第729話 side:トレント
「引キ付ケテ時間稼ギナド、デキルワケガナイ。アノ巨獣ヲ、オマエ達、舐メテイル」
朱厭殿がそう話した。
「先モ言ッタガ、奴ハアマリニ頑丈。何ヤッテモ、傷一ツ付カナイ。手出シテモ、反応シナイ。アマリニ未知数。ソレニ……奴ノ周囲、恐ロシク強イ四ツ目、無尽蔵ニイル。イクラデモ湧イテクル」
「でも、このまま放置していたら、森が荒らされるだけ。打てる手は打たないといけない」
アロ殿は迷いなく、そう答えた。
「打開策打ツノ、悪クナイ。ダガ、奴ヲ引キ付ケル……アマリニ無謀。タダノ愚行」
朱厭殿は全く応じる様子がない。
「アオオ……」
赤猿の一体が朱厭殿へと声を掛けてから、ちらりとアロ殿の方を見た。
「意地悪デ言ッテルワケジャナイ。無駄死ニスルノ、コイツ」
「アオッ」
赤猿は自身の手にしているバケツ……兜に描かれている竜を、朱厭殿へと示した。
「……確カニ、ボス。村、守ルタメ……自分ヨリ、遥カニ巨大ナ相手、挑ンダ。村、守ッタ。姉御カラ、ソウ聞イタ」
朱厭は口を閉じ、逡巡する素振りを見せた後、アロ殿へと振り返った。
「オマエ達、強イ。ソレハ、ソコノ四ツ目ノ亡骸ノ山カラ分カル。ダガ、アノ巨獣……オマエガ思ウヨリ、遥カニ強大。デモ、コノママジャ、森、壊滅的ナ被害ヲ受ケ続ケル……下手ヲシタラ、滅ブ……対策必要、ソレモマタ、事実」
「でしたら……!」
「速イ四ツ目、イル。翼ノアル四ツ目モイル。巨獣ガ吠エレバ、無限ニ現レル。奴ノ気ヲ引イテ逃ゲ回レル自信、アルカ?」
「はい」
アロ殿はこの言葉にも迷いなくそう答えた。
「……ワカッタ。コレハ森ニトッテ必要ナ戦イダガ……無謀ナ賭ケニハ、変ワリナイ。オレ、義理ハ大事ニスル。オマエ達、命ヲ張ル。セメテ吊リ合ウヨウ……オレ達、オマエガ向カッタ時点デ、部族、守ッテヤル。成否ニ関ワラズ、ニンゲンノ護衛、引キ受ケテヤル」
「ありがとうございます」
アロ殿は朱厭殿へと頭を下げる。
朱厭殿の提案はありがたいものではあった。
ただ、その提案の裏には、『無駄死にになる可能性が高い』という意味合いが込められていた。
「……相談せずに、勝手に決めてしまってごめんなさい、トレントさん」
『いえ、いいのです。確かに驚きましたが……アロ殿の立場であれば、そうするしかないとも納得できます』
「トレントさんは、朱厭さん達と一緒に、リトヴェアル族を守って。畏れ神様と姿の似ているトレントさんは、リトヴェアル族にも受け入れられやすいと思う。それに……朱厭さん達に、約束を守ってもらわないといけないから」
アロ殿はそう言って、朱厭殿の顔へとちらりと視線を向けた。
朱厭殿が鼻で笑う。
「オレ、ダシニスルナ、女。畏レ神、オレ以上ニ義ニ厚イ。契約ヲ破レバ、我々ノ協力ハ崩レ、森ハ纏マリヲ失ウ」
『水臭いですぞ、アロ殿。ここまで来たのです、お供させていただきますとも』
私は翼を組み、胸を張った。
『長い戦いになりますぞ。燃費が悪く、防御力に欠けるアロ殿だけでは不十分でしょう』
「トレントさん……ごめんなさい。私の意地に、最後まで巻き込んでしまって」
アロ殿が頭を下げた。
『謝るのではなく、感謝してもらいたいですな。協力するのですから。それに私……死ぬつもりなど毛頭ありませんぞ。主殿が戻ってくるまで逃げ切るか、適当に撒いて隠れてしまえばよいのでしょう。案外、デカいだけのぼんくらかもしれませんぞ。そのまま倒してしまうという手もありますな』
私はそう言いながら、翼で宙をシュッシュッと打った。
『神の声とやらが、主殿以外を全く見ていないのはわかっておりますぞ。ミーア殿も、主殿に切り捨てた方がいいと口になされていた。でも……そんなの、悔しいではないですか。意地で結構でありませんか。大切なものを守るため、理不尽に抗おうとすることの何がいけないというのか。この世界に生きる者の意地という奴を、見せてやろうではありませんか』
そのとき、ずっと思い悩んだ表情をしていたアロ殿が、相好を崩してくすりと笑った。
「ありがとう……トレントさん」
アロ殿が私を抱き上げた。
目には微かに涙が浮かんでいた。
敵が魔物の軍勢を纏っているのならば、手数は多い方がいい。
アロ殿はMPが高いらしいが、HPと共有しているような状態となっている。
メインスキルの〖暗闇万華鏡〗が手数を三倍にする性質上、MPの消耗もそれ以上に激しくなる。
短期決戦型のアロ殿で、魔獣王相手に時間を稼げるとは思えなかった。
それに、魔獣王は多少の攻撃を受けてもまるで反応しないのだという。
さすがにアロ殿の火力を前に無傷とは考えにくいが、アロ殿は分身からの連打でダメージを稼いでいる面もある。
もし魔獣王にダメージが通らなければ、その時点でこの計画は台無しになってしまう。
私ならば、対象の防御力を落とす魔法である〖ガードロスト〗や、防御力の高い相手にも攻撃を通しやすいスキル〖鎧通し〗を有している。
本気で魔獣王相手に時間を稼ごうというのであれば、この計画に私は欠かせないはずだ。
無謀な戦いであることなど、百も承知である。
私が加わっても、2%の勝算が3%になるようなものなのかもしれない。
私はアロ殿が無謀な真似をしたとき、嫌われてでも身体を張って止めるのが役目であるはずだと思っていた。
そういった意味では、今こそ、出鱈目なことを言って朱厭殿を怒らせ、協力関係を台無しにするべき場面だったのかもしれない。
だが、アロ殿は今、自身の命を賭して、それよりも大切なものを守ろうとしているのだ。
彼女の顔を見ていて……止めるよりも、少しでも手助けをしたいと、私自身がそう考えてしまった。
それに、二体いれば、最悪の場面でも片方が囮になれば、もう片方は助かるかもしれない。
私には〖デコイ〗という魔法スキルがある。
周囲の注意を対象に引き付けるといった地味な効果で、これまでまともに役に立ったことはあまりない。
スキルを獲得したときも、また私だけこんな役に立たないスキルなのかと、内心そう考えていた。
でも、もしそれでアロ殿を守れるのならば、こんなに素晴らしいスキルはない。
歴代最強の魔獣王相手に敵うとは思えなかったが、それでも周囲の四つ目獣相手には効果があるはずだ。
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王国の最終兵器……〈幻龍騎士〉の一角であるアインは、ただの平民として血統主義蔓延る騎士学院へと入学することになる。
「王国最終兵器」のコミカライズが「マンガUP!」にてスタートしました!(2022/4/17)
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