第10話

 後ろから追ってくる二体の灰色の狼。

 ついに奴らは俺に姿を晒した。

 撤退ではなく交戦を選んだらしい。

 ということは勝算を得たということで、結構ヤバイ。


 絶妙な距離感を保ちながら、離れては近づき、近づいては離れを繰り返しながら追跡して来る。


 Lv7とLv8。

 今の俺なら、コイツらの相手くらいはミリアを背負っていても十分可能だ。

 もっとも、コイツらだけなら、の話だが。


 だが、前二人はダミーだ。

 わざと群の中で小柄な二体を見せびらかし、俺の気を引こうとしているのだ。

 挑発に乗っかって足を緩め迎撃の様子を見せれば、隠れて張り付いている三体が姿を見せてくることだろう。

 それがこいつらの定石だ。


 いつもなら五体くらい纏めて相手をしてやってもいい。

 全員ブッ飛ばしてやる自信がある。


 だが、今は背にミリアを乗せている。

 逃げるしかない。


 クソッ! ついてくんなっつうのストーカーウルフが!


 振り切るためにスピードを上げるが、それでもきっちり追いついてきやがる。


 こっちは上級ドラゴンにいいようにされるわ、無理矢理回復魔法使ったせいでMP全部持ってかれるわであまり体力がない。

 いつもならこんな奴すぐに撒けるのに……と、悔しくて仕方がない。


「ガルァァァアッ!」「グルルルル……」

「グルァッ!」「ガウッ!」「グォォオッ!」


 狼が吠える。

 挑発に乗ってこないと判断したのか、それとも俺がボロボロなことに気付いたのか、伏兵作戦をやめ、いかついボス狼を先頭に全力で追いかけてきた。

 全部で五体もいやがる。


 さっきの尖兵がLv7とLv8……それはいい。

 俺がほぼノーダメージで狩れるクラスだ。


 そしてボス狼を挟むようにして並んでいるのがLv10とLv11だ。

 この辺になると、普段なら相当余裕のあるときしか狩らない。

 負けることはまずないが、戦って疲れてるところに漁夫の利を狙う魔獣が乗り込んでくる可能性もあるからだ。


 そして最後の一体……やべぇ、ボス狼Lv15じゃねぇか!

 こんなにLvの高いグレーウルフは初めて見たぞ。

 万全の状態でも普段なら無視してる相手だ。

 怪我だらけで身体が重いしMPも0な今、絶対に戦いたくない。


 ああ、もう! しつけぇよ!


