第211話
「〖ハイレスト〗! 〖フィジカルバリア〗!」
勇者が手を空へと翳して叫ぶ。
勇者の身体が淡く光る。
勇者の肩から流れていた血の勢いが、目に見えて落ちる。
ステータス補助系統の魔法が多いのが厄介だな。
今、コイツのステータスは……。
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〖イルシア〗
種族:アース・ヒューマ
状態:クイック・物理耐性強化
Lv :78/100
HP :578/602
MP :441/552
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……MPが高いのが厄介だな。
とはいえ俺ほどではないし、自動回復の特性スキルは持ってねぇから、長引いたら先に尽きるのは相手の方だと思うが。
俺は地を蹴って翼を広げ、低空飛行しながら勇者へと飛び掛かる。
「悪いけど君達、前に出てくれたまえ」
勇者はそう言いながら退き、騎士達に先頭を譲る。
「イ、イルシア様!?」
騎士達はその動きを訝しがりながらも、すぐに俺へと向き直る。
……自分優位のときは嬲り殺しで、対等相手だったら姑息な手で搦め手連打か。
戦い辛い。上手く、殺さねぇように捌けるといいが。
「〖ミラージュ〗!」
勇者の剣が二重にぶれる。
幻覚魔法か。
「〖スラッシュ〗!」
勇者が剣を振るう。
ぶれていた剣が、三つの大きな斬撃を生み出す。
三つの斬撃は、前方で構える騎士達を綺麗に避け、地面を砕きながら俺へと向かってくる。
落ち着け、〖幻覚耐性〗のある俺なら、すぐに見極められるはずだ。
目に力を込めて睨むと、三つの斬撃がぶれ、ひとつに戻った。
本物は、左端の斬撃だった。
俺は宙で身体を側転させながら右に動き、斬撃を回避する。
そのまま一気に接近した。
「うわぁぁっ!」
騎士が、大盾を突き出しながら飛びついてくる。
俺は右の前足で大盾を押す。大盾がへこみ、騎士が仰向けに倒れる。
剣で斬り掛かってきた二人目の騎士を左前足で払って遠くへ飛ばし、勇者へと喰らいつく。
「ガァァァッ!」
そのとき、相方が大きく身を捩った。
そのおかげで体勢が崩れ、狙いが外れた。
牙での攻撃を諦め、頬を勇者へとぶつけてやった。
それも体重が乗らない軽い一撃になってしまったが。
地面に着地し、崩れた体勢を立て直す。
クソッ!
やっぱし、もうちょっと相方と意思疎通を取っとくべきだったか。
肝心なとき好き勝手に暴れられちゃあ……。
そう思ったとき、俺の攻撃した勇者の姿がぶれた。
一般騎士の姿へと変化し、地面を転がった。
「ぐ、ぐ、ク、クソ……」
〖ミラージュ〗で、騎士と自分の立ち位置を誤解させていたのか!
あの〖スラッシュ〗の幻覚は、こっちを通すためのフェイクか!
相方が暴れ出したのはこれに気付いたからか。
危ねぇ。二つ頭があってよかった。疑って悪い、ナイスだ。
だったら勇者本体は、この隙を突いてくるはずだ。
この状況で狙ってくるのは……首か。
俺は足を引き、素早く身体の向きを変える。
剣が、俺の顔面を縦に斬りつけた。
「グァァァァァアッ!」
クソッ、左目がやられたか!
首をやられるよりはマシだが、それでもかなりダメージをもらった。
目は……〖自己再生〗なら、治せるか?
