第747話

 ようやく王都アルバンに俺とヴォルクが辿り着いたとき、そこには地獄が広がっていた。

 先の街同様に、都市全体に黒いぶよぶよとしたものが覆い被さり、巨大な蜘蛛の化け物が闊歩している。

 以前に来訪した際の、華やかな王都の栄華はそこにはなかった。


「オオオオオオ……」

「オオオオオオ……」


 そして都市の中央部には、蜘蛛の化け物の親玉が鎮座していた。


 黒い毛に覆われた巨大な蜘蛛。

 その前面に、三つの大きな頭部がついている。

 左はヒキガエルで右は猫の頭、そして中央には、王冠を被った耳の長い男の顔。

 全ての顔が焦点の合わない真っ赤な瞳を宿している。


 三つ首の飽食王……魔王バアル。

 システムの頂点、この世界における史上最強のモンスター。


 神の声の前で対峙したときは、まるで勝負にならなかった。

 しかし、俺もまた、伝説級上位のアポカリプスへと進化したのだ。

 今度は絶対に負けねえ。


 残る神の声の〖スピリット・サーヴァント〗は、魔王に当たるバアルと、そしてアロとトレントが足止めに向かった魔獣王の二体だ。

 神の声はバアルが最強の魔物だと口にしていた以上、バアルを倒してレベルを上げることができれば、魔獣王に敗れることはまずないだろう。


 神の声とは本当に戦うことになるのかはわからねぇし、ぶつかったとしても、それはきっと通常の魔物相手の戦いとは全く違ったものになるだろう。

 神の声はシステムを網羅しており、この世界に対して何かしらの形での強い権限を有している。

 そういった意味では、これは俺が魔物相手に命懸けで挑む、最後の戦いということになるかもしれない。


『ヴォルクとマギアタイト爺は街の化け物共を頼む。俺はバアルをやる!』


「わかった」


 高度を落とすと、ヴォルクは俺の背を蹴って跳び上がり、家屋の屋根の上へと着地した。

 

 バアルへと接近する。

 だが、奴は不気味な程に動かない。


 距離こそあるし、バアルの視界にはまだ入っていない。

 しかしさすがに気が付かれるかと思ったが、未だに俺に対して反応を見せなかった。

 

 先手を取れる。

 アポカリプスは伝説級上位の中でも攻撃方面の能力に長けている。

 同じくパワータイプの饕餮相手にスキルの手数と素早さを活かして殴り勝てたくらいである。

 先手を打って戦いの主導権さえ掴めば、多少格上であってもそのまま倒しきれるだけのステータスは揃っている。


 史上最強の魔物だ。

 どう考えたってぬるい相手ではない。


 この機会を活かして一気にダメージを稼ぎ、有利な盤面を維持するため、相手の立て直しを許さず、そのままスキルの連打をお見舞いしてやる!


 俺は〖次元爪〗をバアルの眷属共へとお見舞いし、続けてバアル本体へと放ってやった。

 三つの頭の内、猫の頭が一瞬早く俺へと反応した。

 だが、もう遅い。

 次元を超える爪撃の前に、バアルの反応は出遅れていた。


 バアルの身体に爪撃が走り、奴の巨躯が浮いた。

 この好機を逃す手はない。

 俺は一気に肉薄し、奴の身体へと尾の一撃をお見舞いしてやった。


 アポカリプスの最高速度で、全体重を乗せた一撃だ。

 バアルは崩れた体勢のまま、前足で尾の攻撃を受け止める。

 衝撃で王都全体が揺らぐ。

 そのままバアルを弾き飛ばしてやった。


 こんなもんじゃ終わらせねえ。

 このまま終わらせるつもりでやる!


「オゲェェエエエエッ!」


 すかさず〖次元爪〗を放つために腕を背後へ引いたが、その瞬間、左のヒキガエルが大口を開いた。

 奴の口から真っ直ぐ舌が伸びてくる。

 とんでもねぇ速度だった。

 払い除けるために爪で引き裂こうとしたが、舌は器用に俺の爪を避け、俺の右前脚へと絡み付いた。


「グゥ……!」


 バアルの中央、冠の男の顔が、頭を振りながら口先を尖らせて何かを吐き出した。

 細い糸だったが、当たれば無事で済まないであろうことを、俺は直感的に理解した。


 だが、右前脚が舌に引かれている現状、大きく動くことはできない。

 俺は地面に伏せて、辛うじて糸を回避した。

 尻目に、巨大な建物がバアルの糸に切断されて崩れ落ちるのが目に見えた。


 あれは……〖断糸〗のスキルか!

