第586話

 ふわふわと、三体の白い球体ケサランパサランが俺達へと近寄ってくる。

 ……さっき覗いた魔物の特徴だと、基本的に空を漂っているだけであんまり好戦的な奴ではなさそうだったんだが、この広大な世界で、ただっ広い空を飛んでいたらたまたま出会ったとは思えねえ。

 こいつらは俺をターゲットにして寄ってきたはずだ。


 平然とA+ランクの魔物が群れを成して出てきやがるのは、流石は神が連れてきやがった変な世界というべきか。

 だが、今更この程度の相手、俺の敵じゃあねえ。


『それ以上近づいてきたら、仕掛けさせてもらうぜ』


 俺は向かってくる白い球体達を〖念話〗で威圧した。

 〖念話〗は言葉ではなく、心で語り掛けるスキルである。

 仮に知性の薄い相手でも、警戒を促して逃げさせることはできる。

 俺もこんな上空で戦うのは、できれば避けてぇところなんだが……。


 先頭の白い球体に、赤い光が灯った。

 次の瞬間、俺目掛けて赤い極太の熱線が放たれた。

 俺は宙で身を翻し、敵の攻撃を躱してみせる。


 アレは大ムカデやクレイガーディアンの〖熱光線〗か……。

 トラウマの多い技だが、俺とケサランパサランではステータスの開きが大きい。

 この程度の速度ならば余裕を以て躱せるし、最悪当たってもすぐに回復できるはずだ。


『ちょ、ちょっと怖かったですぞ……』


 トレントがそう呟いた。

 本格的な戦闘になればもっとガンガン動くので、悪いが慣れてもらうしかない。


 後方に聳える二体の白い球体にも赤い光が灯った。

 各々から〖熱光線〗が放たれて俺を狙う。


 俺は白い球体の周囲を飛び回って見せた。

 三本の〖熱光線〗が交差する。


 大した範囲と射程だが、俺に当てるには遅すぎる。

 完全に俺の速さに追いつけてはいなかった。

 このくらいならば簡単に振り切れる。

 

『アロ、トレント、レベル上げに丁度良さそうだ。奴らの近くを飛ぶから、その隙にスキルの攻撃を叩き込んでやれ』


「はいっ! 竜神さま!」


『まま、任せてくだされ! 私は、この戦いで進化を掴んで見せますぞ……!』


 トレントはまだちょっとこの高さに慣れていないようだが……張り切って俺の言葉に応じてくれた。

 ……一応、近づく前に個別ステータスの方を詳しくチェックしておくか。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:ケサランパサラン

状態:狂神

Lv :90/130

HP :2228/2228

MP :1354/1354

攻撃力:1402

防御力:1408

魔法力:1495

素早さ:1499

ランク:A+


特性スキル:

〖HP自動回復:Lv7〗〖MP自動回復:Lv7〗

〖飛行:Lv9〗〖狂神:Lv--〗


耐性スキル:

〖物理耐性:Lv6〗〖魔法耐性:Lv6〗

〖毒耐性:Lv8〗〖即死耐性:Lv4〗


通常スキル:

〖自己再生:Lv7〗〖熱光線:Lv8〗〖まどろみの息:Lv6〗

〖毒毒:Lv7〗〖クレイ:Lv8〗〖ハイレスト:Lv8〗


称号スキル:

〖元魔獣王の下僕:Lv--〗〖幸福の象徴:Lv--〗

〖最終進化者:Lv--〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ステータス的にはかなりやりやすい相手だ。

 絵に描いたようなバランス型で、何か一芸に秀でているわけでもない。

 安定しているが故に、レベル上である俺からしてみれば速度も威力も足りない。


 リリクシーラとの戦いでレベルを上げた俺にとって、この程度の相手に今更苦戦するつもりはねぇ。

 それに、奴との戦いで遠距離攻撃の相手はかなり慣れてきたつもりだ。

 何せ、とんでもなくタフなリリクシーラ相手に、変幻自在の〖アパラジータ〗で散々苛め抜かれたところだ。

 レベル下の直線的な攻撃くらい捌き切ってやる。


 ……ただ、スキルというか、状態異常に見たことのないものがあった。

 状態異常〖狂神〗、か。


 スライムが〖ルイン〗に進化したときに抱えた状態異常〖崩神〗に似ている。

 〖ルイン〗が〖崩神〗の状態異常と特性スキルを背負わされていたのと同様に、ケサランパサランも〖狂神〗と同名の特性スキルを抱えている。

 だから、恐らく、この状態異常も治癒不可の異常なのだろう。


 三体のケサランパサラン全員が同じ〖狂神〗の状態異常と特性スキルを持っていた。

 これについては調べておく必要がありそうだ。


【特性スキル〖狂神〗】

【ンガイの森の毒気を孕んだ空気を吸い続けた者は、覚めない狂気に侵される。】

【死を迎えるそのときまで悪夢に襲われる。】

【人格や知性を失くし、ただひたすらに自らと姿の違う外敵を捜し、襲い続けるだけの獣となる。】

【このスキルが消えることはない。絶対に。】


 な、なんだこの特性スキル……。

 ンガイの森っていうのは、ここのことなのか?

 死が確定する〖崩神〗もとんでもねぇスキルだったが、〖狂神〗も最悪だ。

 こいつらは覚めない悪夢を見て、周囲の魔物に攻撃を仕掛け続けてるっつうのか。


 特性スキル〖狂神〗を見て、嫌な予感が過った。

 まさかこの世界は、ンガイの森は、森の毒気で魔物を争わせて凶悪な魔物を造り上げることだけを目的とした、神の声の箱庭のようなところなのではなかろうか。


 腑に落ちない称号スキルも持っている。

 〖元魔獣王の下僕〗である。

 今代の〖魔獣王〗であったベルゼバブは既に死んでいる。

 それに、ベルゼバブがこんな変な生き物を部下にしていたという話は全く聞いたことがない。


 ……恐らくは、数代前の〖魔獣王〗のことなのではなかろうか。

 本来、神聖スキルの絡まない魔物の進化上限はかなり厳しいはずだ。

 ほとんどの魔物はB+程度で〖最終進化者〗となる。

 A+まで天然で辿り着ける魔物など存在しないはずだ。

 

 きっと、どうにか大量の魔物を神聖スキル持ちの庇護下にして、強引に上限を取り払っているのだ。

 俺のように、定期的に神聖スキル持ちをンガイの森へと連れてきているに違いない。 

 ……そして森の毒気で狂わせて、感情のない、都合のいい道具に変えているのだ。


 神の声は神聖スキル持ちの〖スピリット・サーヴァント〗まで保有していた。

 どこまでも、俺達を弄んでくれやがって……!


 タイムリミットはわからねぇが、これでまた一つ、急ぐ理由が増えちまった。

 ここでチンタラしてたら、〖狂神〗のスキルに縛られて、死ぬまで敵を殺し続けるだけの神の声の道具にされちまう。


 元々、使い道のなくなった神聖スキル持ちの廃棄場のような所なのかもしれねぇ。

 だが、それだけなら、俺をンガイの森に連れてくるときに、戻ってくることを意識させるために化け物を放ったりなんかしなかったはずだ。

 遥か遠方に怪しい塔だって見えている。


 俺がンガイの森の奴らを狩って強くなって戻るか、〖狂神〗に侵されてこの森の肥やしとなるか。

 ……恐らく、神の声はどっちに転んでもいいのだ。

 どこまでも舐め腐った真似をしてくれる。


 神の声……俺は必ず戻って、お前の想定を超えて強くなって、お前をぶっ倒してやるからな。

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