第19話

 俺は一気にスピードを落とし、振り返りながら急停止する。

 地を蹴って軽く跳ね、宙で手足を伸ばす。

 地に足を着けるも、反動で数メートルほど足の裏を擦った。


 ゆっくり止まりたかったのだが、そんな余裕はない。

 すぐさま奴をブッ飛ばすべく体勢を整えねばならない。


 こちらに突進して来る真紅の大蜘蛛、タラン・ルージュ。

 下品にデロデロと舌を垂らしている。


 アイツの所持スキルを確認し直し、どう動くか考えるとしよう。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

通常スキル:

〖噛み付き:Lv3〗〖蜘蛛の糸:Lv4〗

〖麻痺舌:Lv2〗〖毒毒:Lv2〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 〖噛み付き〗のスキルLvが結構高いな。

 あの高攻撃力から放たれるLv3スキルをくらったら、俺の今のHPだと一発KOされかねない。

 スキルLvが高いってことはよく使ってる技のはずだし……でも、ま、一番射程が短いことを考えれば、その点だけでいえば俺にとっても好都合。


 初撃は麻痺攻撃で仕掛けてくるか?

 いや、向こうは俺が〖毒耐性〗を持っていることなど知らない。

 アイツにとっては糸が燃やされるのは経験済みなわけだし、〖毒毒〗とやらのスキルで来るかもしれない。


 〖毒毒〗という名前からどういった技なのか想像し辛いのが難点だ。

 爪や牙によるものなら俺も〖毒牙〗や〖麻痺毒爪〗を持っているし、身体の部位の名称がくっ付いていないということは何かしらの方法で毒液を俺にぶつけてくる中距離技かもしれない。

 だったら〖毒毒〗から入ってきてもおかしくない。


 〖神の声:Lv3〗は自分の所持スキルの詳細しか教えてくんないからな。

 もうちっと積極的にコミュニケーションをとってLvを高めるべきだろうか。

 でもなんか、不気味なんだよなぁ……。

 頼るときは頼っちゃってるし、俺の現状自体コイツに弄ばれてるような気がするし、今更って感じもするんだけどさ。


 まぁ、何で来られようとこっち的には一番リーチのある〖ベビーブレス〗で応じる他ないんだよな。

 このステ差ならブレス技を決めた後、物理で連撃を決めれば一気に倒せる。

 〖病魔の息〗もあるがまだ試していないし、それに下手に使うと変な称号が付きそうだしで、今ここで使うつもりはない。

 やはり今は〖ベビーブレス〗一択だ。


 すうっと息を吸い、腹に空気を溜めこむ。

 一直線に走ってくるタラン・ルージュを見据え、俺は脳内でシミュレーションする。


 丁度俺の前に落ちている小石、あそこまでアイツが来たら〖ベビーブレス〗を全力で吐き散らす。

 そして被ダメを覚悟の上で熱風を突っ切り、口を閉じさせるように顎にアッパー。

 その後、額に〖ドラゴンパンチ〗をかます。

 これでも死ななかったら近接スキルを手当たり次第連打する。

 ちまちまやってたら回復される。一気に決める。



 タラン・ルージュが、舌を伸ばしたまま大口を開ける。

 その様子を見て、なんとなく嫌な予感がした。

 〖噛み付き〗なら大口を開けるのはわかるが、舌を伸ばしたまま噛み付けるはずがない。

 コイツ、何をするつもりだ?


 まだタラン・ルージュの身体は小石の位置にまで達していないが、〖ベビーブレス〗を早めに撃ってしまおう。

 そう思った次の瞬間、紫の煙が視界を覆った。


 喉に煙が入り込んでくる。


「ゴボッ!」


 〖毒毒〗の正体は毒煙だった。拡散性が高く、〖ベビーブレス〗よりも範囲が広い。

 ヤバイ、ブレスが出せない。


 咄嗟に後ろに退くと、煙を突き抜けてタラン・ルージュが突っ込んできた。

 俺がいた位置に、大きく〖噛み付き〗攻撃を空振らせる。

 思いっ切り頭部を蹴飛ばし、その反動で俺は後ろに跳ぶ。翼を広げて少し距離を稼いだ。



 再び仕切り直しだ。

 タラン・ルージュも間合いを保ったまま、俺を睨む。

 すぐ動かなかった辺り、結構蹴っ飛ばされたのが堪えているらしい。


 ダメージは痛み分けといったところだ。

 モロに吸い込んだが、耐性のお蔭で状態異常はない。ただ、喉の奥が荒れている感覚がある。

 俺の身体もまともに〖毒毒〗を受けた部分は薄らながら爛れている。


 これ、次にブレス撃てるかな。やれたとして、大分威力が落ちそうだ。

 相手を怯ませられるかどうか、それが問題だ。


 真正面からかち合えばブレスの範囲差で後れを取る。

 それだけで勝敗を決するとはいわないが、分の悪い賭けになることには違いない。

 かといって、こっちの動きで相手を翻弄しながら攻撃に出るというのも厳しい。

 ステータス上では、素早さが劣っているのは俺の方だ。あまり大きな差ではないが。


 でも〖転がる〗を使ってスピードを引き上げ、相手の身体を横からぶち抜いてやれば……いや、それも厳しいか。

 あんな愚直な攻撃方法では、〖噛み付く〗でカウンターをもらうのが容易に想像できる。

 移動手段としてならともかく、〖転がる〗は基本的に雑魚専と考えていい。

 卵時分にダークワームを倒したときは、相手の形状上、側部に回り込みやすいという強みがあったが。



 〖ベビーブレス〗はリーチで負ける、〖転がる〗でのタックルも通りそうにない。

 他の近接技を打ち込もうにも〖毒毒〗をもらうことになる。


 俺に残された生存パターンは〖毒毒〗をもらいながら不利な状態から接近戦で打ち勝つか、〖転がる〗で逃げ切るか、〖病魔の息吹〗をぶつけて状態異常を付加してからひたすら逃げるか。

 ただ最後に関しては〖病魔の息吹〗自体使ったことがないので、どうなるかまったくわからないが。

 射程範囲も、相手にどういった状態異常をもたらしてくれるのかも把握できていない。


 何か、何か他に手はねぇのか。

 確実性が高く、この大蜘蛛をブッ飛ばせる方法は。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る