「ちっ! 勘のいい奴め!」
勇者は騎士の肩に片足で着地し、逆の足で騎士の頭を蹴っ飛ばして俺から距離を取る。
「があっ!?」
蹴飛ばされた騎士は、何が起きたかもわからぬまま膝を着く。
とりあえずは勇者から騎士を引き離せた。
数人は無力化したが……ここは、人間の国の中だ。
今いるのは警備に来ていた騎士だけだが、すぐに援軍が増えるだろう。
後続が来る前に何か手を打てればいいのだが。
「だ、誰か……誰か、回復を頼む……」
俺が勇者と間違えて攻撃した騎士が、そう呻く。
倒れたとき、頭を強く打ちつけたようだ。頭から血を流していた。
騎士は軽めに攻撃するように心がけていたが、〖ミラージュ〗のせいで勇者だと思っていたせいで、それなりの力で攻撃してしまった。
相方が身体を引っ張ってくれたおかげで威力はセーブできたが、それでも常人には致命傷だ。
「誰、か……」
他の騎士達は倒れている仲間を心配げに見ながらも、誰もなかなか動かない。
俺を警戒しているからだろう。意識を他に向ければ次の標的は自分になると、そう考えているようだ。
勇者も当然、動く様子がない。
ちらり、俺は相方へと視線を送る。
「ガァッ!」
相方が吠える。
倒れていた騎士を、優し気な光が包んだ。
「あ、ああ、助かっ……た?」
頭を押さえながら、騎士が立ち上がる。
自分を見ている相方と目が合い、唖然とした表情を浮かべていた。
他の騎士達も、呆気に取られた顔をしている。
【称号スキル〖ちっぽけな勇者〗のLvが6から7へと上がりました。】
称号スキル……今は、気にしてる場合じゃねぇな。
一人の騎士が、剣をそっと下した。
それに続き、皆戸惑いながらも剣を下ろしていく。
「ど、どうした! 早く突っ込んでいって邪竜の隙を作れ! 僕がそこを突く!」
騎士達が俺と戦っているのは、あくまでも国を守るためだろう。
疑惑塗れの勇者を守るため、ではない。
俺の狙いが勇者であることを察して攻撃の手を止めたのか……戦闘中に回復魔法まで使われたことで、戦っても無駄であると悟ったのか。
それとも、自分達より遥かに強いはずなのに、後ろに下がって戦う勇者への不審感がそうさせたのか。
或いは、そのすべてが要因か。
「け、剣を上げろ! 俺達は、この国を守るための騎士だろうが!」
一人が鼓舞するように言う。
だが、その騎士の持つ剣も、迷いのためか剣先がブレていた。
「そうだ早くしろぉ! お前達は何のために、労働をせず鍛錬を積んでいる? なぜ何の役にも立っていないのに、平民よりもいい暮らしをしている? お前らが、いざというときに命を投げ出して戦うからだろうがっ! 今役に立たなくてどうする! 僕はっ! お前らが普段突っ立って歩くだけの警備をしている間も、命懸けで魔物と戦い続けてきたんだよぉっ! とっとと飛び込んでいけっ!」
勇者が、青筋を立てて怒鳴る。
だが、誰も動かない。先ほど仲間を叱咤していた騎士すらもが、剣を下ろした。
そりゃそうだ。
最後列でんなもんがなっても、説得力もなんもねぇわな。
アイツは本気で言ってるんだろうか。
「クズが! お前達みたいな奴が、僕は一番嫌いなんだよ! いいさ、だったら他の手段を使うまでさ。ことが終わってから自分達がどうなるか、震えているといい!」
俺は前足を振るい、〖鎌鼬〗のスキルで風の刃を勇者へと飛ばす。
そのまま風の刃を追って駆ける。
「〖スラッシュ〗!」
勇者が生み出した斬撃が、風の刃を呑み込む。
そのまま後ろに控えていた俺へと迫ってくる。
俺は斬撃を回避するため、大きく回り込むように動いた。
「〖サモン〗!」
勇者が唱えると、翼の生えた大きな白馬が現れる。
ペガサスって奴か。確か、前にも乗ってやがったな。
勇者が乗ると、ペガサスは地面を蹴る。鼻先を天へと向け、一直線に飛び上がっていく。
「ほうら、追ってくるといい! 僕が狙いなんだろう?」
勇者の声が聞こえてくる。
〖竜鱗粉〗があるからあまり飛びたくはねぇが、ニーナも症状が出るまでは思ったよりも長かった。
アドフは離れていたことが多かったにせよ、まだ症状は出ていない。少し戦う程度なら、大丈夫なはずだ。
俺も翼を広げて飛び上がり、勇者の後を追った。
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