第605話

「グゥオオオオオオッ!」


 俺は威嚇するために咆哮を放った。

 周囲の気配が反応したらしく、動きがあるのがわかった。

 周囲の土が盛り上がり、地中より複数の魔物が現れる。


「ゲェェェオ」「ゲェエエエ」


 全長五メートル程度の巨大ガエルだった。


 巨大ガエルの身体は赤紫や橙の腫瘍に塗れており、そのせいで身体が膨張しており丸っこい。

 身体の表面からはジュウと肉の焦げるような音がして、黒い煙を上げている。

 とにかくそれは、不気味な姿をしていた。


「ゲェェェオ、ゲェエエエ」


 巨大ガエルがしゃがれた声で鳴く。


【〖疫病蝦蟇〗:B+ランクモンスター】

【巨大蝦蟇。】

【大量の病魔や呪いを身体に飼っており、膨張した身体はそれらによる腫瘍のためである。】

【〖疫病蝦蟇〗の歩いた地は、千年草木が生えないとされている。】


 ……トレントの天敵って感じだな。

 A級下位ではなく、B級上位を引き当てられたか。

 今の進化したてのトレントでもそこまで厳しくはないはずだ。


『主殿! 早速私の本領をお見せいたしましょう!』


『ま、待て! こんなところでフルサイズになったら、囲まれてボコボコにされるだけだぞ!』


『む……それはそうですな』


 トレントが俺の背でしょんぼりとする。


 俺は気が付いてしまった。

 ……機動力のない大型の魔物って、どう考えても的にされるだけなのでは?

 この先、新トレントが本領を発揮できる日は来るのだろうか?


「〖ダークスフィア〗!」


 アロが黒い光の球体を飛ばす。

 直撃を受けた疫病蝦蟇の肉が爆散し、辺りに毒々しい色の体液をぶちまけた。

 肉を剥がされた下半身がぽとりとその場に倒れる。


 や、やっぱり、つええ……。

 魔法攻撃特化型だし、格下相手ならそうなるか。

 アロを見るたびに、アロのレベルが上がりやすい理由と、トレントのレベルがなかなか上がらない理由を再認識させられる。


「目的地も近いですし、私も頑張ってレベルを上げますね!」


 アロがぐっとガッツポーズをした。


『私の分、残りますかな……』


 トレントが心配そうにそう零した。


 俺は疫病蝦蟇の周囲を低空飛行して移動することにした。

 こうすれば疫病蝦蟇を振り切りつつ、アロとトレントに一方的に攻撃させることができる。


『〖クレイスフィア〗! 〖クレイスフィア〗!』


 トレントが必死に魔法で土球を撃ち出す。

 その内の一つが疫病蝦蟇に直撃したが、腫瘍の一つが潰れて毒液が飛び出しただけで、本体はケロッとした表情をしていた。

 ぴょんぴょんと、俺達へと跳ねてくる。


『な、なぜ……?』


「まだトレントさんはレベル1だから……」


 アロがそう宥めていたが、理由はそれだけではないだろう。

 ワルプルギスとワールドトレントでは、初期レベルの状態で魔法力に三倍の差が開いていた。

 アロなら初期レベルで魔法攻撃を撃っても、一発で瀕死に追い込めていたはずだ。


『……トレント、他に攻撃に使えそうなスキルはないか?』


 ……〖メテオスタンプ〗を使ってもいいが、相手は所詮B級上位だ。

 あれは一回一回にMPの消耗が激しい上に、時間も掛かる。

 それにトレントが一気に巨大化したせいで〖メテオスタンプ〗も少し撃ち辛くなってしまった。


 あの巨大トレントが空中から落下すれば、どうしても目立ってしまう。

 ユミルが向かってきたら目も当てられねえ。

 それしか手がないならそうするが、できれば使いたくはない。


『ま、任せてくだされ!』


 トレントは口をもごもごさせてから、ぷっと緑に輝く粒を吐き出した。

 疫病蝦蟇の一体に種が突き刺さった。

 その瞬間、疫病蝦蟇の身体が僅かに緑の光を帯び始めた。


 これは、新スキルの〖死神の種〗か!


『これであの蝦蟇は倒したも同然ですぞ! 一瞬で魔力を吸い尽くしてみせます!』


 トレントが得意げに口にする。


【通常スキル〖死神の種〗】

【相手に魔力を吸う種を植え付ける。】

【スキル使用者と対象が近いほど魔力を吸い上げる速度は速くなる。】

【魔力を完全に吸い上げた〖死神の種〗は急成長を始め、対象の身体を破壊する。】


 このスキルなら確かに、いつかは相手を倒せるはずだ。

 俺は試しに疫病蝦蟇のステータスを確認してみた。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:疫病蝦蟇

状態:狂神、〖死神の種〗

Lv :66/85

HP :568/598

MP :375/377

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ……先は長そうだった。

 ト、トレントのレベルがまだ低いからな、仕方ないな。

 あんまり接近できていないし。


『フフフ、見ていてくだされ主殿! もう一つ、他の奴に飛ばしておきますぞ』


『……同じ奴に付けた方がいいんじゃないのか?』


『なぜですか、主殿?』


 トレントが首を傾げる。


 俺のアドバイスで〖死神の種〗を同じ個体に三つつけることにした。

 だが、三つ目を放ったところでトレントは苦し気に俺の上で寝転がった。

 どうやら〖死神の種〗の維持は本体を消耗させるらしい。

 ……なんつうか、やっぱり微妙に使い勝手が悪いんだな。


 俺は蝦蟇の周囲を飛び回りながら、トレントが〖死神の種〗を植え付けた蝦蟇を随時確認していた。

 だが、動きが鈍る様子が一向に見えない。

 俺達を追ってぴょんぴょんと近づいた後、今のペースでは追いつけそうにないと思ったのか、苛立ったように俺達を睨みつけ、疣塗れの首を捩じっていた。


『ぜぇ、ぜぇ……見てくだされ、あの苦悶の様子を! そろそろ、そろそろですぞ!』


 ……本当にそうか?

 トレントの方がずっと苦しそうに見えるが……。


 疫病蝦蟇はじっとして俺達を睨んだ後に、頬を大きく膨らませた。

 毒液を噴射するつもりらしい。

 結構射程があって速いから、一応気をつけておかねぇとな……!


「〖ダークスフィア〗!」


 黒い光の球が飛来し、トレントが〖死神の種〗を植え付けていた蝦蟇へと炸裂した。

 毒液が飛び散り、蝦蟇の肉の断片が散らばった。


 アロはやり切ったという顔で、額を腕で拭っていた。

 トレントが呆然とアロを見つめている。


『ア、アア、アロ殿……?』


「竜神さま! 今あそこに、私達を狙っているカエルがいたので、優先して倒しておきました!」


『そ、そうか……うん、ありがとうな……』


 トレントは俺の背でぐったりと倒れた。

 もしや〖死神の種〗にダメージがフィードバックするような効果があったのではと不安になったが、どうやら単に精神的なダメージが大きかったようだ。


「トレントさん、大丈夫!?」


 アロが必死にトレントを揺さぶっている。

 

『……とりあえず、地道にダメージを与えて、分割経験値を稼ごう。レベル50くらいまでなら、そう苦労せずに上げられるはずだからよ。そこまで上げたら、攻撃も通りやすくなるはずだ』


『はい……主殿……』


 トレントは仰向きになって腹部を晒した姿勢のまま、そう言った。

 げ、元気出してくれ……せっかく進化したところなんだしよ。

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