第252話

 相方が洞窟内を見回す。

 生贄にされているらしい女の子達は、こちらを不審そうに眺めているか、興味なさそうにぐったりしているかの二つに分かれていた。

 ……歓迎されてねぇっつうか、それどころじゃねぇって感じか。


「けほっけほっ」


 どうすべきかと悩んでいると、先頭に立っていた女の子が咳き込み始めた。

 先ほど相方と会話を交わした、少し大人びた子だ。

 周囲の女の子は心配そうに彼女へ目を向けるが、声を掛けるものはいない。

 声を掛ける気力もねぇのかもしれねぇな。


 一応、洞穴内に食べ物はあるようだった。

 干し肉や萎びた野菜が汚い布に包まれ、洞穴の奥に積まれている。

 蠅が集っているのが見えた。


 水は樽が五つほど並んでいるだけで、尺やコップになりそうなものはない。

 皆、手で掬って飲むのだろう。衛生管理がまったく行き届いていない。


 体を洗うのにも、水を掬って身体にかけるしかない。

 そう気軽にはできねぇだろう。

 おまけにこの狭い空間での共同生活だ。

 変な病気が広まっててもおかしくはねぇ。


 ……もうちょい、どうにかなんなかったのかねぇ。

 小っちゃい部族だし、こんなもんなんだろうか。

 むしろ耐性がつくって感じなんだろうか。

 玉兎呼んできてMPが空になるまで〖クリーン〗を連打してほしい。


 悪いが、ここの環境の悪さを嘆いてられる余裕はねぇ。

 どうやって逃げるかを考えるか。


 ここで人化解いたら間違いなくパニックになって、外の番人にも伝わっちまうだろう。

 姿を見られないように逃げるんだったら、MPがある内にさっさと出た方がいい。


「……今晩は、私が行くわ。身体が持ちそうにないもの」


 考え事をしていると声が聞こえ、相方の首が動く。

 先ほど咳き込んだ女の子だった。

 周囲の子らをあやすように言い、苦笑いした。


 話しぶりからして、夜になったらマンティコアの元へ一人、連れて行かれるってことなのか。

 ……夜、か。

 MPが全然足りねぇよなぁ。


 一旦ここを逃げてマンティコアを捜し、人化で油断を誘って攻撃するか?


 ただ、情報不足で不安はある。

 生贄の振りをして近づくこともできねぇし、追い詰め損なってマンティコアにまた逃げられるかもしれねぇ。

 俺はここいらの土地には詳しくねぇから後手に回ることになるだろうし、この集落については見えていないことが多すぎる。

 しかし、とりあえずこの集落からマンティコアは引き剥がせるはずだ。


 ……相方よ、最後に軽く情報収集してからマンティコアを捜しに行きてぇんだけど、どうだ?


『何訊けばいいんだよ?』


 今大事なのは……マンティコアのだいたいの居場所と、この集落と向こうの集落の関係だな。

 ここさえ押さえとけば、動き損じることはねぇだろ。


 他にも気になることはあるが、その辺りはゆっくり調べ直せばいいはずだ。

 竜神の巫女のヒビに訊いてもいいしな。


『わーった、任せろ』


 さっきヤルグ相手にコミュ障振りを発揮していた割には心強い返事だ。

 難しそうだったらマンティコアのだいたいの場所だけでもいいからな?


