第253話

「訊きたいことがある、いいか?」


 相方が切り出すと、周囲の女の子達はこくこくと頷く。

 皆表情を引き締め、じっと相方の目を見つめる。

 ここに来て数分で凄まじい慕われっぷりである。


「ここ、二つ集落があんだろ。向こうとこっち、どういう関係なのかオレに教えろ」


「……私達の集落は、向こうの集落から分離して作ったものなんです」


「分離だぁ?」


 相方が聞き返すと、女の子達は頷いた。

 今度は他の子が口を開く。


「元々……私達の村は、長く双竜の神を信仰していたそうです。何十年に一度やってきては、数年ほどこの地に滞在し……我らを守り、害敵の数を減らしてくださると」


 竜神がどこに消えたのかと思ってたら、元々数年単位でどっかに行くもんだったのか。

 そんでアビスの数を減らしてどっかに行って、またアビスが増えた頃に帰ってくると。

 ……神っつうか、完全にただのアビスハンターじゃねぇか。

 いや、それがここの人間にとっちゃ滅茶苦茶ありがたいんだろうけどよ。


 しっかしこうなると、余計に竜神が何考えてんのかわかんなくなってきたな。

 いるならいるでずっとここにいりゃあいいのに。

 また竜神がふらりと帰ってきたら、俺はどんな顔してりゃいいんだ。


「人喰いの化け物、マンティコアが現れたのは、私がまだ物心もついていない頃……十二年ほど前だったそうです」


 十二年間って、そんなに長い間、あんな化け物がいたのか……。


「それから三年ほど経ち、竜神がやってきました。みんな、これで助かるものだと信じていましたが……竜神は、マンティコアを見て逃げ出したそうです。ばかりか、竜神の巫女を通し、マンティコアに生き餌を差し出して被害を抑える案を提唱した……と」


 ……おおう、思ったよりもヘビーだった。

 竜神さん、肝心なときになんも役に立ってねーじゃん。


「ぐぁぁ……」


 さすがの相方も話を聞き、不機嫌そうに低く唸った。

 ……おい、ドラゴン出てるぞ。


「そのとき、竜神への不信感を露わにした派閥ができ、向こうの集落にいられなくなり……家族ごと、こちらへ移住することになったんです」


「……なるほど」


 そういう事情だったのか。

 向こうの集落の人間がこっちの人間に対して異常に冷たいのも、こっちの人間が竜神を嫌っていたのも、理解ができた。


 ……んでも、こっちにマンティコアが来ちまったら、結局嫌ってた竜神の案に従って生贄差し出すしかねーって状況なわけか。


「竜神の巫女の血が濃い人もそのときに引き抜いたそうですが、そのせいで余計に仲が険悪化したそうです。私達が魔物と渡り合うためには、巫女の力を持つ人が不可欠ですから……」


 こっちの集落にも巫女がいると思ったけど、別段何かを信仰しているってわけじゃねぇか。

 単に魔物を感知できるから重宝されてるって感じだな。恰好が同じだから早とちりしちまった。


 さて、後はマンティコアの場所なんだが……残りMP、これもうマジで限界だぞ。

 相方よ、ここまでだ。一回ここで撤退すんぞ。


 ……居場所優先した方がよかったかなぁ。

 んでも、この辺認識の喰い違いがあったら泥沼に引っ掛かる可能性があったからな。

 はっきりさせられたのはありがてぇんだけど……。


 最後に、方向だけ聞いて急いで脱出すっか。


『わかった』


 相方は俺にメッセージを送ってから、前にいる子供へと目を向けた。


「おい、マンティコアはどっちにいる?」


「え? えっと……こっちが入り口だから、あっちだよ。でも、えっと、途中川や岩山でちょっと複雑だから……えっと、地面に描くと……」


「……方向だけでいい」


 道入り組んでんのかぁ……ちょっと嫌だなぁ……。

 〖気配感知〗もあるから最終的には見つけられんだろうけど、もたついててマンティコアがこっちに気付いたらお終いだからな。


「お父さん達が、マンティコアの機嫌を取るために作った祠があるはずだから、見たらわかると思う。でも、どうしてそんなことを?」


 ……そんなことまでやってたのか。


 相方は入ってきた穴の方へと身体の向きを変え、女の子達に背を向けた。


「おい、お前ら。オレの相方がどうせ無茶してでもどうにかすんだろうから、んな悲観すんなよ。オレはここらで、一旦外に出させてもらう」


 相方はそう言い、一気に駆け出した。


「そ、外に出るんですか?」

「む、無茶です!穴はあんなに高いし……それに蓋の穴は、外から退かすならともかく、下から押して持ち上げるなんて……」

「もしも外に出られたとしても、番の人が……いくらおねーさんでも、無謀です!」


 相方は壁を蹴って跳び上がり、天井を塞いでいる岩を蹴り飛ばした。

 ……岩はびくともせず、蹴飛ばした勢いで相方は地へと叩きつけられた。


「い、いてっ! くそっ、つつつ」


 な、なんでだ!?

