第650話

 俺はミーアへと距離を詰める。


 間合いを詰めつつ、左手で〖次元爪〗を放ち、右手に握った大剣を構える。

 〖次元爪〗はミーアに自由に動かさせないためのものである。

 ミーアに好き勝手動き回りながら〖残影剣〗で〖衝撃波〗の乱れ撃ちを放たれれば、対応しきるのが難しい。

 

 ミーア攻略の糸口が見えてきた。


 〖次元爪〗の対応で行動を制限させて、ミーアを絶対に自由に動かせないこと。

 そこからアロの三重魔法の範囲攻撃で動ける範囲を絞る。

 トレントの〖樹籠の鎧〗と〖ウッドカウンター〗があるため、ミーアの俺への攻撃の仕方もかなり限定される。

 

 その状況なら、俺でもミーアに読み勝って一撃を入れることができるはずだ。

 

「〖ゲール〗!」


 三体に分身し直したアロが、三つの竜巻をミーアの周囲に発生させる。

 ミーアは瞬時にその間を掻い潜り、俺への距離を詰めつつ二重の〖衝撃波〗を放ってくる。


『すまねぇトレント! 耐えてくれ!』


『わっ、わかりましたぞ!』


 黒い〖衝撃波〗がトレントの〖樹籠の鎧〗を砕く。

 木の根がへし折れ、貫通して俺の肉を抉る。

 俺は牙を食い縛って耐え、大剣を振るう。


 ミーアは、俺の刃を避けた。

 俺はガードとして構えていた〖樹籠の鎧〗を纏った左腕を突き出し、ミーアを殴り飛ばそうとした。


 ミーアは剣で防がず、身体で受け止めた。

 殴った瞬間、感覚でわかった。

 〖掬虚月きくうつろづき〗が来る!


 凄まじい速度の刃が、俺の肩へと飛んできた。

 〖樹籠の鎧〗を容易く砕き、俺の鱗、肉を抉り、骨がへし折られるのを感じた。


 打撃は駄目だ!

 ミーアの〖掬虚月きくうつろづき〗で強化された剣は、俺じゃ捌けねえし、トレントの〖樹籠の鎧〗さえ貫通されちまう。

 斬撃に対して〖掬虚月きくうつろづき〗を使われても、まず刃で防ぐ必要があるため、即座に威力を大剣に乗せて反撃に出ることはできないはずだ。

 