『さ、さっきはちっと調子狂っただけだっつうの!』


 そ、そう。

 ならいいんだけどよ。


 相方は縛られた身体のまますくっと器用に立ち上がり、子供の集団へと近づく。


 子供を見回してから、さっきまで喋っていた先頭の子へと視線を戻す。

 確かにこの子が一番話を聞いてくれそうだ。

 聡明そうだし、年長者っぽい。


「おい、さっきも聞いたが、ここは何だ。バケモノの餌にする人間閉じ込めてんのか?」


 相方が、案外すらすらとそう喋った。

 お前、子供相手には普通に話せるんだな……。


 女の子は、俯いていた顔を上げる。


「こ、ここ、ここは……けほっ!けほっ!」


「あ? ここは?」


「けほっ! けほっ! く、苦し……み、水……水……汲んで……」


 女の子は喉を押さえ、樽へと手を伸ばした。

 他の子がよろめきながら立ち上がり、水を両手で掬って彼女へと向ける。


「ちっ、焦れったいな。『ハイレスト』」


 相方が唱えると、女の子を光が包んだ。


「けほっ……あ、あれ、そんなに苦しくない?」


 病気自身は治っていないだろうが、体力が戻ったことでかなり症状が緩和されたようだ。


 他の子供達が慌ただしく彼女を囲み、不思議そうに身体へとぺたぺたと手を触れる。

 目を瞬かせ、次に相方へと目を向ける。


『これで話がしやすくなっただろ』


 相方が得意げに念を飛ばしてくる。

 ……ちょっとMPが厳しくなってきたかな。

 いや、ハイレストのMP消費量は、人化の術に比べたら微々たるもんだし、一発くらいなんともねぇだろうけど……ただでさえ残量がきついっつうか。


「す、すごい」

「おねーさん、白魔術師なの?」

「ここ、この子の瞼の腫れ物も治せませんか!?」


 子供達がわらわらと相方へと寄ってくる。


 こんな悪環境なところだ。

 足元が見え辛いし、尖った石も転がっている。

 不潔だから傷口へ菌が入りやすいし、かといって洗うことも治療もできない。


 ……だからといっても、さすがにあの人数治してたらMP切れ起こしちまうぞ。

 ただでさえ長時間の人化でMP切れすれすれなんだから。


 子供達には悪いが、ここは断……。


「しょ、しょうがねぇな。お前ら、一列に並べ」


 相方が言うと、一人の女の子が、別の女の子の手を引いて相方の前へと立った。

 手を引かれている子は目をずっと綴じており、覚束ない足取りであった。先程の瞼が腫れている子だろう。


 あ、相方さんよ、俺の話聞いてた!?

 お前、子供にちやほやされてちょっと喜んでねぇか、おい!

 時間ないんだぞ、時間!


 集落の範囲内で人化の術が解けたら、どうなるかわかったもんじゃねぇぞ。

 下手すりゃ俺のせいで集落間の関係が悪化しかねねぇって……。


「〖ハイレスト〗」


 相方が唱えると、手を引かれていた女の子の瞼の腫れが引いていく。

 他の腫れ物や引っ掻き傷も癒えていく。


 周りの子供達から、おおっと歓声が上がる。

 女の子はそうっと自分の瞼を手で覆い、それから目を開いた。


「す、すごい……目が、目が見える。それにさっきまでずっと寒かったのに、身体が暖かい……」


 ……そりゃよかったんだけど、あの、相方さん?


「ほら、早く、次の奴来いよ。オレの気が変わるまでだぞ?」


 子供達が一斉に相方へと押し寄せていく。

 相方はそれを次から次へと治療していった。


「あ、ありがとうございますおねーさん!」


「こんくらい大したことじゃねぇっつうの」


「あの、あの、なんとおっしゃるんですか!?」


「オレに名乗るほどの名はねぇよ」


 ものの数分で相方のハーレムが結成された。

 洞窟内の暗かった雰囲気が取り払われ、賑やかに変わる。


 ……それはいいけど、完全に浮かれてんじゃねぇよ!

 時間! 時間ヤバいから!

 何クール気取ってんだ! 顔ちょっと綻んでんだろ! 俺にはわかるんだからな!


『すぐ逃げりゃいいんだろ? 今から聞きたいこと聞いても、余裕で間に合うだろ』


 ……ここ脱出して、こっちの集落の連中に見られねぇようにしてぇんだけど。


『どうにかなんだろ。蓋ぶっ飛ばして、番人張っ倒して、走って逃げりゃいいんだろ? 余裕じゃねぇか』


 こ、このドラゴン脳が……。

 追っ手が来ないとも限らねぇし、こっちは地の理もねぇんだぞ。

 MP減りすぎたらふらふらになっちまうし、予想外の事態に備えるためにも……。


『こっからちゃっちゃっと聞きたいこと聞いて逃げれば文句ねぇだろ? 信用は得れたんだし』


 ……も、もう質問は諦めて逃げた方がいいんじゃねぇかな。


『すぐ終わらすから、安心しろって』


……ま、まぁ、この調子なら質問もうまくいく行きそうな気はすっけどよ。


「あ、あの、縄、解きますね!」


 一人の女の子が、相方の背後に回り込んで縄に手を掛ける。

 その子に続き、他の子も相方の背後へと動き始める。


「……か、固い」

「これ、大きな魔物を縛る用の縄だ……」

「ひ、ひどい! こんなの、絶対ひどい!」


「自分で解けるからいらねぇぞ。つつつ……らぁっ!!」


 相方は身体を捻り、尖った歯で縄へと噛みつく。

 力任せに腕を動かして結びを弱くし、爪で縄を削る。

 充分に縄が削れたところで、豪快に左右へと腕を伸ばした。

 縄が千切れ、地面へと落ちた。


「やっぱし、この身体じゃそんなに力が出ねぇな」


 縄の残骸を踏みしめながら、こきこきと首を鳴らす。


「……す、すごい」

「グラファントでも動けなくしちゃうような縄なのに、おねーさん、いったい……」


 きゃっきゃわいわいと女の子達が燥ぎだす。


 ……なんか、お前のときは上手く行くもんだな。

 俺、人と関わる度に毎回拗れに拗れんのに。

 いや、あっちのリトヴェアル族とは上手くやれてるか。


「そ、そんくらいのことでいちいち騒ぐなっつーの。うるせーな」


 ……おい、声ちっと弾んでんぞ。

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