 俺も死力を尽くし走るが、どんどん距離が詰められてくる。

 ボス狼、クソ速い。


 ステータスを見るが、素早さだけならほぼ俺と同列だ。

 〖森のハンター〗という称号まで持っている。

 アイツ、グレーウルフの中では相当やる方だな。


 幸い、ボス狼と子分狼の差もかなり開いている。

 危うい賭けだが、ボス狼一体だけならミリアを庇いながらでも倒せるかもしれない。


 子分を倒しても逆上するだけだが、頭を潰せば逃げて行くはずだ。


 逃げきれないのなら、迎え撃つまで。


 ブレスで確実に先制を取りたいところだが、MPがないので殴り合う他ない。

 ミリアを守りきれるか不安がないといえば嘘になるが、逃げていてもどっち道ジリ貧なので攻めに出る他に手はない。

 リトルロックドラゴンがあっさり見逃してくれたことを思えば、ここまで苦しい状況に追い込まれたのは初めてかもしれない。


 俺は一気にスピードを上げる。

 ボス狼と子分狼の距離を開かせ、戦闘に横槍を入れさせないためだ。

 集団戦になっては敵わない。


 この加速で振り切れればと願うが、そんな上手い話はない。

 あまり期待もしていなかったが。


 スピードを急速に落とし、近くの木の枝に飛び乗って停止してから振り返る。

 予想外の俺の動きに戸惑うボス狼。

 枝を蹴っとばして飛び降り、ボス狼の頭を踏み潰す。


「ギャンッ!」


 そのまま露わになった首の後ろを、遠慮なく全力でぶん殴る。

 追い付いてくる子分狼を睨みながら踏んでいたボス狼を蹴り、その反動で後ろに跳び、勢いを殺さないまま方向転換して再び走る。


 頭に描いていたシミュレーション通りだったが、一つだけ誤算があった。


「グゥオオオオオッ!」


 ボス狼を、仕留めきれなかった。

 とはいえあれ以上粘っていれば、子分狼の攻撃を受けることは免れなかった。


 仕方がなかった。

 疲労のせいか、予想以上に俺の攻撃に力が乗らなかったらしい。


 気絶でもしてくれれば良かったのに、ボス狼は怒り狂っている。

 素早く態勢を立て直し、赤い目で俺を睨む。心配げに駆け寄ってきた子分狼の一体を爪で殴ってぶっ飛ばし、さっきまで以上のスピードで追いかけてきた。


 ボス狼は地を爪で抉り、スタミナ度外視で荒々しく加速していく。

 状態が〖憤怒〗になっていた。

 HPは、まだ四分の一程度残っている。


 せっかく取れた距離がまた縮んで行く。

 どうする? また何とか迎え撃つか?


 さっきは『こっちは逃げている』という姿勢を見せつけていたところにアドバンテージがあった。

 再度顔を突き合わせれば、先制を取れるとは限らない。

 〖憤怒〗のせいか、相手の動きが滅茶苦茶で読み辛いのも問題の一つだ。


 一撃もらえば、かなりキツくなるのが現状だ。

 俺のHPもそうだし、ミリアのこともある。


 〖ベビーブレス〗のMPがあれば……と悔やまずにはいられない。


 俺は跳んでから身体を捻じって宙で振り返り、後ろ足で木を蹴って急激に方向転換する。

 しかしミリアの身体が遠心力で引っ張られ、俺は後方にバランスを崩した。それがまずかった。


「グゥオオオオッ!」


 ボス狼の爪攻撃。

 斜めに振り下ろされたそれを、俺は胸元から腹に掛けまともに受けることになった。


 ミリアを落としそうになり背負い直す。

 意識を目前の敵から逸らした俺を嘲笑うよう、追撃が迫ってくる。

 逆斜めの爪攻撃。


「ガハァッ!」


 肩でガードしたものの、傷は深い。


 群れの中で二番目に速かった狼が追い付いてきて、俺の背に回り込む。

 咄嗟に身体を捻り、死角からの一撃を脇腹で受ける。

 危うく、ミリアを死なせるところだった。


 俺はミリアを地に放り投げた。

 着地時のダメージでさえ今の彼女にはキツイだろうが、この場から引き離す必要はあった。

 身軽になった俺は前後から来る攻撃を回避し、ボス狼の鼻っ面を思いっ切り殴り飛ばす。

 HP0を確認。今度こそくたばった。


【経験値を60得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を60得ました。】


【〖ベビードラゴン〗のLvが20から22へと上がりました。】


 はぁ……はぁ、かなりしんどい。

 Lv上がったらHP回復すりゃあいいのに。


 拳を振り上げようとしたが、腕が上がらない。


「グゥォォオッ!」


 後ろから飛び掛かってきた子分狼に肩を噛みつかれた。

 俺は振り解いて蹴飛ばす。ミリアを抱き起して背負い直し、再び走る。


 もう俺がかなり弱っていることを見抜いたらしく、狼達は追跡をやめない。

 ボス狼さえ倒せばビビッて引いてくれるはずだったのに、最後自分に噛みついてきた狼を倒せなかったのが原因か、舐められているようだ。


 HPが少ないせいか意識が朦朧としてくる。

 頭が痛い。引っ掻かれた傷が痛い。噛まれた肩が痛い。

 足が段々重くなってくる。


「ガァオッ!」


 追い付いてきた狼が俺の背に爪を伸ばす。

 俺は身体を捻じり、ミリアを爪から守り、自分で攻撃を受ける。

 そんなことを続けていれば身体が重くなっていくのは必然で、ふっと一瞬意識が遠ざかった。

 その隙を見逃してくれるほど奴らは優しくない。



 ざくり。

 肉を抉る音が背から聞こえる。

 あ、俺は死んだか?

 不思議と痛みはない。そういうものなのかもしれない。


 あれ、でも俺の身体はまだ動くし、背の感触も……あれ?


 正常な思考を失いつつあった脳を叩き起こし、遅れて気がつく。

 身体を抉られたのは、ミリアだった。


 再び大幅に削られる彼女のHPと、バッドステータス、状態異常〖流血〗。

 なんとか繋いだ彼女の命が、再び潰え始めていた。


 頭が真っ白になり、俺は吠える。

 四体の狼が、何かを感じ取ったように半歩下がる。


【状態〖憤怒〗になりました。】

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