第556話
俺は霧の中を飛んでリリクシーラの後を追っていた。
ベルゼバブの奴に足止めを受けたとはいえ、まだ充分に追える距離だ。
アイツはここで倒し切ってみせる。
聖女との因縁も、神の声のヤローの思惑も、ここで終わらせてみせる。
竜王エルディアは倒した。
魔獣王ベルゼバブは逃したものの、既に瀕死のはずであった。
聖騎士達も、もうまともな戦力になるほど数が残っているとは思えない。
厄介だったハウグレーも、今はヴォルクが相手取ってくれている。
アルアネも仕損じたままであるし、アトラナートもまだ囚われているはずだが……きっとアロとトレントがあいつを追い詰め、アトラナートを取り返してくれているはずだ。
ステータスで圧倒的に俺に劣るリリクシーラを守る駒はもう存在しない。
このまま直接対決に持ち込んで、速攻で終わらせてやる。
放っておけば、撤退して態勢を整えられかねない。
この世界に、これ以上俺に対応できる戦力がいくら残っているのかが怪しいくらいだが……どっちにしろ、そんな猶予はもう与えてはやらねぇ。
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〖イルシア〗
種族:オネイロス
状態:通常
Lv :109/150
HP :3341/4397
MP :2639/4534
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俺は自身のステータスを確認する。
MPは……まだ、六割近く残っている。
これだけあれば、瀕死のベルゼバブとリリクシーラを相手取るのに充分なはずだ。
まだ戦力を隠しているとはとても思えない。
リリクシーラにそんな余裕はないはずだ。
とっておきの札があるなら、奴ならもっと早くに上手く切ってきただろう。
……本当に、そうなのか?
俺の中で疑念が込み上げてきた。
『じゃあな……あばよだ、イルシア。勝負じゃ惨敗だが、大局じゃ俺様の……いや、あのクソ女の勝ちってとこだな』
消える前の、ベルゼバブの言葉だ。
あいつは……この状況から、まだリリクシーラが勝つと信じていたようだった。
それは、何故だ?
確かに俺は、この戦いで終始リリクシーラの指揮に翻弄され続けてきた。
リリクシーラは徹底して俺との直接戦闘を避け、俺のHP・MPを効率的に減らせるように駒をぶつけてきた。
アロ達がアルアネとハウグレーの二大巨頭を引き受けてくれたことで状況はかなりマシにはなっているが、かなりいいように動かされ続けてきたことに変わりはない。
しかし、俺は充分に魔力を残し、リリクシーラを追うことに成功している。
ベルゼバブの牽制か?
……いや、あいつは、そんなことをやるような奴だったか?
リリクシーラのスキル〖スピリット・サーヴァント〗は、二体まで魔物をストックして、精神を縛って駒として操ることができる。
しかし……信念に反した行動を取らせることができても、言葉の心理戦などの強要までできるのだろうか。
ベルゼバブは、正面戦闘以外に興味のねぇ奴だった。
俺は……何か、大事なことを見落としているんじゃねぇのか?
どっかに、リリクシーラの戦力を隠せる余地があったんじゃねぇのか?
普通に考えれば有り得ない。
んなことしている猶予は、リリクシーラには絶対になかったはずだ。
しかし……俺の中で、不可解な引っ掛かりがあった。
『もっとも、テメェと顔を合わせることはもうねぇだろうがな。地獄から見てるぜ、テメェと聖女様、どっちが生き残るのかをよォ』
逃走に成功したベルゼバブが、もう俺に会うことはないと確信を持っている、ということだ。
俺はまたベルゼバブとぶつかるはずだと、奴の言葉の意味を深く考えずに流していたが……どうにも、キナ臭いものを感じ始めていた。
……いや、だからといって、ここに来て足を止めるわけにはいかねぇんだ。
まだあいつが何か策を持っていたとしても、その上を乗り越えていくだけだ。
俺が飛び続けていると、大きな崖の上を、ゼフィールが滞空しているのを見つけた。
その上には、白い衣を纏う女の姿があった。
白の髪が、絹布の様に風に靡いていた。
ついに……リリクシーラの姿を見つけた。
まだ遠いが、向こうも霧越しにこちらを睨んでいる。
これ以上、追いかけっこをするつもりはないらしい。
手には、黒い脈打つ塊を抱えている。
それは何か……禍々しい靄に覆われていた。
その黒い塊が何なのか、俺はすぐに理解することができた。
ベルゼバブの心臓だ。
心臓はすぐに萎んでいき、目に見えて力を失っていく。
代わりに……リリクシーラの身体を、黒い靄が覆っていく。
『取り込みやがったのか……魔獣王の力、〖畜生道〗を!』
リリクシーラが、ベルゼバブの心臓を握り潰した。
辺りに黒い血が舞い、それは紫の光となって消滅していった。
完全にベルゼバブの死んだ瞬間であった。
「不思議と……嫌いではありませんでしたよ、蠅の王」
リリクシーラの額に、黒い目の様な形の紋章が浮かんだ。
彼女の雰囲気が一変したのを感じ取った。
やっぱし、取得条件は満たしてやがったのか!
魔物の場合、神聖スキルを取得したからといってその場でステータスが向上するわけではない。
ステータスの数値の恩恵は、次の進化の幅が広がるという形で与えられるようであった。
だが、恐らく、人間の場合は異なるのだ。
人間には進化がなく、神聖スキルを失った勇者イルシアが一気に弱体化するのを俺は確認したことがあった。
恐らくレベル上限の解放と共に、大幅なステータス向上の恩恵を得たはずだ。
ここまで神聖スキルを取り込まなかったのは、何をするかわからない俺やスライムの動向に対して蠅の眷属によって得られる情報の優位を重く見たのと、ベルゼバブ本体の戦闘能力を有効活用するためだろう。
保険としてベルゼバブの窮地に回収できる手段を残しながら、同時に俺の戦力の誤認を図っていたということか。
見事なものだ。
俺は腕を振るった。
〖次元爪〗だ。
間合いなき爪撃をリリクシーラへとお見舞いした。
まだ距離が開きすぎているが……奴の乗っているゼフィールはこの攻撃には対応できないはずだ。
「〖フロート〗」
リリクシーラの姿が宙に浮かび上がり、俺の〖次元爪〗から逃れた。
ゼフィールの体が腹部を中心にへし折れ、体が上下に裂けて崖底へと落下していった。
【経験値を310得ました。】
【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を310得ました。】
名称は見たことがあったが、どうやら飛行移動の魔法スキルであったらしい。
こんなもんまで持っていやがったのか。
「……あなたの部下を回収している猶予は、もうないようですね。これで私も、本当に手段を選べなくなりました。お互い、とても残念な結果になりそうですね」
リリクシーラが宙に浮きながら、俺へと杖を構えた。
よく言ってくれる。
今までのアレが、手段を選んだ結果だとコイツは宣いたいらしい。
『そうはならねぇよ』
俺は〖竜の鏡〗の力で翼を肥大化させ、風を押して一気に速度を上げた。
『こっちはテメェをぶっ飛ばして、全員揃って綺麗にハッピーエンドで終わってやる!』
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