 ステータスは半減してるとはいえ、十分、あんな岩如き蹴っ飛ばせるはずなのに……。

 ……ま、まさか、MP不足で人化の身体が弱くなってきてんのか。やっぱし、長くいすぎちまったか。


「おねーさん!」

「大丈夫ですか?」「しっかりしてください!」


 大慌てで女の子達が走ってく。


 な、なにか、なにか打出方法を考えねぇと。

 さっきの身のこなしからして、まだ常人の身体能力よりは高いはずだ。


 相方よ、天井! 天井にいっぱい切れ目があっただろ?

 どっか崩して出れそうなところねぇか?


『…………』



 あ、相方? えっと、相方さん?


 相方が腕を上げる。

 ぷるぷると震えていた。


『……悪い、限界だわこれ』


 うおおおおおおーん!

 じゃあっ、じゃあダメじゃねぇか!


『そろそろ解いた方がいいかもしんねぇ……なんか、すげぇ身体だりぃわ』


 だから一秒でも早く撤退した方がいいって言ったじゃねぇかぁっ!

 いや、なぁなぁで許しちまった俺も俺なんだけど!

 ど、どうすんだ、これ!

 どうすればいいんだこういう場合!


 お、落ち着け。

 最善策は捨てて次善策で行こう。

 話を聞いてる限り、俺がマンティコアをぶっ飛ばしさえすれば、この集落の竜神への嫌悪は薄れるはずだ。


 ……ドラゴンに戻ったら、洞窟が崩れないように気をつけながら天井を突き破ってここを脱出すっか。

 気は進まねぇが、そっから番人のおっさんを脅かしてマンティコアの元へと案内させる。

 ある程度近づいたところで人化を使い、マンティコアを油断させる。これで行くか。


 ……つっても、番人のおっさんが案内人の立場を活かし、俺に対して何かしらの罠を仕掛けてくるかもしれねぇ。

 竜神はこっちじゃ信用されてねぇだろうから、それくらいのことは覚悟しておいた方がいいだろう。

 それに生贄じゃなくて番人の方が震え上がってたら、マンティコアが違和感に気づいてまた取り逃がすことになっちまうかもしれねぇ。


 あんましいい策ではねぇが、仕方ない。

 今回はマンティコアをこの集落から引かせ、竜神の印象をちっとでもマシにできたら良しとしよう。


 ……相方、解くぞ。


『悪い……』


 そ、そんな謝んなくてもよ。

 俺も不用心で計算違いなところあったし、調子狂うっつうか。


 それにまだ、マンティコアに逃げられるって決まったわけじゃねぇ。

 注意すべき点はわかってる。


 不確定情報もだいたい把握できたし、細かいところで読み違いをする心配はねぇ。

 今度こそマンティコアの奴をぶっ飛ばしてやっぞ。


「ガァァァァアッ!」


 人化の術が解け、身体がどんどん内部から押し出されるように膨らんでいく。

 皮膚が硬質化し、肩からもう一つの頭が生えてくる。


 視界が一度途切れ、俺は暗闇の中で目を開く。

 横に相方の頭があるのが見えた。


 ……うし、無事に生えたな。


「きゃっ、きゃあっ!」

「そんな! お、おねーさんが、りゅ、竜神……」


 女の子達が口々に騒ぎ始める。

 ……こうなるとはわかっていたものの、先ほどの和やかな空気からこうも一転すると、割り切れねぇものがある。

 呆然と立ち尽くしていた女の子の一人が、目をキッと細め、足元に転がっていた石を拾う。


「わ、わ、私達を、騙してたのね!」


 投げられた石が、前足の付け根に当たった。

 ダメージにはならない。

 ウロボロスの体表は、投げられた石をこともなげに弾いた。


『……おい』


 相方から念が投げかけられてきた。


『ぼさっと俯いてんじゃねぇよ。とっとと出んぞ』


 ……一瞬暴れる気かと思っちまった。

 相方は強ぇな。

 さっきまで喜んでたから、もうちっと引きずってんのかと。


『……オレはお前ほどヤワじゃねーっつーの』


 女の子達の大半は困惑するか、俺の姿に恐怖するかだった。

 残りの子達は、石を投げた子と同様、俺に敵意のこもった視線を向けている。


 ……無理もねぇか。

 ここの集落ではきっと、周囲の大人はいつも竜神への恨み言を零していたことだろう。

 元いた地を追いやられたのは、マンティコアに怯えながら暮らさなきゃなんねぇのは、全部竜神のせいなんだ、と。


 さっきまで慕ってたくせにあんまりじゃねぇかとも思ったが、仕方ねぇか。

 元々ドラゴンなんて、人間からしてみりゃデカい化け物なんだから。


「嘘吐き! 嘘吐き!」


 さっきの子が泣きじゃくり、腕を振りかぶった。


「やめなさい!」


 一人の女の子が叫んだ。

 最初相方が洞穴に入ったとき、次の生贄として自ら立候補していた、年長者らしき子だ。


 怒鳴られた子の身体がピクリと震え、固まった。


「だ、だって……だって、竜神は……」


「私達を治療してくれたのは、誰だと思ってるの? あなたのその石を握っている手を、治してくれたのは?」


「……でも、でも」


 口答えをしながらも、だらりと腕を下ろす。

 石が、からんと地に落ちた。

 石を握っていた女の子はその場に崩れ、わんわんと泣き出した。


 こ、これ、ひょっとして、どうにか纏まる流れか?

 最初から思っていたが、あの子、本当にメンタル強え。

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