第460話
俺はフェンリルを咥えて引き摺り、慎重に地上を歩く。
フェンリルは好戦的な奴だったが、どうやら他の魔物はそうでもないらしい。
道中、何気なく近づいた木がトレントの一種だったらしく、急にデカイ口を開き、根を引き抜き、「ゴォォオォオオオオオ!」と怒声を上げながら走って逃げて行った。
さすがの俺もちょっとビビった。
調べてみれば〖トロルウッド〗という、Bランクのトレントだったらしい。
俺の〖気配感知〗にもまったく引っ掛からない、見事な擬態だった。
トレントは癖の強い奴が多いなと思いながら、ちらりとウチのトレントさんを振り返る。
トレントさんは顔に空いた目口の穴を大きく広げ、驚いた表情で逃走したトロルウッドを見送っていた。
……お前はもうちょっとこう、同族を見破る力とか、注視、すべきポイントとか、そういうのを持っててほしかったんだけどな。
しかし……未だに、Bランクの魔物ばかり、か。
巨大樹島には、アダムやバジリスクなどB+やA-の魔物がそれなりに存在していた。
それに、なんというか、何かに怯えている様な魔物が多い。
よっぽどヤバイ奴がいるんだろうか?
海沿いを少し歩いていたが、森の方から流れてくる川が、海へと繋がっている場所を見つけた。
一応、妙な成分が入っていねぇのか確かめるために、確認を挟んでおいた。
こんな地の水だ。呪いや毒があって、気が付いたら全員石になってました、なんてことがあってもおかしくはない。
【〖精霊の水:価値B-〗】
【精霊の泉より流れ出た、強い魔力を帯びた水。】
【水の魔力が体内に干渉して元の流れを狂わせ、細やかながらに眠気や興奮状態を招く。】
【また、飲んだものの魔力を僅かに回復させる効力がある。】
【この水は、自然から離された段階でその神秘の力を失う。】
……眠気に興奮って、〖睡魔〗と〖バーサーク〗か?
それって酒なんじゃねえよな?
使いようによっては有用かもしれねぇが、
川に口を付けて水を飲んでみたが、別にステータス異常が生じる様子はなく、違和感もない。
どこかほんのり甘く、落ち着く味がする。
ひとまず川があれば水に困ることはないと考え、川沿いに進んでいくことにした。
山に近づくにつれて霧がやや濃くなり、段々と視界が悪くなる。
続いて木も捻じれた、不気味なものが多くなる。
ほぼ真横に伸びて地を這っている、妙な木もあった。
視界の悪さと合わさり、てっきり魔物かと思ったほどだ。
川は山のふもとに開いた、大きな空洞へと繋がっていた。
中に首を入れてみたが、空洞はさほど広くはない。
奥の天井には穴が開いており、そこから水が流れ込んできており、滝になっている。
洞窟から水が湧いているわけではなく、源流が更に山の上の方にあるようだった。
気になるものと言えば、べったり岩に張り付く形の悪い腫瘍の様なキノコや、顔のあるべきところにデカデカと口の貼りついた奇怪な鶏(〖オーガチキン〗というC-ランクの魔物だった)が数体中に入り込んでいる他に、特に気になるものはなかった。
鶏どもも、俺を見れば一目散に川に飛び込んで逃げて行った。
ひとまず俺は、この空洞を拠点とすることにした。
……とはいえ、川を除けば両脇に空いた道しかないため、俺が入るには川に漬かるしかないわけだが……別に俺は、無理に洞窟の中に入る必要はないだろう。
襲い掛かってくる奴がいるなら、返り討ちにしてやればいい。
俺が爪でざっくりとフェンリルの頭や手足を落として十等分に分け、ヴォルクにフェンリルを捌いてもらい、ナイトメアに糸で天井から吊り下げてもらった。
美味いかまずいかは知らんが、これでしばらくは飯には困らねぇだろう。
塩なら海から持って来れるから、また後で用意しに行ってもいい。
ひとまず拠点で休息を取るとして、今後について考えることにした。
しかし、ヴォルクとマギアタイト爺が来てくれたのはありがたい。
ヴォルクは脳みそを魔物と取り換えられたような男だが、この中で一番人間文化の知識がある。
マギアタイト爺も魔物の長老として別方面に知識が深い。
さて、まず俺のレベリングだが……。
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〖イルシア〗
種族:ウロボロス
状態:通常
Lv :123/125
HP :3138/3138
MP :3011/3026
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現状、あと二つレベルが上がれば進化できる。
後はどれだけ早く進化し、リリクシーラが攻めてくるまでにレベリングできるか、に掛かっている。
伝説級にもなれば、一つレベルが上がるごとに上昇率も高いだろう。
だが、一度レベルがリセットされる以上、最悪の場合、ウロボロスよりも低いステータスで勝負になることも考えられる。
……もしも相方がいれば、仲間のレベリングと〖フェイクライフ〗による配下の増強を優先し、ウロボロスの魔力と回復魔法を活かして、長期戦を維持できるよう整えるのも、悪くはなかったかもしれない。
しかし、今更考えても仕方のないことだ。
それにここで手頃なB級を数体狩れば、すぐに元のステータスには追いつけるはずだ。
この策の優先度は低い。
俺はアロへと目を向ける。
アロは空洞の外に立ち、黒蜥蜴とじゃれていた。
アロがきゃっきゃと後を追いかけ回し、黒蜥蜴が嫌々付き合っているようにも見えるが……年齢相応に燥いでいるアロを見ると、やっぱり少しだけほっとする。
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名前:アロ
種族:レヴァナ・リッチ
状態:呪い
Lv :35/85
HP :446/446
MP :465/465
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アロはB+ランクの〖最終進化者〗だ。
無理に最大まで持っていく必要はねぇ。
だが、最低でも50くらいまでは上げておきたいところだ。
続いて、堂々とフェンリル肉を生で盗み食いしているナイトメアへと目を向ける。
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種族:ナイトメア
