第317話

「せやぁっ!」


 ネルは地を蹴って前に跳び、俺へと接近してくる。

 高さはないが、とんでもねぇ跳躍力だ。まるで地面すれすれを飛んでいるようだ。


 今まで見てきた人間の中ではダントツの速さだが、俺の方が遥かに上だ。

 確かに〖人化の術〗で体を弄っているせいで多少動きづらいが、この素早さの差を覆すには至らない。


 ネルが地面を足で弾き、斜め前へと跳んだ。

 そこで体勢を直しながら着地して後方に足を回し、壁を蹴って跳びかかってくる。


「〖神速の一閃〗!」


 ネルは剣を前に突き出し、一気に速さを増した。

 出た。あの例のスキルだ。

 あのスキルは瞬間的にではあるが、速度を大幅に引き上げることができるようであった。


 が、あのスキルはどうやら、直線攻撃しかできねぇ。応用が利かないのならば、大したことはねぇ。

 パワーで圧倒的に勝る俺なら、余裕を持ってカウンターで仕留められる。

 腕の竜化を進めて肥大化させ、頭上から手の甲をネルへと振り下ろす。


 瞬間、ネルは剣を退いて空中で回転した。

 俺の手の表面を転がるように受け流して足で蹴り、俺の頭の横を通り過ぎて背後へと回った。

 慌てて後ろへ目を向ければ、ネルが上下逆さまで宙にいるのが見えた。

 完全に後ろを取られた。


「ぐぅっ……」


 やられた。

 直線的すぎる〖神速の一閃〗を、ハナから移動のためのスキルとして使ってやがったのか。

 位置関係のアドバンテージを取られた。

 ここから攻撃に転じても、相手の攻撃が俺に届く方が速い。


 俺は身を屈めて身体全体の竜化を進め、鱗を強化した。

 これなら素で攻撃を叩きこまれるよりはずっとマシなはずだ。

 下手に芽のない攻撃を試みるよりも、防御に全振りした方がいい。


「〖竜落千斬〗!」


 ネルの叫び声が聞こえて警戒を強めた次の瞬間、頭部に激痛が走った。

 鱗に剣が突き刺さる。


「ぐ……」


 これくらいのダメージならば……。

 そう思ったのだが、次の刹那には二度目の刃が首に突き立てられていた。

 凄まじい速さの刃が俺の頭上へと降り注ぐ。

 反撃する間もなく、刃の雨は俺の頭から背を抜けて、尾に重い一撃が入ったのを最後にようやく止まった。


 振り返ると、ネルが身を屈めながら跳んで俺から距離を取るのが見えた。

 手には剣を持っておらず、新しい武器として、腰からナイフを取り出して構えていた。


 俺の尾に剣が突き刺さっていた。

 最後の攻撃でネルは俺の尾に剣を突き刺し、柄の部分を蹴り飛ばして距離を取ったようだ。


 とんでもねぇ技だ。

 どうやらネルは俺の背後を取った後、宙で前転を繰り返して勢いと速度をつけながら剣を振るい続けていたようだ。

 最初の二発で俺を前傾にさせてから、俺の背の上を伝って尾まで通過していきやがった。

 明らかに体格の大きい魔獣と戦うことを想定して作られた技だ。

 小柄なネルだからこそ本領を発揮できるのだろう。


 が、ここまでのようだ。

 ネルは息が上がっているようだった。

 今のでかなり体力を消耗したらしい。


 俺も予想外のダメージは負ったが、致命傷には程遠い。

 体表の鱗を竜状態のときに近づけて防御に徹したのが大きかった。

 確かに竜落の名に相応しく、厄病竜の頃の俺くらいならば地に叩き落すことはできただろう。

 勝敗は既に決した。


「ま、まだ……!」


 ネルが壁に後ろ足を当てがう。

 蹴り飛ばして加速するつもりなのだろう。


 俺は素早く、尾で地面を打った。

 洞窟全体が振動する。


「っ!」


 壁を蹴り飛ばして前に出たネルはバランスを崩し、すぐ手前で着地した。

 足に加え、バランスを取るために片腕まで地面についている。

 俺はその隙に接近し、尾を撓らせて前へと回して攻撃した。


 ネルは軽く上へと跳ねながら、ナイフの先端と柄を掴んで前へと突き出した。

 直撃を避け、宙に浮くことで弾き飛ばされやすくした代わりにダメージを押さえるつもりなのだろう。

 そのまま俺は尾で、ナイフを砕いてネルの本体を狙った。

 ネルは肩を突き出し、身体を庇う。


 尾と肩が接触した瞬間、反対側の壁までネルの身体が弾き跳んだ。

 土煙が上がり、それが晴れたときには足から血を流して蹲るネルの姿があった。

 自慢の足を負傷した。


「はぁ……はぁ……」


 俺が尾の先端を持ち上げたとき、洞窟の外から急激に何かの気配を感じた。

 人間じゃ、ねぇ。

 このサイズ……まさか、マンティコアか?

