第156話

「ど……どうですか、にゃ……」


 ニーナが息を切らしながら、俺へと尋ねる。

 俺はそれを聞き、ニーナからハゲタカへと目線を移し、ステータスを確認する。


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種族:ハレナエコンドル

状態:流血(小)

Lv :7/15

HP :7/22

MP :8/14

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 ついに、ハゲタカのHPが一回の〖レスト〗で4回復した。

 さっきまで1や2しか出ていなかったのに、これは快挙だ。

 流血の症状も緩和している。

 戦闘ではあまり役に立たないかもしれないが、ちょっとした怪我を治すくらいなら可能なはずだ。


「グァッ!」


「ぺふっ!」

『確実ニ上達シテキテルッテ』


「や、やった……ニーナ、魔法覚えられた……」


 ニーナがふらりと倒れる。

 さっと玉兎がその下に潜り込み、ニーナの身体を支える。

 MPを結構使ってたから、お疲れらしい。


 ここまでだな。

 ちょっとした怪我を治せる程度の魔法ではあるが、港街で何かの役に立つことがあるかもしれない。

 これからも練習を続けていけば伸びて行くだろうし。


 俺はハゲタカを縛っていた毛皮を解き、解放してやった。

 甚振った感じになっちまったから罪悪感もあるし、そもそも食事目的でもなかったからな。


「ピヒャ?」

「ピヒャア?」


「ピヒャ、ピャヒャ!」

「ピィ、ピヒャアッ!」


 二体して顔を合わせて不思議がっていたが、取り合えず逃げれるなら逃げとけという結論に達したらしい。

 二体は空へ飛び、ばっさばっさと翼を羽ばたかせながら逃げて行った。

 玉兎が、少しだけ惜しそうにハゲタカを見上げていた。


「ひにゃ……あ……」


 玉兎に凭れかかっていたニーナが、苦し気に呻く。

 その声を聞いて、さっと嫌な予感がした。

 これ、ただの魔力消耗の疲労じゃねぇ。


 ニーナは弱々しく腕を持ち上げ、自身の口を手のひらで覆う。


「けほっ、けほっ!」


 ついに、咳が出た。

 それだけならまだ良かった。

 咳は病魔の初期症状のはずだ。

 ステータス異常にも現れていない段階のはずだ。

 まずいと思ったらとっとと〖転がる〗で移動しちまえばいい。


 はずだったのだが、ニーナの手には、赤い飛沫がついていた。

 血だ。ニーナは自分の手のひらを見てから、ゆっくりと顔を俺へと向ける。


「あ……あ、ごめん、なさ……」


 言い切る前に、目を閉じる。

 玉兎のときと明らかに症状の重さが違う。

 初期段階ならば、咳が出るだけでここまで一気に体調が悪化することはないはずだ。

 魔物と人間では違ったのか?


 慌てて俺は、ニーナのステータスを確認する。


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〖ニーナ・ニーファ〗

種族:フェリス・ヒューマ

状態:呪い(小)

Lv :8/60

HP :19/27

MP :5/24

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 もう状態異常に表れてやがる。

 どうしてだ? MPを使い過ぎていて、呪いへの抵抗力が落ちているせいか?

 それとも元々玉兎の呪いへの耐性が強かったせいか?


 不確定要素塗れだったのに、たった一つの前例を信じて大丈夫だと思い込んでいたのが失敗だったのか。

 いや……これは、そういうものじゃあない。

 違和感は、ちょくちょくあった。

 必要以上に申し訳なさそうな様子のときがあったり、たまに理由もなく妙なところで気まずげな表情を見せたり。

 そもそも発症までの猶予が異様に長かったり。

 もしかしたら〖竜鱗粉〗ってほとんど効果ないのではないかとか、ニーナにも耐性がついたのでは、なんて気楽なことを薄っすらと考えていたのだが、そうではなかった。


 ニーナは、ずっと初期症状を隠していたのだ。

 体調が悪いのをなるべく表に出さないよう振る舞い、咳も抑えていたのだろう。

 症状が出ていることを俺が知ったら、すぐ街へと連れて行かれると思ったのかもしれない。

 ニーナはきっと、まだ街へ戻る覚悟ができていなかったのだ。


 ただそうだとすれば、腑に落ちない部分がある。

 俺が〖竜鱗粉〗のことを教えたのは出会ってからそれなりに日数が経ってからだったので、それ以前に発症していればニーナには隠す理由がないはずであること。

 そしてそれから、感受性の高い玉兎が、ニーナが症状を隠していたことに気付かなかったはずがないこと。


 俺はすっと玉兎に目を向ける。

 玉兎は、気まずそうに目を逸らした。


 玉兎、お前……〖竜鱗粉〗のこと、俺より先にニーナに教えてたんだな。

 俺抜きでよく〖念話〗してるのは知ってたけど、それも病魔の症状の進行関連のことだったのか。


『ゴメン……ナサイ』


 玉兎は、しゅんと縮こまって小さくなる。

 何考えてんだよ!

 間に合わなかったら、ニーナが死んじまうのかもしんねぇんだぞ!


 ……まぁ、今は怒っても仕方ねぇ。

 ニーナ本人も考えた上での結論だったんだろう。

 玉兎を責めるのは筋違いだ。

 こうなったらもう〖転がる〗を使って一秒でも早く港街に送り届けるしかない。


『ナイ……』


 うん?

 なんだ、玉兎? 何がないんだ?


『港街……ナイ。モットモット、遠イ所カラ来タッテ。方向モ、違ウ……』


 ……それ、どういう意味だ?


『ニーナ、帰リタクナイッテ……言ッテタ。ドコニ行ッテモ、仕方ナイッテ。限界マデ、一緒ニイタイッテ、ダカラ……』


 だから俺に、嘘の場所を教えてたっつうのかよ!


「グゥオオッ!」


 俺が声を荒げて鳴くと、玉兎は身をびくりと震わして耳を折り畳み、更に小さくなった。


 だったらせめて、俺にそう言ってくれてりゃ……、

 ……言ってくれてても、俺には何もできなかったか。


 確かに俺は、ニーナがどんな境遇で暮らしてきたのか、全く知らない。

 どういう流れで奴隷になり、どこからハレナエへと連れて来られるところだったのか、それも知らない。


 人里に連れて行くしかないと断言したことは、ニーナにとって酷だったのかもしれない。

 でも俺には他の選択肢を用意することなんて、できなかった。

 人間だったら他にも何か手は打てたんだろうが、俺はただのドラゴンだ。


「グゥゥウ……」


 きっとニーナは、症状が悪化してきたら港街が近付いてきたとでも言って離脱するつもりだったのだろう。

 俺が街近くまでいったら大パニックになるのは目に見えているし、そう言われたら引き下がる他ない。

 そうしてひっそりと、砂漠で死ぬつもりだったのだ。


 ……今から全力でハレナエまで転がり続ければ間に合うのだろうか。

 ステータス異常に表れてからの症状の進行速度がまったくわからないので、そういった面では希望があるともいえる。

 不確定要素に頼っているだけだが。


 実際にそうするのならば久々にラプラスなんたらで調べた方がいいだろう。

 有効な事象の範囲や信頼できるのかどうかも不確かな上、危なそうな臭いがするのであまり使いたくはないのだが……一応、何かの参考にはなるはずだ。


 ただ、そもそもハレナエや他の人里に行くことを、ニーナが望んでいるとは思えない。

 俺は、どうすればいいのだろうか。

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