状態:通常
Lv :29/70
HP :234/234
MP :227/227
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ナイトメアは、C+の〖最終進化者〗なんだよなぁ……。
正直もう一回くらい進化して欲しかったという気持ちはある。
上限レベルが高めなのがまだ救いといったところか。
俺が考えながらナイトメアを眺めていると、ナイトメアが顔を上げて俺を睨んだ。
俺は目線を下げ、続けて小さく頭を下げた。
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種族:マジカルツリー
状態:呪い
Lv :15/60
HP :223/223
MP :166/166
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トレントさんは、トレントらしからぬ角度で幹を曲げ、川の水を飲んでいた。
トレントさんはナイトメアと同じくC+……レベル上限もそこまで高くなく、〖最終進化者〗がない。
ここでトレントさんがB+に進化してアロ並みの活躍をしてくれると、かなりありがたい。
……ただ攻撃役ではないので、経験値が入りにくいのが痛いところだ。
優先してレベル最大まで持っていきたいところだが……手を掛けてがっかり進化、ということもあり得る。
トレントさんだからだ。
俺もポテンシャルには期待しているが、なんだか普通にダメな気がする。
トレントさん頼りで方針を決めれば、きっと失敗するだろう。
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〖ヴォルク・ヴェイダフ〗
種族:アース・ヒューマ
状態:通常
Lv :84/85
HP :870/870
MP :323/323
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武器を持てばB+の魔物にさえ匹敵しかねないヴォルクには、何も言うことはない。
これ以上の成長は見込めないが、このままでも何の問題はないだろう。
俺からああしろ、こうしろと伝える意味はなさそうだ。
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種族:マギアタイト・ハート
状態:普通
Lv :53/70
HP :114/114
MP :414/414
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マギアタイト爺も、B-の高レベルで、〖最終進化者〗持ちだ。
無理にレベリングを行う必要はない。
ヴォルクの剣として満更でもなさそうに行動しているので、引き離す気もない。
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種族:ベネム・クインレチェルタ
状態:通常
Lv :26/55
HP :180/180
MP :198/198
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
黒蜥蜴は、Cランクだ。
俺と別れてから、一段だけ進化していたようだ。
今では、リトルロックドラゴンや、赤蟻と渡り合えるステータスになっている。
だが、正直、今の状況としては戦力にはならない。
よくA+級の化け物ベルゼバブから逃げ切ってくれたと、今更ながらに賞賛したくなる。
連れて来ちまったのは、正直酷だったかもしれねぇ。
ベルゼバブに顔を覚えられていたリスクはあったが、あいつがわざわざ黒蜥蜴を狙う様な性格だとは思えなかった。
決していい奴とは思わなかったが、うさ晴らしに黒蜥蜴を探して殺す様な真似はしなかっただろう。
……リリクシーラが目を付ける、という危険性もあるが、それを考慮してもやはり、ここに連れて来る方が危険が大きすぎる。
……今後は俺の進化の優先、その後のことは、進化してみねぇと決められねぇ、か。
とりあえず無難なパターンとしては、アロとナイトメアを鍛えつつ、黒蜥蜴を確実に進化させて身を守れるようにする。
トレントさんも、多少はレベルを上げておいた方がいいだろうが、無理に進化には持って行かない、だな。
「あっ!」
アロに上に乗せられそうになっていた黒蜥蜴が、ここぞとばかりに俊敏さを存分に発揮して回避し、俺の許へと駆け寄ってきた。
置いていかれてしゅんとしているアロの肩に、トレントが慰める様に枝を置いていた。
すまねぇ、トレントさん。
今回も後回しだ、俺を許してくれ。
トレントが俺へと顔を向け、ぐっと枝を伸ばす。
『よいのです、主殿……』
ト、トレントさん……!?
お前、本当に急に喋るよな。
普段からもっと〖念話〗使っていいんだぞ。
……しかし、別にこっちから〖念話〗使って思念を投げたわけじゃねぇのに、しっかり拾ってやがったな。
ひょっとしてあいつ、常に俺を〖念話〗で探ってんのか? それはそれでなんか怖いぞ……。
「キシッ! キシィッ!」
黒蜥蜴が俺の近くに来て、ぐぐっと俺へ首を伸ばす。
俺は力を入れないように気を付けながら頭を撫でてやった。
昔はDランク台同士だったんだが、いつの間にかCランクとAランクになっちまった。
昔は飛びついて来て顔をペロペロされてたもんだが、体格差も随分広がっちまったもんだ。
いや、むしろよくここまで成長していたというべきだろう。
俺は獲得経験値倍増と、必要経験値半減があった上で、散々強敵に囲まれてようやくここまで来たのだ。
普通の魔物はもっと成長は遅いはずだ。
「キシィッ!」
黒蜥蜴が、俺の手に頭を押し付ける様にぐぐっと身体を伸ばす。
おうおう、あんまり動かれると危ないぞ、爪が当たったらとんでもねぇことになる。
「…………」
遠くから様子を見ていたアロが、そっと俺へと腕を向けようとしていた。
トレントさんが真顔でその腕に枝を乗せ、アロの動きを遮っていた。
何やってんだあいつら?
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