 あいつは確かに殺したが、別個体がいてもおかしくねぇ。


 慌てて顔を向けると、大蜥蜴のような頭が、洞窟の中を覗き込んでいた。


 俺より一回り小さい程度と体格は大きいが、あばらが浮き出ている。

 ただ、貧弱そうというよりは、不気味だった。

 骨格はどこか人に近いように思えた。

 体表は不均一な灰色で、部分的に斑のようになっていた。


 肩の上からは、委縮したように縮れた翼のようなものが生えている。

 ドラゴン……のようだが、どちらかというと悪魔か何かの方が近いような気がした。


「ウォオ、ォォオオォオオオオオ……」


 それは不気味な声で鳴いた。

 俺は呆気にとられてただその場に突っ立っていたが、化け物の顔の前に急速に光が集まっていくのが見えて、慌てて思考を取り戻した。


 あまり目にしたことのなかった溜め技のスキルだ。

 そのせいか、どこか大ムカデの〖熱光線〗と似ているように感じた。


「う、嘘……」


 ネルが呆然とした様子で、洞窟外へと顔を向ける。


「子供は、どういう結果になっても逃がすって、言ってたのに……なんで……」


 や、やっぱしあいつらの仲間なのか?

 俺は不気味なドラゴン崩れへと〖ステータス閲覧〗を行う。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

〖アザレア・アーマイン〗

種族:アース・ヒューマ

状態:竜化の術Lv4、バーサーク(小)

Lv :56/85

HP :162/298

MP :298/324

攻撃力:384(256)

防御力:302(201)

魔法力:311

素早さ:221


特性スキル:

〖魔竜の血:Lv--〗〖竜の鱗:Lv4〗〖飛行:Lv1〗

〖HP自動回復:Lv2〗〖MP自動回復:Lv2〗〖グリシャ言語:Lv7〗

〖剣士の才:Lv7〗〖魔術師の才:Lv7〗



耐性スキル:

〖呪い耐性:Lv7〗〖物理耐性:Lv6〗〖魔法耐性:Lv6〗

〖火属性耐性:Lv2〗〖毒耐性:Lv5〗〖斬撃耐性:Lv4〗

〖混乱耐性:Lv2〗〖落下耐性:Lv3〗〖麻痺耐性:Lv4〗


通常スキル:

〖ファイアスフィア:Lv8〗〖アクアスフィア:Lv4〗〖シャドウ:Lv5〗

〖ゲール:Lv4〗〖グラビティ:Lv4〗〖ハイレスト:Lv5〗

〖レジスト:Lv6〗〖クイック:Lv4〗〖サモン:Lv7〗

〖フレア:Lv7〗〖竜化の術:Lv4〗〖ドラゴフレア:Lv2〗


称号スキル:

〖竜魔導士:Lv--〗〖白魔導士:Lv7〗〖黒魔導士:Lv7〗

〖剣王:Lv7〗〖オールラウンダー:Lv--〗〖飢えた狩人の大部隊長:Lv--〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 な、なんだあのステータス!?

 りゅ、〖竜化の術〗!? アザレア・アーマインって……あれ、人間なのか!?


 不気味なドラゴン……アザレアは、大口を開けて溜まった光を吞み込んだ。

 口が大きく膨らみ、目に邪悪な光が灯る。

 俺は〖人化の術〗を解除しながら、洞窟の外へと向かった。


 アザレアの口が開く。

 轟音と共に赤い光が放たれる。

 赤の光は、洞窟の壁を衝撃で破壊しながら俺へと突き進んでくる。

 洞窟全体が振動し、崩壊を始めた。


 俺の頭が天井に当たる。

 相方と突き合わせながら、どうにか大きく前足を上げ、胸部で光を受け止めた。

 再び轟音が鳴り響いた。

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