「咄嗟に力を落としたか。思ったより威力が乗らなかった」


 ミーアが呟く。


 だが、今回は、〖掬虚月きくうつろづき〗を使わせたのがプラスに働いた。

 ミーアの予想よりも〖掬虚月きくうつろづき〗に力が乗らなかったためか、トレントの〖樹籠の鎧〗の頑強さを見誤ったのか、ミーアの〖黒蠅大刀〗は、俺の肩で刃が止まった。


 俺は筋肉を固め、同時に〖自己再生〗を一気に肩へと集中する。

 ミーアの〖黒蠅大刀〗を引き抜かせないためだ。


『逃がしませんぞっ!』


 〖ウッドカウンター〗で豪速で伸びるトレントの根が、ミーアの身体へと伸びる。

 身体を逸らして躱されていたが、一本が横っ腹を貫通し、別の一本が足首に絡み付いた。


 大剣から手を放し、即座に右手で〖次元爪〗をミーアへと放つ。

 ミーアは引き抜いた大剣で〖次元爪〗を防ぐ。

 だが、受け損ねて腰と左肘に爪撃を受けていた。

 肉が大きく抉れたが、切断には至っていない。


 直後、ミーアの身体が素早く後方へと飛ぶ。

 〖次元爪〗を防いだ衝撃を用いて〖掬虚月きくうつろづき〗を発動したのだ。

 背後へ逃れていく。


「〖ゲール〗!」


 アロの二つの竜巻が逃げるミーアを追う。

 だが、ミーアは空中だというのに身体を傾け、〖黒蠅大刀〗の重量を利用し、動きを自在に調整して避けきってみせる。

 手数の差があって圧倒的に有利な状況のはずなのに、完全としか言いようのない対応を見せ、被害を最小限に抑えて立ち回ってくる。


 ミーアは壁まで逃れるつもりらしい。

 俺は右手で手放した大剣を拾い上げながら、左手でミーアが着地しようとしている壁へと〖次元爪〗を放った。

 だが、壁までミーアはやってこなかった。


 ミーアが足を付けたのは、そのもっと手前だった。

 アロが〖クレイ〗でミーアを狙うのに使った、大きな土の針だった。


『しまっ……!』


 あの軌道で、間合い内にミーアが残るとは思わなかった。

 即座に針を蹴って、俺への攻撃に出てくるはずだ。

 今の状態では、十全に迎え討てない。

 とにかく後ろに退いて、頭と胸部を守るしかない。


 そこまで考えた瞬間……脳裏に、先程のアロの攻撃魔法の様子が過った。

 分身体は三人だったはずなのに、〖ゲール〗は二発だった。

 残りのアロは、何をしていた……?


 俺は守りを捨て、素早く大剣を構え、ミーアへと接近した。

 

 ミーアは、土の針を蹴れなかった。

 土の針から、土の腕が伸び、ミーアの足を掴もうとしたのだ。

 ミーアは腕を上手く躱して着地したが、即座に奇襲に転じることはできなかった。


 アロのスキル……〖未練の縄〗である。

 土のあるところであれば、自在に土の腕を伸ばすことができる。

 この塔の中に土はなかったが、自身の〖クレイ〗で生じさせた土を利用したのだ。

 

 アロは〖ゲール〗でミーアの向かう方向を多少は誘導できた。

 恐らくアロは、あの瞬間に咄嗟に、〖クレイ〗の針の近くへと誘導すれば、ミーアが足場に利用して俺の意表を突こうとすると、そこまで考えたのだ。


『よくやったアロ!』


 俺はミーアへ接近しながら、口の中に魔力を溜めていた。

 

 ただの剣の攻撃は、ミーアに往なされた上に、〖掬虚月きくうつろづき〗の発動を許してしまう。

 だが、重力魔法の攻撃であれば、さすがに〖掬虚月きくうつろづき〗では対応できないはずだ。


 〖グラビドン〗は、避けるか〖破魔の刃〗でしか対応できない。

 範囲の広い〖グラビドン〗に対し、体勢を崩した状態では安定して避け切れない。

 ミーアは〖破魔の刃〗を狙ってくるはずだ。


 だからここで、〖掬虚月きくうつろづき〗は使って来ない。


 ミーアの〖掬虚月きくうつろづき〗に何度も剣や拳を叩き込んで、わかったことがある。

 ハウグレーも似た技術を使っていたので、アレも参考になった。

 比較すれば見えてくるものがあった。


 〖掬虚月きくうつろづき〗の発動には、固有の構えのような前準備が存在しない。

 どんな体勢からでも自在に使うことができる。

 だが、その代わりに発動する瞬間は思考を無にし、完全に脱力した状態になる必要がある。


 故に、構えておかなければ、咄嗟に使うことはできない。

 〖掬虚月きくうつろづき〗は強力なスキルだが、武の神の域に達しているミーアの唯一の隙でもある。

 使用する瞬間、あらゆる打撃に対して無敵になる代わりに、魔力の塊を撃ち出すような魔法攻撃に対しては無防備になる。


 だから、〖グラビドン〗を囮に〖破魔の刃〗を意識させ、体勢の整っていないミーアへ大剣で攻撃する。

 ミーアは〖掬虚月きくうつろづき〗で逃げて形勢のリセットができない上に、アロの援護射撃も期待できる。

 

 ……と、〖グラビドン〗を確認した時点で、ミーアはそこまで読んでくるはずだ。

 だから俺は、その裏を掻く。


 ミーアは俺なんかよりも圧倒的に強い。

 伝説の勇者だ。

 ステータスで追い付いたとはいっても、経験も、勘も、読みも、技術も、全てにおいて俺を上回っている。


 だからこそ、そこまで読み切って〖掬虚月きくうつろづき〗を使ってくるはずだと、俺は確信を持てた。


『〖グラビドン〗!』


 俺は至近距離から、ミーア目掛けて〖グラビドン〗を放った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る