第217話
半日ほど飛んだ。辺りがすっかり暗くなり、空には月が浮かんでいた。
そこでようやく外壁に覆われた都市が見えてきた。
アドフの言っていた国、アーデジアだ。
これ以上進めば、見つかりそうだ。
まだ少し遠いが着地することにした。
ここからどうするべきだろうか。
魔除けの石は並べられていたので魔物はいないはずだが……できることならば、国のところまでは送ってやりてぇ。
人化してついていくべきか。
しかし俺の〖人化の術〗は万全ではない。
顔を隠しながらハレナエにはなんとか入れたが……道中、かなり不審がられていた。
ハレナエでは、あれは人化した竜だったと噂になっているはずだ。
それについて、アドフやハーゲンがどのように説明するかはわからない。
民衆がどう受け取ったか、教会がどういう形で纏めたいかによっても左右するだろう。
後々人化した竜の話がハレナエからアーデジアに流れたとき、場合によってはニーナの印象が悪くなることも考えられる。
力関係的にハレナエがアーデジアにニーナの身柄を要求するようなことはないだろうという話ではあったし、アドフも多少俺の肩を持ってくれるだろうとは思いたいが……それでも、懸念点は潰しておきたい。
この辺りで別れ、万が一がないように遠目から見守るのがベストか。
俺は歩みを止め、ニーナを降ろす。
「イルシアさん、タマちゃん……今までずっと、本当に、本当にありがとうございましたにゃ……。また、また……きっと、会えますよね?」
俺も玉兎も、返答に詰まる。
「ガァッ!」
またもや相方が先に答える。
……本当に、空気読まねぇのなお前は。
いや、ひょっとしたら読んだ上でそうしてんのか?
「グァァッ!」
俺も、相方に続いて答えた。
玉兎も……玉兎?
どうした? 最後なんだし、何か言ってやったら……。
不意に、背後から気配を感じた。
人間だ。気配を消して俺に近づいていたらしい。
まずい。国近くだ、もう少し警戒しておくべきだったか。
俺は振り返りついでに、軽く尾で辺りを払った。
あくまで軽く、だ。殺す気はない。
砂煙が巻き起こる。
尾の先が相手の身体にヒットし、弾いた。
上手くガードしたらしい。
「ぐぅっ!?」
弾いた相手は、群青の髪をした男だった。
背中から砂地へ落ち、砂飛沫を上げた。
「退け、馬鹿者! 何をやっているカイン! こんなデカブツ、俺達でやれる相手じゃない! とっとと国へ戻って報告するぞ!」
更に後方に、馬に跨った男が立っていた。
「こ、子供と兎が襲われているんだぞ!」
群青の髪をした男、カインが起き上がる。
カインは地面に衝突したときに唇を噛んだらしく、血を垂らしていた。
すぐさま手の甲で血を拭う。
腕の防具が砕けていた。俺の尾の一撃に堪えられなかったらしい。
しかしニーナはともかく、玉兎まで襲われている側に見えたのか……。
アドフの話でも、玉兎は温厚だからペットとして認められていると言われていたな。
「発見した俺達が全滅したら、アーデジアは無防備なところをドラゴンに襲われることになる! そうなれば、何人も死ぬぞ!」
「全滅しなきゃいいんだろ! なら、アンタは先に行ってくれ!」
「チッ! 死にたがりが、好きにしろ!」
馬に乗った男が、俺を避けるため円を描くように馬を走らせ、アーデジアへと向かっていった。
「そこの子、大丈夫か!」
カインが俺越しにニーナへと叫ぶ。
「ま、待ってくださいにゃ! 違うんです! イルシアさ……ドラゴンさんは、ニーナを助け……」
俺は尾を地面に叩きつける。地面が割れ、大きく揺れた。
ニーナが転倒する。
「きゃぁっ!」
「クソッ! 今俺が、助けるからな!」
カインが剣を構え、飛び掛かって来る。
俺のことを話せば、余計な疑いを持たれる可能性も高い。
初対面で印象を悪くするのはまずい。
どの道、俺がアーデジアに今の姿で入ることはないのだ。
襲われていると勘違いしてくれているのならば、そっちの方が好都合だ。
どうやってここまで来たか説明するのかが難しくなるだろうが、歩いてきたとでも、途中まで馬車に乗せてくれた人がいたとでも、どうとでも言えるだろう。
俺は余計なことをするなよという意を込め、相方へと目を向ける。
「グゥォォオオオッ!」
俺は吠えながら、前足でカインのすぐ目前を踏み潰す。
カインが俺の前足に飛び乗り、そのまま俺の突き出した顔へと斬り掛かってきた。
「〖火炎斬〗!」
炎を纏った剣が、俺の頬を横一線に斬りつけた。
「グホォッ!」
わざとくらってやるつもりではあったが、思ったよりダメージをもらった。
それなりにやる奴だな、こいつ。
首を素早く引きながら、後ろへと下がった。
これだけいいのを一発もらえば、逃げた言い訳にはなるか。
「ぺふぅっ!?」
と、そのとき俺の身体から玉兎が落ちた。
耳をくしゃくしゃに畳み、上手くクッション代わりにして落下の衝撃を和らげていた。さすが玉兎。
逆さまの玉兎を拾おうとしたとき、玉兎の目線が倒れているニーナへと向けられていることに気が付いた。
……やっぱり、心配なんだよな。
そりゃそうだ。道中、ずっと仲良さそうにしてたもんな。
玉兎なら、ニーナについてアーデジアに入ることもできるはずだ。
玉兎がボディーガードについていれば安泰だ。あいつは賢く、何かと器用だ。
起き上がった玉兎が、俺を見上げる。
おい、玉兎、お前はどうしたいんだ?
俺には〖念話〗なんかねぇから、お前の考えていることなんてわかんねぇよ。
でもよ、ひょっとしたらさっきから、そのことを考えていたんじゃねぇのか?
「ぺ、ぺふ……」
玉兎は困ったように俺を見るばかりで、〖念話〗は使わなかった。
それが何よりも雄弁な答えのようなものだった。
「うぉおおおおっ!」
カインが俺に追撃を入れようと、襲いかかってくる。
俺は玉兎を視界から外し、後ろへと退く。
そのまま地を蹴って、飛び上がった。
カインは俺へと剣を向け、牽制する。
俺は身体を翻し、カインへと背を向けた。
距離を置いてから、小さく振り返る。
カインは俺に突き付けていた剣を下ろし、安堵の息を漏らしていた。
少し視線を逸らすと、玉兎が俺を見上げていた。
「ぺふっ! ぺふぅーっ!」
ありがとうよ、玉兎。
お前のお蔭でこの砂漠、ずっと寂しくはなかったぜ。
その分、色々と忙しかったような気もするけど……俺も、何度も助けられたな。
わかんねぇもんだな。
家でも掘ってもらおうかと思って、ほとんど気紛れみたいに拾ったもんだったのに。
いや、あのときも俺は理由をつけて旅の道連れがほしかっただけかもしれねぇけど。
俺は東へと、真っ直ぐに飛んだ。
振り返ってはいけないと思った。
カインから怪しまれるかもしれねぇし、決心が鈍るかもしれねぇ。
だがそう思いつつも、玉兎が点に見えるまで、何度も何度も振り返ってしまった。
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