第87話

 俺は黒蜥蜴と一旦離れ、スライムの進路の先へと回り込む。

 俺が攻撃を仕掛け、隠れている黒蜥蜴が隙を突いて毒で攻撃するパターンだ。


 圧され気味だったら〖クレイガン〗で援護してもらう。

 猩々戦では前面に出てきてもらったが、今回はそれはなしだ。

 今の俺が接近戦で押されて、〖クレイガン〗で援護してもらっても敵わなかったら、黒蜥蜴が前線に立ったって状況はなんら変わらないだろう。


 残りMPに余裕はねぇんだが……〖神の声〗のシミュレーション、使っとくべきか?

 でもあれ、結構がっつり持ってかれるみたいだったからな。

 そもそも、ステータスが上手く見れない奴を相手に通用するとはどうにも思えん。

 勝算が薄いってわかっても、ここで退くわけにいかねぇしな。


 そりゃ勝率が知れたらこっちの動き方も変えられるってのはあるが、MPを失うことでその動き方が削られるんだったら本末転倒だ。

 せめて万全の状態だったらシミュレーション使ってもいいかって思えるんだけど、ほとんど連戦状態なせいでMPが全然ねぇ。

 今使ったらほぼ枯渇する。

 HPは自動回復のお蔭で八割方回復してっけど、MPはそうはいかねぇ。


 大丈夫だ。

 耐性はガチガチに固められてるが、ステータスはそこまで高くねぇ。

 特性スキルに気掛かりなものが多いが、上手く行けば一撃で殺せるはずだ。

 速さもない。



 スライムが動きを止める。

 感知らしきスキルを持っていたし、気付かれた臭いな。

 俺は大きな木の上から飛び降り、スライムに襲いかかる。


「ガァァァァァァッ!」


 何のために村に危害を加えようとしてたのかは知らねぇ。

 気掛かりではあるが、無理して聞き出す気もねぇ。


 勢いよく鉤爪を振るい、緑色のスライムに叩き付ける。

 スライムに人間の口のようなものができ、そこから黒い霧が吹き出された。


 毒か?

 いや、関係ない。

 そうだったとしても、後で黒蜥蜴に解毒してもらえばいい。

 俺は黒い煙を突っ切って、スライムに鉤爪を叩き付ける。


 手応えはあった。

 液体に鉤爪を突っ込み、そのまま柔らかい身体を抉ってやった。

 逆の手で二発目を叩き込もうとするが、それは地を抉るだけだった。


 避けられたらしい。

 経験値も表示されねぇし、倒し切れたってわけではなさそうだ。



 とにかく、視界がないのは辛ぇ。

 俺は数歩下がり、霧の中から出る。

 毒じゃなかったみたいだな。

 身体に水滴も付かねぇし、厳密には霧ですらなさそうだ。

 黒いっつうか、光を一切通さない薄い魔力みたいなもんか?

 あんまし浴びねぇ方が良さそうだ。



 俺は黒い霧から距離を置き、スライムが出てくるのを待つ。

 この距離なら、どんな攻撃を仕掛けてこられても対処できるはずだ。


 さーっと霧が晴れてきて、中の様子が見え始めてくる。

 その端のところに、二人分の人影が見えた。

 抱き合って震えている、男女の子供だ。


「なんで……ここ、どこ?」

「あ、あれ、どうして……?」


 絶対、さっきまではいなかったはずだ。

 なんだ?

 あいつのスキルで移動させられたのか?


 どうにも引っ掛かるが、考える時間も惜しい。

 保護するよりも先に、スライムを見つけて遠ざけさせた方が良さそうだ。

 助けようとした隙を突くのが狙いかもしれねぇ。


 黒い霧の中に万遍なく目を走らせていると、男の子の方が俺に向け、手を振りかざした。

 手の先が緑に変色し、俺へと真っ直ぐ伸びてくる。

 腕の先端が、鋭利な形状に変形した。


 反応が遅れた、避けられねぇ。

 俺は肩で受け止める。

 真っ直ぐに伸ばされた腕だったものは、俺の肩の鱗を僅かに砕き、すぐに縮んでヨーヨーのように本体の元へと戻っていく。



 俺は地を蹴って、更に距離を取る。

 こいつ、ホントに得体が知れねぇ。


 女の子は依然、男の子の顔を心配そうに見つめている。

 男の子の方は、無機質な目で俺を観察していた。

 すぐに二人の身体が緑色に変わり、溶けて混ざり合っていく。


 一度水溜りのような姿になってから、そこから再び人間を象っていく。


 少年とも少女ともつかぬ、中性的な容姿の子供へと変わった。

 髪は肩まで伸びていて裸ではあるが、幼さゆえ身体に凹凸がなく、モデルの性別はわからない。


 上体を極端に猫背に倒し、上半身だけが水溜りから這い出ようとしているかのような体勢を取る。

 今度は、身体が半透明の濁った緑色のままだ。



 姿くらいは変形できるだろうと踏んでいたが、まさか色まで変えられて、どころか一人二役で会話までこなしてくるとは思わなかった。


 そういえばこいつ、ドーズから取ったらしい〖グリシャ言語〗まで持ってたな。

 声帯作って喋ることまでできんのかよ。

 未だに俺は吠えることしかできねぇっつーのに。


「進化で、スキルが大幅に変化? 面倒臭い」


 作ったばかりの口を動かし、スライムは言う。

 こいつ、人並みの知能もありやがるな。

 俺のことも覚えてやがるみてぇーだ。

 いや、マハーウルフの〖魔力波送信〗で情報を送らせてたのか?

 スキルで隠れて俺を見張っていた、という可能性もある。


 スライムの半透明の身体の中に、眼球らしきものが浮かび上がる。

 それはスライムの体内を泳ぎ、背中側へと移動する。


「後、木の根に蜥蜴が一体」


 感知スキルを持ってたみてぇだし、黒蜥蜴の存在を隠して隙を突かせるのは無理っぽいな。


 木の陰から、黒蜥蜴が〖クレイガン〗を放つ。

 黒蜥蜴も自身がいることが割れたことに気付いたらしく、隠れきるのは諦めたらしい。


 無数の土の弾丸がスライムを襲う。

 身体をくねらせるものの、大きく避けるような動作は取らない。

 流動的に形を変え、綺麗に弾丸を受け流す。

 それでも捌ききれない分は身体に穴を開け、そのまま通した。



 HPの変動はまったくない。

 〖148/148〗と、最大値そのままだ。

 今のは避けられたから仕方ないとはいえ、俺が爪を叩き付けた分もまったく通っていない。


 手応えはあったはずだが、回復されたのか?

 〖HP自動回復〗、〖超再生〗、〖過回復〗に〖自己再生〗、〖ライフドレイン〗と回復手段は山ほど抱えてやがるみたいだったからな。

 こいつも、一撃で仕留めないとどうしようもないパターンか。



「参った。楽に勝てる分しか、戦いたくないのに」


 スライムは首は動かさず、体内に浮かぶ目玉だけをぎょろぎょろと動かし、俺と黒蜥蜴を交互に睨む。

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