第8話
「ガァァアァオオオオオオオッ!」
勝ち誇ったように目前のドラゴンが鳴き叫ぶ。
俺が着いた頃には、すでに決着がついていた。
人間よりも小さい俺と違い、目の前のドラゴンは3メートル以上の背丈がある。
身体中、ゴツゴツとした岩のような体表に覆われている。
今まで遠目で見ては一瞬で逃げ出していた相手だ。
シルエットを見ただけで、足音を聞いただけで、そいつが規格外の存在であることは明らかだったからだ。
そしてその巨体の足許にはミリアを含む冒険者三人組が血を流しながら伏せていた。
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種族:リトルロックドラゴン
状態:麻痺(小)
Lv :14/55
HP :197/212
MP :45/87
攻撃力:168
防御力:224
魔法力:82
素早さ:46
ランク:C
特性スキル:
〖竜の鱗:Lv3〗〖ブレス強化:Lv1〗
〖HP自動回復:Lv1〗〖土属性:Lv--〗
耐性スキル:
〖火属性耐性:Lv5〗〖物理耐性:Lv3〗
〖魔法耐性:Lv2〗
通常スキル:
〖サンドブレス:Lv4〗〖噛みつく:Lv3〗〖岩爪:Lv3〗
〖自己再生:Lv2〗〖地響き:Lv4〗〖ストーンプレス:Lv6〗
称号スキル:
〖最終進化者:Lv--〗
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今まで距離があったのと〖ステータス閲覧〗のスキルLvが低かったのとで上手く見えなかったが、今回はそいつのステータスがはっきりとわかった。
俺の五倍近い身長と、三倍近いステータス。
目が合っただけで恐怖が俺を襲い、身体中が震える。
こんな奴に俺は人間三人と組めば勝てると考えていたのか。硬そうな体表には返り血こそついていたが、怪我は見当たらない。
防御力が高過ぎて、まともに攻撃が通らなかったのだろう。
「ガァァアァオオオオオオオッ!」
鈍く低い鳴き声、しかしそれは森中の空気を震えさせるほど響き、その後には静寂が訪れた。
【逃げ。】
【ろ。】
【逃げなさ。】
【い。】【逃げろ。】【無。】
【理。】
頭に神の声が表示される。
脳が震えるような感覚。気分が悪くなる。
ない。
こいつを倒せそうなスキル、何もない。
俺の最大の攻撃は〖ドラゴンパンチ〗だが、このステータス差の前では無力だ。
経験則からいって、完全な体勢から〖ドラゴンパンチ〗を30発繰り出し、それが全部相手のドタマに当たれば倒せるかもしれないくらいのステータス差だ。
一発一発大振りで放つ必要があるし、相手が〖自己再生〗を使わないと仮定した上での計算だし、そもそもこの身長差で頭部など狙えないし、30発〖ドラゴンパンチ〗を使うほど俺にMPはない。
つまり勝機は完全にゼロだった。
おまけに戦力として期待していた三人は気を失い、地に転がっている。
〖ステータス閲覧〗で見たところ死んではいないが、状態が全員〖気絶・流血〗になっている。
俺を庇い優しく笑いかけてくれたミリアも、今は血を流し、無表情で地の上に横たわっている。
幸い、相手のスピードは遅い。
一発ぶち込んで挑発し、逃げて三人からあのデカブツを引き離せば全員助かる見込みはある。
だったら、これしかねぇ。
卵時代に覚えた必殺技、素早さと攻撃力を水増しする俺のとっておき。
俺は走って助走を付け、地を蹴っ飛ばす。
そのまま宙で手足首を畳み、丸くなって回転する。
進化した今でも〖転がる〗は健在だ。お蔵入りになったりはしていない。
近づいた俺を、リトルロックドラゴンは迎え撃とうと腕を振るう。
右、左と俺は跳ねて華麗に回避。
地面の砕ける音がするが、気にしない。気にしないことにする。
今はただ、奴の動きに集中する。
避ける。避ける。避ける。
周囲を回りながら隙を探る。
両側から迫り来る爪攻撃!
俺は勢いよく跳ね、紙一重で回避する。
【称号スキル〖回避王:Lv1〗を得ました。】
ここだぁっ!
俺はゴツゴツとした顔面に思いっ切りタックルする。
額にぶつかり、そのまま斜め後ろに撥ね上げられる。
俺は荒く地に落ち、されど無理矢理転がってデカブツから逃げる。
ちょっとは効いたはずだ。
追ってこい! さぁ、追ってこい!
背後から感じる圧倒的な殺意。
その直後、辺りの地面がひっくり返った。
いや、俺にはそう感じた。景色がぶれ、砂埃が舞う。目前の木が根元から折れ、倒れてくる。
それにぶつかって叩き落とされ、俺の〖転がる〗は解除され、地に顎を打ち付ける。
何が起こったのか。
恐らく奴の持っていた〖地響き〗のスキルだ。
地面をぶっ叩き、今の衝撃を引き起こしたのだ。
遠くにいた俺でもこの有様、近くにいた彼女達も無事では済まないだろう。
範囲技らしく、威力が本体の攻撃力を考えればかなり低いのがまだ救いか。
倒れている俺へ、リトルロックドラゴンがゆっくりと歩いてやってくる。
チクショウ……チクショウ……。
起き上がろうとするが、身体が重い。
いや、奴は油断している。
むしろ、これは好機だ。今は大人しく寝ているべきだ。
岩竜は俺の傍まで来ると、大きな口を開けて顔を近づけてくる。
俺はその口内目掛けて、横になりながら腕に溜めていた〖ドラゴンパンチ〗を全力で放つ。
牙に腕が掠り拳の甲が裂けたが、それでもなんとか口内をぶん殴ることに成功した。
さすがに口の中には岩肌はない。
「グギャァアァッ!」
リトルロックドラゴンは鳴き叫びながら退き、苦しげに首を振るう。
やってやった。
これはかなり痛かったはずだ。
しかし、俺にコイツを倒すのは不可能。
俺は走り、三人へと近づく。
老人のステータスを見ると、彼はHPがすでに0になっていた。
割り切れない思いではあったが、しかしそれでも俺はすぐ老人から離れる。
次に見つけたのはドーズ。
爪にやられたのか、鎧の胸部が割れてそこから血を流している。
そしてあの〖地響き〗のせいで、足が倒木に押し潰されていた。
倒木に手を掛けるが、上手く持ち上がらない。
俺ひとりの力では無理だ。
シュゥウウと、水の蒸発するような音が聞こえてくる。
音につられて振り返ると、リトルロックドラゴンの口内から煙のようなものが昇っていた。
〖自己再生〗だと、直感的にそう気付いた。
俺が命懸けの騙し討ちで与えた傷が、すでに回復した。
無茶苦茶だ。
強さがデタラメ過ぎる。あれで『リトル』ロックドラゴンだと?
ならロックドラゴンはどうなるんだ。
俺はすぐさま〖転がる〗を用いて走り回り、離れた場所で倒れていたミリアを見つける。
割れた地に身体を呑まれかけており、発見が遅れた。
首を咥えて引き摺り出し、自分の身体より少し大きなミリアを背負う。
それから全力で走った。
思いっきり走った。ただただ森の中を駆け抜けた。
人間が潰れたような音を聞いた。それでも振り返らなかった。
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