第695話
ヨルネスが〖ルイン〗を放つ頻度が下がって来た。
やはり、〖天使の鏡〗を維持しながら〖ルイン〗を放ち続けるのはさすがにMP消費が痛いのだろう。
俺がスライムとの戦いで既に〖ルイン〗の対処に慣れていたこともあり、我武者羅に撃っても仕方ないと判断したのかもしれねぇ。
何にせよ、ヨルネスが残MPを意識せざるを得ない状況になってきているのは間違いない。
ヨルネスの石の身体は打たれ強いため、ダメージを与えても反撃を避けることが難しい。
おまけに上手くやったとしても〖エンパス〗でお返しされてこちらが消耗することになる。
ならば、逃げて〖天使の鏡〗でMPを消費させた方が圧倒的に分があるはずだ。
幸いさっきのベビードラゴン作戦のお陰で距離を稼ぐことができた。
〖ルイン〗を撃ってくる頻度も下がりつつある。
もう少し距離が縮まるまでは逃げに徹して、また追い付かれそうになったらスキルを駆使して死ぬ気でやり過ごしてやる!
汚い戦い方だが、〖天使の鏡〗の変身能力にまともに付き合うのは無理だ。
……しかし、あまりに〖ルイン〗を撃ってこないのが気掛かりだった。
MP消費が痛いのはわかるが、ここまで絞るものだろうか?
〖魔法規模拡大〗で強化した〖ルイン〗を進行方向に撃たれただけで真っ直ぐ逃げられなくなるため、そうした妨害を絶対に挟んでくるはずだと対処法を必死に考えていたのだが。
何か、他のスキルを仕掛けてくるつもりか?
俺が背後を確認したとき、ヨルネスの身体を中心に、黒い魔法陣が展開されるのが見えた。
アレは……重力系!?
『〖グラビディメンション〗』
その瞬間、辺り一帯に黒い光が走り、空間が捻じれた。
そうとしか表現のしようがない現象が起きた。
範囲も展開も速すぎる。
俺の身体……胴体が空間の捻じれに挟まれ、激痛が走る。
脱出を試みるが、身体は僅かにしか前進しない。
体表が剥がされ、絞られるように体液が流れる。
び、びくともしねぇ……!
つーより、筋肉と〖自己再生〗で押し返さないと、半身を引きちぎられちまいそうな勢いだ。
何だこの馬鹿げた規模と威力は。
【通常スキル〖グラビディメンション〗】
【重力の塊で空間そのものを歪める。】
【莫大な魔力を消耗するが、空間の捻じれそのものを武器とするため、攻撃面においても防御面においても絶大な威力を誇る。】
スキル説明を見ただけじゃピンと来なかったが、リリクシーラの〖グラビリオン〗の更に上位版みてぇだ。
威力も拘束力も高い上に、とんでもなく速く、そして範囲が全く読めない。
恐らく〖魔法規模拡大〗も使っていやがるんだろうが……。
しかし、このスキルのMP消費が少ないわけがない。
今まで使ってこなかったのに、なんで残りMPが厳しくなってきて〖ルイン〗でさえ絞っているはずのこのタイミングで使って来やがったんだ?
動けない俺へと、ヨルネスがドラゴンの爪を振りかぶって迫ってくる。
ようやく〖グラビディメンション〗の拘束が緩んだが、回避が間に合うわけもなかった。
俺はほぼ無防備にヨルネスの攻撃を受ける形になった。
ヨルネスの爪が、俺の身体を引き裂く。
「グゥッ……!」
一撃が馬鹿みたいに重い……!
アポカリプスの馬鹿みたいに高い攻撃力を、自分の身体でまともに受けることになった。
体勢が立て直せねぇ!
〖自己再生〗だけじゃ間に合わねぇ!
