第105話

 豹は一直線に走り、俺を引き離そうとする。

 俺はその速度についてはいくが、縮む一方だった互いの距離が、一定になり始めていた。


 ほうほう、思ったよりは速いじゃねぇか。

 玉兎呑み込みそうになるからちょっと遠慮気味に走ってたけど、もうちょっと速度上げてみるか?

 んなことを考えていると、豹の身体が微かに発光し、急加速した。

 スキルの〖クイック〗を使いやがったな。


 参ったな、余裕ぶってねぇで全力で仕留めるべきだったか。

 このままダラダラと走ってて大ムカデに目つけられたりしたら、目も当てらんねぇしな。

 こっちも本気でいかせてもらうぞ豹野郎。

 口の中で玉兎が耳を振り乱しながら抗議しているのを感じながらも、俺は回転速度を上げる。

 もうちょっと、もうちょっとだけ待ってくれ、すぐ追いつくから。


 確実に豹との距離は縮まってきている。

 いける。

 このまま撥ね飛ばして、〖痺れ毒爪〗で引っ掻き倒して動きを止めてやんよ。


 豹が、ちらりと俺の方を向いた。

 あいつも相当焦ってるらしいな。

 チラチラ後ろ振り返ってたら距離が縮まるだけだぞ。

 毒蜘蛛から逃げてるときに深く学んだ。


 大きな岩の横を、豹が加速して突っ切ろうとする。

 が、もう追いつけそうだ。

 ちょうど岩の手前で仕留められそうだな。


 俺も加速し、確実に豹を仕留めに掛かる。

 豹に当たったと思った瞬間、豹の姿が消え、大岩が目前に移動していた。


 んな馬鹿な、この大岩、もっと左の方にあったはずだぞ。


 やられた。

 豹は、もっと右の方を走ってやがる。

 多分だが、あいつのスキル〖蜃気楼〗で、俺の見ている光景を大きく左寄りにずらしやがったんだな。

 警戒してても、こんなん対策の取りようがねぇっつうの。


 豹が足を止め、俺の方を余裕綽々といったふうに振り返るのが見える。

 ああ、こいつ、このスキルを仕掛けるために俺を目視しやがったのか。


 止まろうにも間に合わない。

 高速回転していた俺の身体が、大岩へとまともに衝突する。

 ガリガリィっと、大岩が鱗の表面を激しく削る音。

 大岩が、粉々に砕けちった。


 大幅に減速しながらも、俺は〖転がる〗でそのまま豹へと突っ込んだ。

 豹は振り返った体勢のまま硬直しており、大きく口と目を開いている。


 一瞬遅れ、豹が動く。

 身体の向きを変える時間が惜しいと踏んでか、大岩と衝突して僅かに弾んだ俺の下を潜り抜けて逃げようとする。

 が、その身体へと、大岩の破片が襲いかかる。


「グゥワォッ!」


 豹が怯む。

 岩の破片を押し退けて飛び込み、俺はそのまま豹を轢いた。

 手応えあり、骨を数本へし折ってやったはずだ。これでまともには動けまい。

 俺は〖転がる〗を解除して地に立ち、豹へと飛び掛かる。

 〖痺れ麻痺爪〗で薄く、ただし手数は多く引っ掻き倒す。


 〖麻痺(大)〗を確認し、玉兎を真上に吐きだし、頭でキャッチする。


 うわ、がっつり唾液で濡れてる。

 頭に乗せたくねぇ。

 思わず俺が表情を顰めると、玉兎が耳を鞭のように撓らせ、頭を乱打してくる。

 いや、本当に悪かった。

 自分で頭に乗せてわかったけど、やっぱりこれは無理だわ。


 いつか黒蜥蜴と再会したら口に含んで移動とかやってみようかと思ったけど、多分口の中で毒攻撃かまされるな。

 〖解毒〗のスキルとかスライムに持ってかれたままの可能性あるし、それが元で死にかねない。

 っていうか、猩々達大丈夫かな。

 よく機嫌損ねて毒攻撃くらってた記憶があるんだけど、帰ったら全滅したりしてねぇよな。


 玉兎を地へ降ろし、豹に攻撃するよう目で命じる。

 玉兎は無言で俺の足許に近寄ってきて、耳の鞭で俺の足を打ち始めた。

 俺じゃなくて、あっちだってば!

 後で身体洗えるように、海の方に行くから! 俺も頭洗いたいし!


 玉兎はしばらく俺に攻撃した後、豹の方へと向かっていく。

 よかったよかった、このままいうこと聞いてくれなくなったらどうしようかとひやっとしたわ。

 多分、玉兎から見た俺への印象が三段階くらい下がった気がすっけど。


 でも、さすがに差がありすぎんな。

 玉兎の耳ぺちぺち攻撃をぜんっぜんものともしてねぇ。

 豹の奴、〖灯火〗三連打くらっても、瞼ひとつ動かさず玉兎を睨んでやがる。


 さすがに欲張りすぎたか。

 もうちっと弱いモンスターを狙うべきだったか。

 これ以上待ってても意味ねぇな。麻痺切れるのが先になりそうだ。


 まぁ一応殴ったから、経験値入らないとも限らねぇし……って、うわ、あいつ噛み千切り始めやがった。

 どんだけ食に飢えてやがったんだ。

 お、ダメージ、微妙に通り始めてきてんじゃん。


 皮破けて剥き出しのところだったら、さすがに防御力も薄いみたいだな。

 豹を生きたまま喰ってるよ。

 なかなか壮絶な絵面だ。

 本当に俺、このままこいつを進化させてていいんだろうか。その内とんでもねぇ化け物になりそうだぞ。


 豹の状態から〖麻痺(大)〗から〖麻痺(中)〗にへと変わったのが見えたので、爪で豹の首を貫いてトドメを刺した。


【経験値を108得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を108得ました。】


【〖厄病竜〗のLvが20から22へと上がりました。】


 取得経験値が減ってる感はあるけど、こんだけ楽勝でもLv上がんのか。

 Lv40くらいまでは楽に上げられそうだな。

 つっても、最大がLv75だから先はまだまだ遠いわけだけれども。

 Lv70台とか、一気にLvアップ停滞しそうだよなぁ……。俺は卵ドーピングがあるから、まだマシなんだろうけどさ。

 かといって何年も〖竜鱗粉〗抱えて一人暮らしとか、孤独死するぞ俺。


 ま、そのことは今はいいか。

 〖病魔の息〗試す機会がなかったのは残念だが、これでとりあえずの目的は果たせた。

 海には塩もあるし、豹の肉を味わって喰える。

 洗いに行くついでに機嫌も取れるだろ。

 後は、玉兎にどれだけ経験値が入ったかだ。

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