 アトラナートも有していたスキルだ。

 発動速度も糸自体も速く、小さな動作で出せて、その上に威力が高い。

 気を抜けば身体の部位を容易く奪われることになる。


 避けられてよかったと安堵した束の間、強い殺気と悪寒を覚え、俺は左の前脚を大きく上げて身体を庇った。

 鋭い斬撃……いや、これは爪撃!

 ドラゴンの体表が容易く裂かれ、前脚の骨がへし折られるのを感じた。

 とんでもねえ威力だ。

 こんなのをまともに受けたら一発で殺されかねない!


 何をされたのか理解が追い付かない。

 バアルとはまだ距離が開いているはずだったのに!

 とにかく、今のまま、あのクソガエルに前脚を押さえられているのは不味い!


「ガアアアアアッ!」


 俺が噛み千切ろうとしたとき、ヒキガエルの舌が素早く俺の前脚を離れ、バアルの許へと巻き戻されていった。

 三つ頭部があるだけのことはあり、どうやらそれぞれがほぼ同時にスキルを行使できると考えた方がよさそうだ。

 有利盤面を手数と力押しで覆されることになった。


 一ヵ所に留まるのは悪手だと判断し、俺は地面を蹴って素早く空を飛び、バアルから距離を置いて、奴の周囲を回ることにした。

 その間に〖自己再生〗で、骨を砕かれた俺の左前脚を再生させていく。


 俺はバアルを睨む。


 アポカリプスの〖次元爪〗と〖ドラゴンテイル〗を叩き込んでやったのだから、さすがに纏まったダメージは負ったはずだと思っていたのだが、しかし、奴はまるでピンピンしている。

 爪撃の傷は既に再生している上に、尾の一撃も特にそれほど堪えていない様子であった。


 とんでもねぇ頑強さだ。

 よっぽど防御に偏ったステータスなのかと思ったが、先の一撃の重みを鑑みるにそうではない。

 どうやら俺とバアルの間には、かなりのステータス差があるらしい。


『この吾輩が隙だらけに見えたか?』


 バアルの三つの面が邪悪な笑みを浮かべる。


『これは余裕というものだ。吾輩に出番が回るなど、幾千年振りのこと……少しは華を持たせてやって、戦いの体裁を作ってやらねばな』


 こいつ……聖女ヨルネスや、勇者アーレスよりも色濃く自我が残っているのか?


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

〖邪悪なる絶対君主〗

種族:バアル

状態:スピリット

Lv :180/180(Lock)(MAX)

HP :16594/20805

MP :14498/14609

攻撃力:13240

防御力:7292

魔法力:10500

素早さ:8161

ランク:L+(伝説級上位)


神聖スキル:

〖修羅道|(レプリカ):Lv--〗〖畜生道|(レプリカ):Lv--〗

〖人間道|(レプリカ):Lv--〗〖餓鬼道|(レプリカ):Lv--〗

〖地獄道|(レプリカ):Lv--〗


特性スキル:

〖HP自動回復:LvMAX〗〖MP自動回復:LvMAX〗〖闇属性:Lv--〗

〖グリシャ言語:LvMAX〗〖死の魔眼:LvMAX〗〖恐怖の魔眼:LvMAX〗

〖野生の勘:LvMAX〗〖不思議猫の獣皮:LvMAX〗〖帯毒:LvMAX〗

〖気配感知:LvMAX〗〖三つ頭:Lv--〗〖精神分裂:Lv--〗


耐性スキル:

〖物理耐性:LvMAX〗〖魔法耐性:LvMAX〗〖毒無効:Lv--〗

〖麻痺耐性:LvMAX〗〖混乱耐性:LvMAX〗〖石化耐性:LvMAX〗

〖即死耐性:LvMAX〗〖呪い無効:Lv--〗〖幻影耐性:LvMAX〗


通常スキル:

