第649話
『主殿っ! お守りいたしますぞ!』
トレントの姿が大きくなり、木の根が広がって俺の身体に纏わりついていく。
これは〖樹籠の鎧〗モードだ。
俺の左半身を、トレントの木の根が覆い尽くす。
ミーアの連撃は痛すぎる。
一手のミスで体力を全て持っていかれかねない。
トレントの〖樹籠の鎧〗があれば、ミーアに隙を晒さないように立ち回りやすい。
だが、当然それは、トレントのHPとMPが持つ間に限る。
アロとトレントが保つ間の、短期決戦に懸ける。
『ありがとよ、トレント!』
俺は〖アイディアルウェポン〗を用いて武器を作ると同時に、〖竜の鏡〗で前脚を腕へと変化させた。
ミーア相手に剣で挑むのも危険な気はするが、素手ではあまりにリーチが足りない。
俺の両手に青紫に輝く大きな剣が現れる。
【〖オネイロスライゼム〗:価値L(伝説級)】
【〖攻撃力:+240〗】
【青紫に仄かに輝く大剣。】
【夢の世界を司るとされる〖夢幻竜〗の牙を用いて作られた。】
【この刃に斬られた者は、現実と虚構が曖昧になり、やがては夢の世界に導かれるという。】
【斬りつけた相手の〖幻影耐性〗を一時的に減少させる。】
万全の準備が整った。
アロも〖暗闇万華鏡〗で三人に分身したまま、俺の上に控えている。
『行くぞ、アロ、トレント!』
「集団の強さなんて、神の声を倒すためには何の役にも立たないものなのだけれどね」
ミーアが俺達を小馬鹿にしたように口にし、床を蹴って跳びかかってきた。
宙に飛んだミーアが、舞うように大剣を振るう。
刃から無数の黒い〖衝撃波〗が放たれる。
〖残影剣〗と組み合わせているのもあるが、ただの〖衝撃波〗がほぼ全範囲攻撃だ。
『なんつう出鱈目な攻撃だ!』
甘く考えていたつもりはないが、ミーアの遠距離攻撃の手段は限られる、というのはとんでもない誤りだった。
ミーアの神速の剣技によって自在に放たれる〖衝撃波〗は、無限の型がある。
俺は腕で攻撃を防ぎながら右へと回避しつつ、爪で宙を切って〖次元爪〗を放つ。
ミーアは俺の手許を見ながら、身を捩って容易く回避してみせる。
当たるとは思っていなかったが、一方的に〖衝撃波〗を撃たせ続けていれば、こっちが避け切れない。
「きゃああっ!」
アロの一人を〖衝撃波〗が襲った。
身体が四散して色を失い、黒い光へと変わる。
『アロッ!』
「大丈夫です! 前にいたのは、分身だから!」
黒い光が宙を舞い、アロへと吸い込まれていく。
『俺から離れるのは危険過ぎる! 飛ぶのは最低限にして、極力身体に乗っておいてくれ!』
俺の言葉に、視界端のアロが頷いて高度を落とす。
二人のアロは肩に着地すると同時に、床へと手を向けていた。
「〖クレイ〗!」
ミーアの進路に、魔法の光が灯る。
「間に合わないよ」
ミーアが大剣の構えを変えた瞬間、速度が急上昇する。
〖神速の一閃〗を発動したのだ。
ミーアが通過した直後のところに、大きな土の針が出現した。
ミーアの動きには一切の迷いがなかった。
完全に発動タイミングを掴まれている。
ミーアの戦闘経験は、俺とは比にならないはずだ。
魔法スキルの発動も、それこそ何万回と見てきたものなのだろう。
だが、発動タイミングさえ確定させられれば、〖神速の一閃〗は対応不可能な技じゃねえ!
俺は身体を背後へ退きながら、ミーアが次にくるであろう位置をこれまでの経験から推測し、大剣を振るった。
リリクシーラとの一戦から、ヴォルク達の見ている剣士の世界に、俺も少しだけ触れることができたように思う。
自我を取り戻したヘカトンケイルとの戦いで、それが俺の中でより具体的なものになりつつあった。
そしてミーアの〖神速の一閃〗に対応できたとき、それをようやく掴むことができた。
目で追い切れなくてもわかる。
ミーアがどういう軌道を描き、俺へと距離を詰めてくるのか。
「グゥオオオオオッ!」
俺が放った斬撃。
そのすぐ奥に、ミーアはいた。
直感的に、俺の読みが間違っていたわけではない、とわかった。
ミーアは意図的にズラしたのだ。
「まさかとは思ったけれど、そこまで見えていたとはね。だけど、私はその先にいる」
ミーアは、空振って無防備を晒した俺へと大剣を振るう。
俺は実力でも、執念でも、ミーアには敵わない。
世界のためには、神の声を討つためには、俺なんかよりミーアが地上に戻るべきなのかもしれねえ。
だが、俺のために命懸けで戦ってくれる、アロとトレントがいる。
二人のためにも、ミーアに神聖スキルを譲るつもりはねえ。
そして二人がいるからこそ、ミーアに喰らい付ける。
俺は身体を傾け、トレントの木の根で受け止めた。
『〖重力圧縮〗ぅうう!』
トレントの木の根が圧縮され、より強固になっていく。
一瞬刃を受け止めることには成功したが、ミーアの刃は木の根を断ち切り、俺の身体を斬りつけた。
だが、浅く済んだ。
「なるほど、思ったより厄介……」
『〖ウッドカウンター〗ですぞおおっ!』
周囲の木の根が角度を変え、豪速でミーアへと迫る。
凄まじい速度だった。
ミーアから受けた力の一部を木の根に乗せているのだ。
「本当に厄介……」
『ミーア殿にそう評してもらえて、光栄ですぞ!』
「〖流し身〗」
ミーアは身体を捩って木の根を綺麗に回避しながら、敢えて体の一部に木の根を当て、その勢いを利用して俺から離脱していく。
「〖ゲール〗!」
二つの竜巻が、ミーアの背後に壁のように生じる。
ミーアの動きが神域のものであったとしても、範囲攻撃の乱打は避けられないはずだ。
逃げ場を全て潰せば、如何に彼女とて逃げられる道理はない。
俺はミーアの逃げ場を潰すように、大剣の一閃を放った。
ミーアは、刃で俺の一撃を受け止めた。
「〖
ミーアの姿が消えたかと思えば、彼女は間合いを置いた先に立っていた。
逃げられた……!
衝撃を移動のエネルギーに転じて、自身へのダメージを抑えるスキルだ。
相柳のときは身体で受け止めて使用していたが、今回は打撃ではなく斬撃なので、発動のために剣で受け止める必要があったのだろう。
「……ふむ」
ミーアが自身の左肩へと目をやる。
左肩の衣服が剥がれ、身体に傷が走っていた。
魔物であるためか血は流れていなかったが、肉が抉れている。
「浅いけど……当たったんだ!」
アロが声を上げる。
ミーアは〖
すぐに左肩の肉が再生し、元に戻っていく。
だが、攻撃を当てられていた、ということの意味は大きい。
いける……!
俺とアロとトレントなら、ミーアにも届き得る。
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