第652話

 俺は地面を蹴り、宙へと飛ぶ。

 三人に分身しているアロが、俺の背にしがみついた。


『主殿、どう攻めるおつもりなのですか……?』


 トレントが尋ねてくる。


『ミーアは、人化状態で受けたダメージがまだ残ってる。再生しきる前に、全力で叩くしかねぇ』


 ミーアの巨体は、目に見えて肉が変異し、分厚くなっていっている。

 〖自己再生〗を用いているのだ。

 完全にダメージが癒える前なら、大きな攻撃を当てることができれば倒し切ることだってできるはずだ。


 俺は空中より、〖次元爪〗の連打をお見舞いする。

 ミーアは十の足を蠢かして巨体を操り、壁を攀じ登って俺の攻撃を避けていく。

 大きいが速度がある。

 長い身体をくねらせ、自在に避けていく。


『やっぱりムカデじゃねぇか……』


 ノータイムで間合い無視の爪撃を繰り出す〖次元爪〗をあの巨体で躱すとは、さすがミーアとしか言いようがない。

 空間把握能力が異常としか言えない。

 外観は得体の知れない化け物だが、確かにこいつはミーアだと痛感させられた。


 しかし、HPが回復しきるまで逃げて時間を稼ぐつもりか?

 ミーアらしくないが、さすがに俺相手にHPが消耗した状態で白兵戦を行うのは避けたいらしい。

 タナトスは頑丈だが、巨体故に攻撃を避けにくい。

 接近を嫌うのは、当然理に適っている。


 だが、相手が逃げに徹しようとするのならば、その分こちらは攻勢に出られる。

 これはこれで有利な形勢だ。

 

 だからこそ、嫌な予感がした。

 ミーアがこんな、消極的な戦法を取ってくるだろうか。


 ミーアは壁を垂直に攀じ登っていく。

 俺は高度を上げて〖次元爪〗で頭部を狙ったが、その瞬間、ミーアは壁を蹴って宙へと離脱した。

 三組の翼が広がり、一気に高度を上げ、俺の遥か上を取った。


「教えてあげよう。これまでの君の戦いの全てが、如何にぬるいものであったのか」


 六つ目の異形のドラゴンの頭部が大きく口を開く。

 口内に黒い光が溜まっていく。


 〖グラビドン〗に似ているが、ミーアはそのスキルを保有していない。

 ミーアの保有スキルで、俺が目にしたことがなくて、それらしいものといえば限られる。


【通常スキル〖エクリプス〗】

【光の世界を蝕む、闇の魔法。】

【極限まで高められた魔力は、世界の法則さえ揺るがせる。】

【〖エクリプス〗の黒光を浴びた地は、永遠に死の呪いに侵される。】


 タナトスになっていきなり、とんでもねぇ大技ぶちかましてきやがった。


「光喰らい尽くせ、〖エクリプス〗!」


 異形のドラゴンの口許を中心に黒い光が広がる。

 宙に浮かぶミーアの姿が、黒い靄に覆い隠された。

 

 俺は首を伸ばして三人のアロを口内に捉え、首を曲げて身体を丸くした。


『何が来るのかわからねぇ、一旦逃げるぞ!』


 俺は壁を蹴って軌道を変える。


 次の瞬間、黒い靄の塊から、図太い黒い光が放たれてきた。

 恐ろしいのはその速度である。

 魔弾か何かが飛んでくるとは覚悟していたので辛うじて避けられたが、思っていたよりも倍以上の速度があった。

 安定して避けられるもんじゃねぇ。


 だが、避けたはずの黒い光が、俺を追って高速で動き出した。

 俺は身を翻したが、掠めただけで背から横っ腹の肉を吹き飛ばされた。


「グゥオオオオオオオ!」


 俺は思わず悲鳴を上げる。

 肉がすっ飛ばされて血が溢れ出て、露になった骨に冷たい痛みが走る。

 最悪だ。

 〖エクリプス〗は、まさかの〖熱光線〗仕様だった。

 光を照射しながら追尾してきやがる。


 ミーアへと目を向けて、より最悪なことに気が付いた。

 〖エクリプス〗の靄が集まって黒い球体と化したミーアより、全方位目掛けて無数の黒い光が伸びている。

 俺に向かってきた奴だけじゃなかった。

 あの光全てが、奴の攻撃だ。


『そのクソ技を止めやがれ!』


 俺は移動しながら、〖次元爪〗で黒い球体を攻撃した。

 だが、まるでびくともしない。


 爪先に嫌な感覚があった。

 恐らくあの球体も、照射している黒い光同様に、死の呪いを帯びた魔力の塊だ。

 素手で殴れば、手が吹っ飛ばされる。


 襲い来る黒い光を避けながら、俺は必死に考える。

 一切反撃を許さない防壁に引き籠って、過去最大火力の魔法攻撃を連射してくるなんて、タチが悪いにも程がある。


 光を避け損ねて、俺は大剣で防いだ。

 刃がへし折れ、大剣は光の集まりに戻り、四散していった。

 〖アイディアルウェポン〗の効力を失ったのだ。

 

 俺は大剣が壊された衝撃を利用して、少しでも遠くへ逃げる。


 何か打開策はないかと頭を働かせるが、状況が状況だけに思考が纏まらない。

 気を抜けば〖エクリプス〗に身体を貫かれる。


『こんな反則スキルがあったなら、最初から人間体じゃなくて、こっちで俺達を焼き払っていれば終わってたじゃねぇか!』


 俺は思わず、泣き言を漏らした。


「竜神さま、落ち着いて!」

「そうしなかったってことは、きっと相応の弱点があるはずです!」

「〖ワームホール〗です! 〖ワームホール〗越しに魔法攻撃を叩き込んでやりましょう! 球体を貫通できるはずです!」


 三人のアロが、口内より俺に助言をくれた。

 三人いるということは、普段の三倍色んなことを考えられるということだ。

 アロは元々頭がいい子だ。

 まさか〖暗闇万華鏡〗にこんな利点があるとは思わなかった。


 確かに〖エクリプス〗に弱点がないわけがない。

 本当に完全無欠の攻撃であれば、ミーアはヘカトンケイルを単騎で突破できていたはずだ。

 それができなかったのは恐らく、魔力の消耗が激しいためだ。


 この〖エクリプス〗とて、塔の壁は貫通できていない。

 ヘカトンケイルに塔を遮蔽物として使われれば、それだけで攻撃が通せず、一方的にMPを捨てることになる。

 内部であるためその戦法はできないが、魔力の消耗が激しいという仮説は覚えておくべきだろう。


 そして〖ワームホール〗は、惜しいが使えない。

 相手が宙に固定されているので頑張ればチャンスがありそうだが、〖ワームホール〗は発動しきるまでに時間が掛かり過ぎるのだ。

 その間、〖エクリプス〗の滅茶苦茶な攻撃を〖ワームホール〗を維持しながら躱している余裕なんてない。

 残念ながら〖ワームホール〗は本当に使えない子なのだ。


 しかし、アロが冷静に考察してくれたおかげで、俺も思考が纏まってきた。

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