〖念話:LvMAX〗〖呪禍の爪:LvMAX〗〖呪禍の牙:LvMAX〗

〖ダークスフィア:LvMAX〗〖アクアスフィア:LvMAX〗〖ファイアスフィア:LvMAX〗

〖宵闇の糸:LvMAX〗〖パペット:LvMAX〗〖断糸:LvMAX〗

〖ビーストタックル:LvMAX〗〖魔の温床:LvMAX〗〖狂気の咆哮:LvMAX〗

〖水神の絶舌:LvMAX〗〖落雷:LvMAX〗〖水神の雨乞い:LvMAX〗

〖グラビティ:LvMAX〗〖グラビドン:LvMAX〗〖エクリプス:LvMAX〗

〖人化の術:LvMAX〗〖自己再生:LvMAX〗〖次元爪:LvMAX〗

〖戦神の尻尾切り:Lv--〗〖猫の不在証明:Lv--〗〖量子猫の選択:Lv--〗


称号スキル:

〖最終進化者:Lv--〗〖元魔王:Lv--〗〖元魔獣王:Lv--〗

〖時空の覇者:Lv--〗〖戦神:Lv--〗〖恐れられるモノ:Lv--〗

〖三つ首の飽食王:Lv--〗〖従霊獣:Lv--〗〖世界最強の証:Lv--〗

〖地獄の大王:Lv--〗〖そこにいない猫:Lv--〗〖国喰い蝦蟇:Lv--〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 レベル180……!

 伝説級上位は覚悟していたが、ここまでの化け物が来るとは思っていなかった。

 史上最強の魔物というだけはある。


 そして最悪なのは、バアルは攻撃性能に長けた、素早さがあってスキルにも恵まれた、バランス寄りのアタッカータイプということだ。

 アポカリプスとだだ被りなのだ。


 レベル差があるため、全てのパラメーターで俺の方が劣っている。

 力を競えば押し負け、魔法で勝負することもできず、常に速度はこちらが出遅れ続けることになる。

 ステータスではほぼ俺の上位互換だ。

 アポカリプスでは付け入る隙がない。


 おまけにかなりタフなタイプな上に、ほとんどノーモーションで放てるスキルも多く、三つ頭から繰り出す手数も多いため、相手の綻びをついて立て直す前に倒しきるということも困難である。


 おまけにバアルは〖次元爪〗を有している。

 先に放ってきたものはこれだったらしい。

 素早く蜘蛛の足を動かしたのだろうが、前動作が何も見えなかった。


 如何なる間合いでも攻撃手段となり、回避が困難かつ高火力を誇る〖次元爪〗は俺のとっておきだったのだが、まさかバアルも有しているとは思わなかった。

 どれだけ距離を取っていても安心はできない。

 常に至近距離で爪を宛がわれているようなものだ。

 敵に回すとこれほど厄介なスキルになるとは。


【〖バアル〗:L+(伝説級上位)ランクモンスター】

【かつて世界を喰らいつくした魔物の王にして、戦いの神。】

【時間と空間を超越した神業で敵を圧倒する。】


 禍々しい外見とステータスの割に、説明文自体は伝説級には珍しく淡白なものだった。

 しかし、これだけで奴の恐ろしさが充分に伝わってくる。


『百余年魔物の王として君臨した吾輩は、ついぞ一度も対等な戦いを経験することもなく……世界の管理者によって封じられることとなった。その後に後世の神聖スキル持ち共と戦う機会もあったが、奴らもまた、この吾輩の本気を引き出すことはできんかった』


 バアルは焦点の合わない目で語る。


『あのときよりはマシなようだが、その程度如きであればすぐに叩き潰すぞ子竜。せいぜいその儚き命の輝きを以て、久遠を生きる吾輩の退屈の、多少の慰みとなって散るがいい』


 ……同じ伝説級上位のアポカリプスに対して、儚き命の子竜とはな。

 そんな世迷言を吐けるのは、この世界においてこいつだけだろう。


 伝説級上位、レベル180。

 ステータスは全て俺よりも高く、スキルも危険なものがずらりと揃っている。

 奴の最大の特徴である、三つの頭も相当厄介だ。


 だが、当然、俺とてここまで来て、負けるつもりはない。


『悪いが俺にとってお前は、神の声の奴を叩き潰すための前座なんだよ』


 三つの頭部の笑みが止んだ。


『さっさと叩き潰して、この街の災禍のツケを払わせてやるよ不快虫ヤロウ!』


『ほざきおる。今代の神聖スキル持ちは、随分と威勢のいい雑魚らしい』


 三つの頭部の眉間に皺が走り、それぞれが怒りの表情へと変わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る