第585話
俺はアロと木霊化したトレントを乗せ、地上とほぼ垂直に空高くへと飛んでいた。
まずは細かい探索よりも、この謎の世界の一帯をしっかりと観察することが大事だと思ったのだ。
地上から見ているだけでは永遠に同じ風景が続いているようにも思えたが、空から見ればその考えも変わるはずだ。
空は青い月に照らされ、不気味な光を帯びていた。
空は奇妙な暗雲が覆っているように見えるが……どこまで飛んでも、まるで近づけている気がしない。
チラリと下を見てみるが、延々と不気味な巨大な木が続いている。
『なんなんだよ……この気味の悪い場所はよ』
……どこぞに魔物がいるのかもしれねぇが、木が邪魔で下の様子も上手く見えやしない。
もしかしたら、本当に無限にこの不気味な森が続いているのかもしれねぇ。
『ああああ、主殿……そろそろ降りませんか!? ここ、この高さからもし落ちれば、私やアロ殿ではきっとひとたまりもありませんぞ!』
俺よりデケーあの変な木が、今や米粒ほどの大きさに見えていた。
かなりの高さまで来ていることだろう。
……だが、ここまで飛んでも、一面に同じ光景が広がっているようにしか見えないのだ。
『……もしかしてここから〖メテオスタンプ〗やったら、神の声でもぶち抜けるんじゃねぇのか?』
『主殿ぉ!? わっ、私はもう降りますぞ! 降ろしてください!』
『わ、悪い悪い、勿論冗談だからな』
俺は言いながら、ぐぐっと首を伸ばした。
……本当に無限に同じ世界が広がっていやがるのなら、ここから出る方法があるのかどうかだって疑わしい。
ずっと目を瞑ってきたが、元々あの世界は変だった。
モンスターにレベル、ステータスに進化……そして、神というにはあまりに限定的で制約を負った、不完全で歪に見える神の声。
気にしても仕方ないことだと思っていたが、あんな世界が実在しているのだから、ここが不気味な森が無限に続いている世界だったとしてもおかしくはない。
神の声の性格なら、ここから抜け出す手段がない、なんてこともあり得る。
俺が必死にここから逃げ出して、表の世界の奴らを助けに行くことを夢見てレベル上げを続けて、いずれ死んでいく……。
仮にそうだったとしても、神の声の『自身に近い強さを手にした個体を観測する』という目的は果たされるのだ。
『……ネガティブなこと考えててもキリがねぇな。他に道がねぇんだから、今は都合よく考えて、とにかく全力でやってみるしかねぇか』
ふとそのとき、視界の果ての果てに、巨大な塔らしきものが立っているのが目に見えた。
俺はその不自然な存在に目を疑った。
巨大……であることには間違いない。
遥か彼方なのにも関わらず、しっかりと見つけることができたのだから。
ただ、その塔は……恐ろしく、縦長なのだ。
森から生えており、その先は天を貫く。
どれだけ見上げても、果てが見えなかった。
土色をしており、一面に魔物を象ったような模様が描かれている。
……まるで、本当に完成しちまったバベルの塔って感じだな。
本当に神話の通りなら、あの先に神の声がいるんだろうか?
あいつにこっちから会いに行ったところで何かいいことがあるとは思えねぇし、元の世界に戻してくれると助かるんだけどな。
「りゅ、竜神さま、あれは……?」
アロが困惑気に俺へと声を掛ける。
『……わからねぇが、あそこを目指してみるしかねぇみたいだな。かなり距離がありそうだが、今の俺なら飛んで向かえばそこまで時間は掛からねぇはずだ』
本当にこの世界は、無限に続く巨大な木に、天を貫く巨大な塔と、とんでもねぇものを次々に見せてくれる。
どちらも初めてアダムを目にしたとき以上の衝撃だった。
『もう何見ても驚かねぇよ。この不気味な光景で、一生分驚いちまった気分だ』
『あ、主殿、とりあえず降りませぬか……?』
トレントが声を震わせながら俺へと尋ねる。
「トレントさん、高いところ苦手……?」
『べっ、別に、高いところが苦手というわけではありませんぞ! これまでどれだけ主殿に、空を旅させていただいたか! しかし、こう、ここまでの高さは未知と言いますか……!』
アロの言葉に、トレントがムキになって返す。
俺は下を見る。確かに俺もちょっと、足にぞくりと感覚があった。
ここで攻撃を受けて翼を失ったら、なんてことは考えたくねぇ。
「……トレントさん、可愛い」
『つ、翼を得たアロ殿には、私の気持ちはわからないでしょうな!』
トレントが腕代わりの小さな羽をぺちぺちと揺らす。
一応あれでも飛べることは飛べるはずだが……まあ、ちょっと信用できねぇか。
俺の頭に、大木状態のトレントに大きな翼が生えている姿が過った。
……ぜ、絶望的に似合わねぇな。
外見がシュール過ぎる。
アダムと同じ枠の生物になりそうだ。
『……主殿、失礼なことを考えてはおりませんか? 私は主殿の考えは、薄っすらとなら〖念話〗で拾えるのですぞ』
『わ、悪い……』
トレントのためにもとっとと降りるか……と思ったとき、アロが大声を上げた。
「りゅっ、竜神さま、何か来てる! うっ、後ろの、上の方!」
俺は慌てて〖気配感知〗への意識を強めつつ、背後を振り返った。
ふわふわと、巨大な白い塊がこちらへと向かってきていた。
それも三つである。
『よ、ようやくここの化け物がお出ましか!』
まさか、ここまで飛んだのに遥か上から来るとは思っていなかった。
俺は旋回し、白い球体へと振り返った。
全長十メートルといったところだろうか?
本当に白い球体としか言えない。
【〖ケサランパサラン〗:A+ランクモンスター】
【正体不明の白い球体。】
【空の彼方から現れ、何をするわけでもなく消えていく。】
【その希少さと突拍子もなく現れる性質から、見つけることができれば幸せが訪れるとされている。】
【逆に、生涯に二度見た者には近い内に死が訪れるという。】
三つ出てきてるけど!?
これはアレか、奇数回だから幸せの象徴でいいのか!?
しかし、もっとヤバい奴が来るかもしれねぇと身構えていたが、案外普通の奴で何よりだ。
空の彼方から現れたのは不気味だったが、今更A+の相手にビビる俺じゃねぇ。
『アロ、トレント、やるぞ!』
「はいっ! 竜神さま!」
『あ、主殿!? ま、まま、まずは地上へ降りませぬか!? 降りると言ったではありませんか!?』
俺は首を振った。
トレントには悪いが、A+三体相手に背を見せて逃げる方が危険だ。
……それに仮に落としたとしても、まあ俺なら地上に落ちる前に回収できるはずだ。
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