MP管理なんていってる余裕はもはやない。
とにかく今は、一瞬一瞬、次の刹那を生き残ることに全力を費やすしかない。
俺はとにかく背後に引きながら、〖自己再生〗と〖ハイレスト〗を併用しつつ、翼と前脚を防御に用いるべく身体を丸めた。
容赦ない二撃目の爪が、俺の翼と前脚を貫通する。
俺は敢えて抵抗せず、その衝撃に殴り飛ばされて距離を取り、勢いに乗って翼を広げた。
大急ぎで〖ハイレスト〗と〖自己再生〗を駆使して回復し、〖竜の鏡〗で身体の損壊を誤魔化して身体能力を維持する。
ギリギリで立て直せたが、あんなスキルぶっ放してくるんじゃ話が変わってくる。
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〖イルシア〗
種族:アポカリプス
状態:毒(小)、呪い(大)、麻痺(小)
Lv :105/175
HP :4453/10386
MP :1662/8405
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今の回復で一気にMPを持っていかれちまった。
全回復した上で急いで肉体を修復して飛行速度を保つには、どうしてもMPが千以上は必要になって来る。
一瞬気を緩めればあのままHPをゼロにされてたんだ。
MPを節約しつつ、なんて言っていられる余裕はなかった。
だが、あんな凶悪なスキルでの拘束の維持……ヨルネスだって膨大なMPを支払ったはずだ。
〖天使の鏡〗の維持だって、いくらなんでもそろそろ厳しくなってきたはずだ。
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〖ヨルネス・リーアルム〗
種族:アバドン
状態:スピリット、天使の鏡
Lv :150/150(MAX)
HP :9433/9802
MP :1321/6253
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
やっぱりヨルネスももはやMPが底を尽きかけている。
いや、むしろヨルネスの消耗の方が大きかったのかもしれねぇ。
〖天使の鏡〗の維持が怪しくなって、このままでは殺しきれないとわかって焦って〖グラビディメンション〗を放っただけだ。
今の〖グラビディメンション〗は、ヨルネスの最後の足掻きのようなもの……いや、本当にそうだろうか?
恐らくヨルネスは、まだ〖グラビディメンション〗をもう一発撃てるくらいのMPは充分残しているはずだ。
対して俺は〖グラビディメンション〗を受けた時点でヨルネスから連撃をもらうことがほぼ確定するので、また一方的に攻撃を受け続けながら回復を続けることになる。
回復に集中して極力HP最大状態を保たなければヨルネスの連撃を受けきれないため……〖グラビディメンション〗を安全にやり過ごすためには、回復スキルの併用と連打を迫られる。
先程と同じ受け方をすれば、恐らく俺の今の残存MPは全て消し飛ぶ。
そうなればギリギリで生きて逃れたとしてもまともに回復できなくなった上で、アバドン状態の完全物理無効ヨルネスを相手にすることになる。
もしかしてこの状態……既に詰んでいるのか?
ヨルネスはなぜか凶悪なスキルである〖グラビディメンション〗をここまで見せてこなかった。
発動前の隙が大きいようなので一方的に攻撃できる隙……たとえば俺が逃げに徹しているときにしか安全に発動を通せないのだろうが、それでも〖天使の鏡〗を戦闘初期から発動しておけばもっと使用できるタイミングはあったはずだ。
その理由を俺は疑問に思っていたが、今ようやくわかった。
最初から〖グラビディメンション〗の威力を見ていれば、俺は徹底して対〖グラビディメンション〗に特化した戦い方をしていただろう。
ヨルネスからしてもMP消耗の激しいスキル。
何度も見せて、対策を練られることを嫌ったのだ。
俺のスキルと戦い方を探って、〖グラビディメンション〗の拘束から逃れられる術を持っていないかを確認していた面もあったのだろうが。
加えてヨルネスはカウンター特化であり、相手依存のスキルが多く、対象を殺しきるのが難しいはずだ。
決定打になり得る〖グラビディメンション〗はトドメのために終盤まで伏せておきたかったのかもしれない。
〖因果の鏡〗で俺の出方を窺って、〖天使の鏡〗で同ステータスでの力押しに出てきて、俺のMPが減るのを待っていた。
そうして〖グラビディメンション〗二発で仕留められるだけ相手が疲弊する状況になるのを待っていたのだ。
ここまでヨルネスの動きに上手く対応できていると思っていたが違った。
ヨルネスは最初から、自身の戦法に付き合わせてずるずると俺のMPを消耗させること自体が目的だったのだ。
ということは……間髪入れずに、もう一発来るはずだ。
ヨルネスからして見れば、間隔を開けて俺に猶予を与える理由がない。
本当に〖グラビディメンション〗二発で俺を倒しきるのが目的であれば考える時間は与えたくないはずだし、それに何より先のヨルネスの猛攻から回復するために距離を取った俺は、絶好の〖グラビディメンション〗のカモだからだ。
急いで攻撃に出て〖グラビディメンション〗の初動を潰すか?
いや、打たれ強い石の身体を持つヨルネスに対してそれは得策ではない。
どうせ〖次元爪〗程度の攻撃では止まらない。
ここから距離を詰め直してスキル発動の妨害が間に合うとも到底思えない。
大急ぎで距離を取るか?
状態異常の分、動きは向こうの方が速い。
どれだけ策を講じても、あの大規模な〖グラビディメンション〗の範囲から逃れられるとは思えない。
何か、何か……打開策があるはずだ。
ここが俺もヨルネスも正念場だ。
スキルを一発凌げるか否か、そこで勝敗が決まっちまう。
『〖グラビディメンション〗』
ヨルネスの言葉と共に、俺の周囲の空間が歪み始めた。
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