロッキー状態から立ち直り、涎を垂らしながら並べられた食糧を眺めている。


 正直、今ちょっと狩りしそびれて腹減ってっからな。

 酒壺に猪、大きな箱……あれ、箱の蓋、ちょっと傾いてねぇか?

 中に何が入ってんだ。


 食糧へと近づきながら、今後のことを考える。

 当面の課題は、竜神派と反竜神派の和解だな。

 反竜神派が折れても、あの妙に厳しそうな竜神派がそれを受け入れるかどうかが問題になってきそうなのがなぁ。

 タタルクも、そこが最難関だっつってたし。

 竜神に発言力があれば、ある程度はどうにかなりそうなんだけど……そもそも、竜神派がどの程度反感持ってんのかもよくわかってねぇからな。


 食糧に近づいたとき、何となく嫌な予感がした。


『酒! 酒! 酒!』


 相方が俺に酒コールを送ってくる。

 まぁ、別に気にすることはねぇか。

 万が一開けて爆発したって、俺なら余裕で耐えられるし。


 そう思い、木箱の蓋へと前足を伸ばす。


 ガサゴソと嫌な物音が聞こえ、俺の手を止めた。

 木箱が若干震えている。


 今さっきまで何も感じなかった俺の〖気配感知〗が、一気に注意を喚起し始めた。

 背筋がゾゾゾと冷たくなっていく。

 こ、この感じ、覚えがあるぞ。


 しかし、ずっと放置しておくわけにもいかない。

 リトヴェアル族からの贈り物を、箱ごと潰すという気にもなれない。

 ひょっとしたら何か、俺のために動物を生け捕りにしてくれているのかもしれない。

 どうするべきかは、中身を確認してから考えるべきだろう。


 俺は木箱の蓋へと爪を引っ掻ける。


『……ヤメタ方ガ、ヨクネェカ』


 相方も何かを察したようだった。

 だが、俺はそのまま前足を振り上げた。

 木箱の蓋が、勢いよく飛ぶ。

 その蓋を追いかけるかのような素早い反応で、一体の大きな虫が飛び出してきた。


 縞々のボディ、そこから伸びる長い八本の脚。

 口周辺の、多すぎる牙らしきもの。


「ヴェェエエエ!」


 案の定、アビスであった。

 俺が素手で潰すのが嫌で、一歩退いた。


「ヴェアァッ!」


 その瞬間、口から何かの残骸のようなものを吐きかけてきた。

 粘着質な薄緑の唾液に包まれた、血と肉飛沫。

 恐らくアビスは、木箱に入っていた貢物の肉を喰っていた最中だったのだろう。


 咄嗟に翼でガードした。

 翼に生暖かいものが付着した感覚を味わう羽目となった。


「ヴェェエエエ! ヴェェエエエ!」


 アビスは足を素早く動かし、ジグザクと駆けながら俺から逃げて行く。


「グゥォオオオオッ!」


 俺はガードのために閉じた翼に魔力を乗せ、勢いよく開いて〖鎌鼬〗を放った。

 一発ではなく、同時に八発ほど射出してやった。


 出鱈目に飛んだ風の刃が、土を、木を、岩を抉りながら直進していく。

 その内の一本がアビスの身体を両断した。


【通常スキル〖鎌鼬〗のLvが5から6へと上がりました。】


 アビスの身体から、クリーム色の汁が噴き出す。

 ぽてんと左右に分かれ、グロテスクな内部を晒した。


【経験値を180得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を180得ました。】


 ……ふう、俺もそろそろ、アビスの駆除に慣れてきたな。

 死骸は見たくねぇけど。


 木箱の蓋がズレてると思ったらアビスが湧いてやがったのか。

 マジで止めてほしい。


 そうっと木箱の中を覗いてみると、三体ほど鳥らしき魔物が詰められていた。

 全員腹を食い千切られたようで、内臓が露出していた。

 ……なんで全部ちょっとずつ喰うんだよ、嫌がらせか。


 腹減ってるけど、アビスの喰い差しは喰いたくねぇな……。

 つーかこの鳥、腹にアビス卵とか産みつけられてねぇよな? 大丈夫だよな?

 確か神の声によれば、自分より大きな魔物に卵を産みつける習性があるんだったか。

 だったらアビスより小さいこの鳥は無事……なはずだが、いかんせん喰い散らし方が汚過ぎてなぁ……。

 なんか、唾液らしき液体もついてっし。


 相方も、かつてないほど真剣な目でアビスの喰い差しを睨んでいた。

 さすがの相方もこれはナシらしい。

 そりゃそうだよな。


『……目瞑レバ、喰エル』


 マ、マジでか……あんまし無理すんなよ。


 相方は宣言通り、ぎゅっと目を瞑り、一気に鶏肉(アビスの喰い差し)を喰らい尽くした。

 喰い終わってから、息を荒くしながら目を開く。


『水、飲ミテェ……水……』


 そ、そこまで我慢して喰わなくても……。

 いや、同じ身体を共有してるんだし、腹減ってたのは俺だってわかっけどよ。


『気ノセイダトハ思ウガ、口ン中、ネバネバスル……』


 ……あーわかるわ、俺もそういう気分のとき、あるわ。

 つーか、そこまで気にすんならマジでなんで喰ったんだよ。

 ちょっと悪食過ぎんだろ、その食への執念は何処から来るんだよ。


 俺は呆れながら、酒壺へと目を向ける。

 とりあえず、アルコールで口の中消毒すっか。

 あれ、全部呑んでいいぞ。


 相方は壺の縁に牙を立てて頭上へと持ち上げ、中身の酒を一気飲みする。

 飲み終わってから、地面の上に置き直した。


『アー……マシナッタ気ガスル……』


 そうかそうか、そりゃいい……。


 俺が安堵と呆れを込めて溜め息を吐いたとき、子蜘蛛達がアビスの死骸に群がっているのが見えた。

 アビスを噛み千切り、その肉をぐるぐると糸で巻いている。


 思わず、目が点になった。

 あ、あいつら、まさかアビスを喰うつもりか?

 つーか、喰えんのか、アレ。

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