第160話

 アドフ、今確かにイルシアって言ったよな?

 まさか俺のステータスを見れるのか?


 俺以外にも、ステータスの確認が行える奴はいた。

 森にいた、あの妙なスライムだ。

 あいつはスキルがどうのこうのとあれこれ喋っていた。

 きっとステータスが見えていたはずだ。


 ああいうのもいたんだから、ここにも他にもステータスを見れる奴がいてもおかしくはない。

 でもアドフは、それらしいスキルは持っていなかったはずだ。


 つーかそもそも、今の流れで俺の名前呼ぶの、なんかおかしくなかったか?

 普通さっきのアドフの言葉は、隠れてるもう一人の仲間に呼びかけるようなものであるはずで……。


 そこまで考えてからアドフの視線の先、俺の背後へと目を向ける。

 誰もいない。

 アドフの目線から少し逸れた海の浅瀬にニーナがいるだけだ。

 ニーナは病魔のせいで立つのがしんどかったのかその場にしゃがみ、息を荒くしていた。

 心配そうに俺の方を見ている。


 試しに〖気配感知〗で探ってみる。

 微弱ながら、上空に魔力のようなものを感じる。

 何か、いるのか?

 俺は目線を上げ、宙を睨む。


「聞こえていないのか? 一旦、停戦だ」


 アドフがそう言ったのと同時に、俺が目を向けていた部分の空間が揺らぎ、一人の男が現れた。

 男は翼の生えた真っ白の馬に跨っており、手には剣を握っていた。


「駄目じゃないですかアドフさん。せっかく引き付けてくれてたのに、なんでわざわざバラシちゃうかな。なんとかなりそうだったから、アドフさんだけの手柄にしてあげようと思って引っ込んであげてたのに」


 どうやらアドフが正面からぶつかって俺の気を引き、反対側からこの男が隙を突いて仕留める算段だったらしい。

 姿を消していただけではなく、気配も魔力もほとんど感じなかった。

 特別なスキルを持っているのだろう。


 男は白に近い薄い金髪で、髪型はポニーテールだった。

 睫毛が長く、ちょっと鼻につく優男といった印象だった。

 アドフに比べればさして大柄でもない。

 むしろ中肉中背といったふうで、特別強そうには見えなかった。

 アドフから感じた貫禄のようなものを、一切感じない。

 しかし、ただ何となく、嫌な感じのする男だった。


「う~ん、まぁでも、このくらいのLvだったら別に安全策練らなくても大丈夫だったかな。ちょっと気になるところはあるけど。なんだ、厄病竜ってこんなものか」


 男は目を細めてにこやかな笑顔を浮かべていたが、瞼の奥から冷たい殺気を放っていた。

 男の剣を持つ手に、わずかながらに力が込もる。


 あ、駄目だ、コイツ。

 戦う気満々じゃねぇーか。

 多分、話通じねぇっつうか、話す気がない系の奴だ。

 完全に俺を見る目が獲物を見る目だ。


 こっちもアドフクラスだとしたら、大人しくさせるのに結構骨が折れそうだ。

 翼生えた馬にまで乗ってやがるし、かなり厄介だ。


「お、おいイルシア! 剣を降ろせ! 信頼できないのなら、距離を取ってここは俺に任せてくれれば……」


 アドフの声を無視し、男が剣を振り上げる。

 俺は両の手を上げ、上空からの攻撃に備える。


 男の目の動きを追ってどういった攻撃を仕掛けてくるかを探ろうとすると、至近距離で目が合った。


「あの、さ。魔物如きが、なんで僕と同じ名前なの? 普通に気分悪いんだけど」


 男はそう言ってから、持ち上げた剣を縦にまっすぐ振り下ろしてくる。

 口にしていた内容は気になるものだったが、しかしその意味を考えている余裕は今ない。


 単純な攻撃だが、速い。

 魔力を纏わせているのか、剣がわずかに光っている。


 俺は右の腕で受け止めて男の体勢を崩し、左の腕で反撃することを決める。


 とにかく、この翼馬から叩き落とすのが先だ。

 馬を失くして分が悪いと思えば、コイツも折れてくれるかもしれねぇ。


 腕を構えた瞬間、剣に当たるよりも先に体表に強烈な熱を感じた。

 見かけ以上に威力を持ってやがる。

 こんなの素手で防いだら腕がイカレちまう。

 俺は予定を変更し、地を蹴って男から距離を取ろうとした。


「〖天落とし〗!」


 男が剣を振り切ると、剣を覆っていた光が伸びた。

 伸びた光が、俺の左肩へと向かってくる。

 速い。初見で避けられるようなものではない。


 俺は左翼で肩を覆い、防御する。


「グゥォォオッ!」


 翼が光に触れると、一気に全身へ強烈な熱が走った。

 そのまま衝撃に右へと吹き飛ばされ、視界が上下逆さまになり、地に肩から叩き付けられることとなった。


 砂を散らしながら地の上を転がる。

 二十メートル近く飛ばされたところで、地面との摩擦で身体が止まった。

 肩が痛い。

 地面に擦られた部分も鱗が剥がれ落ちて血が流れているが、それ以上に妙な光にぶっ叩かれた左肩が痛い。


 痛みに声を上げようとしたとき、耳を劈くような破壊音が聞こえてきた。

 不明瞭になりかけていた俺の意識が、その轟音によって一気に引き戻される。


 危ねぇ、気を失いかけていた。

 なんだ今のは、何をされたんだ。


 俺は砂地の上に這いつくばりながら、さっき爆音が聞こえてきた方へと目を向ける。

 地面に大きな裂け目ができあがっていた。

 アレが、アレが、俺を地面に叩き付けた一撃なのか。


 上手く弾かれて良かった。

 まともに受けていたら、今よりずっと重傷だっただろう。


「ド、ドラゴンさんっ!」


 ニーナが叫ぶ。

 ニーナはこっちに来ようとしたのか、立ち上がった。

 ただ呪いのせいか、立つことさえギリギリなのが目に見えてわかった。

 すぐにがくんとニーナの膝が震え、そのまま前のめりに海面へと倒れ込んだ。

 ぱしゃんと海水が跳ね、しかしそれでもニーナは呻き声を漏らしながらも立ち上がろうとしていた。

 

 無茶するなよと言ってやりてぇが……こっちも、それどころじゃなさそうだ。

 身体が、上手く動かない。

 HPも今のでかなり持っていかれた。


「おい! 止まれと言っただろうイルシア!」


「嫌ですね。何を寝ぼけたことを言ってるんですか、アドフさん。危ないところをせっかく僕が助けてあげたのに」


 身体が重い。

 頭が、上手く回らない。

 〖レスト〗を使ってみたが、全然回復量が足りねぇ。

 魔力はかなり高いはずだが、やっぱし種族的にも向いていないのだろう。

 もっと練習しなければ、実践で使えるようなものにはなりそうにない。


 なんとか目線を持ち上げ、斬り掛かってきた男を視界に入れる。

 男はへらへらと笑いながらアドフを見ていた。

 もう、俺には注意さえ払ってねぇ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る