第116話

 MPが空になってから俺が目を覚ましたとき、すでに辺りは真っ暗だった。

 玉兎は俺とニーナを守ろうとしてくれていたようで、昨日ならとっくに眠っていた時間だろうにも関わらず地に潜らず、耳をピンと伸ばしたまま辺りをキョロキョロと見渡していた。


 俺が起き上がったのを見た玉兎はほっと息を漏らし、「ぷへっ」とひとこと鳴くと穴を掘って地の中に戻っていった。

 どこか得意気な声で微笑ましかったが、それ以上に声に力がないのが気掛かりだった。


 眠い中、必死に俺とニーナのために見回りをしていてくれたのだ。

 普段の俺ならヤバイ魔物が来たらすぐ飛び起きる自信があるが、MP空でふらふらだったせいか、ぐっすり熟睡しちまってたからな。


 玉兎って飯のことしか頭にないんじゃね、とか考えていたのがちょっと恥ずかしくなった。

 今度また、美味しいものを取ってきてやろう。

 〖竜鱗粉〗のことがあっから、いつまで一緒にいれるかわかんねぇんだけどな……。


 充分寝ていたせいか、目は冴えていた。

 このまま起きて見張っておくことにしよう。


 座ってじっとしていると、ニーナの苦し気な呻き声が聞こえてきた。

 起きたわけではなさそうだった。


 ちょっと観察してから、水分不足が原因ではないかと考え、俺はサボテンの残骸を漁る。

 ほとんど実を喰い尽くされた上で日光に晒されで干乾びていたが、奇跡的に重なっていて日光に晒されなかった残骸の中で、かつ水気のあるサボテンの中身が残っているものがあった。


 俺はそのサボテンの皮をニーナの顔の近くまで持って行って絞り、眠っている彼女の口許に水を垂らす。

 あんまし量を流し込んだら苦しいだろうから、ちょっとずつ、ちょっとずつ。

 ニーナの呻き声は止んだが、水をちゃんと飲めているのかどうかも怪しい。


 砂の上に寝かすのもなんだと思い、サボテンの皮を寄せ集めてニーナの下に敷いておいた。

 ちっとベタつくが、砂の上よりはいいだろう。……多分。



 やがて朝が来て、地の中から玉兎が這い出てくる。

 頭をぶんぶんと振るい、砂を振るい落とす。


 玉兎が起きても、ニーナは起きなかった。

 息はしているが、あまり体調はよくなさそうだ。

 栄養不足と日差しのせいか、体力の減少が激しいのだろう。

 元よりあんましきっちりしたもん喰えてる感じでもなかったからな。

 このカラカラに乾いた空気も、弱っているニーナにはあまりいいものではないはずだ。


 今のニーナには栄養と水分が必要だ。

 ここには俺と玉兎の喰い散らかしたサボテンの残骸しかない。

 サボテンの皮も、ほとんど干乾びていてまともに水分を摂取できそうなものは残っていない。

 こうなるってわかってりゃ、もうちょっと残してたのによ。


 とりあえずニーナが起きるまでに、なんか喰えそうなもんでも探してみるか。

 ニーナは腹空かせてるだろうし、それに餌付けっていうと感じが悪いけど、俺が信頼を得るにはそれが一番だろうしな。

 玉兎とかサボテンやったらすぐ懐いてきたし。それはアイツが特別チョロいからか。


 俺の探索間は、玉兎にニーナの番をしておいてもらおうか。

 今の玉兎ならF、Eランクモンスター程度ならば追い返すくらいのことはできるはずだ。

 ただD以上の相手は対処不可能だろうし、デカいモンスターが近付いていくのが見えたらすぐ引き返せるよう、注意は向けておこう。


 そうなると、あんまし離れるのは無理だな……。

 更地だから遠くまで見渡せはするけど、それにも限度があるし。


 俺は眠っているニーナを玉兎に預け、俺は砂漠を走る。


 ニーナと玉兎を置いて行くのは不安もあったが、玉兎だって小っちゃい虫系モンスターくらいならば追い払えるはずだ。

 ただ、デカイモンスターが接近したら気付ける範囲内にいねぇといけないが。


 近くになんか喰えるもんあったらいいんだけど、そう都合よくあっかな……。

 ラクダのコブなら水分も取れんのかな? あれは脂肪と水のはずだが。


 今急ぐべきは水か。

 早くもっていかねぇと、水分不足でニーナが死んじまう。

 玉兎のレストで多少の延命は効くだろうが、それもあまりいいことではないだろう。


 海水は塩分が濃いから飲めたもんじゃねぇ。

 海水から飲める水を作る方法もあるっちゃある。

 前世の記憶か、頭の片隅に残っている。

 海水を蒸発させ、湯気を冷やして入れ物に集めりゃいい。

 沸点の違いを利用して混合物から目的の成分を抽出する、蒸留っつう作業だ。


 だが、それはここでは現実的ではねぇ。

 蒸発させることなら俺のスキルでもできるが、肝心の湯気を冷やす手段がねぇ。

 地の深くに埋めて冷やした動物の毛皮でもなんとかなるかもしれねぇが、ニーナは人間だ。

 そこまでこっちの世界の国や町が衛生的だとは思えねぇし、そりゃ日本人よりは強いだろうが、モンスターである俺や玉兎とは違い、抗体の数も少ねぇはずだ。

 獣の毛皮を伝わせたような水は飲ませられねぇ。


 とにかくラクダか、サボテンだ。

 このどちらかなら水分も栄養も補給できる。

 そう考えながら砂漠を駆け回っていたのだが、なかなか見つからねぇ。

 サボテン、移動中に結構見たような気がするんだけどな。


 ニーナが弱っているのは、大ムカデから逃げるために彼女を口の中に入れて転がったせいもあるだろう。

 背に乗せて気をつけて動いたとしても、どうしても揺れる。

 慎重に動いても、気を失っている彼女を落としてしまう可能性もある。


 下手に連れ回すよりはちゃっとちゃっと狩りをして戻って、本人の体調がまともになってから背に乗せた方がいいと思ったのだが、いざ置いて行くとそれはそれで不安だ。


 翼でニーナを上手く固定して、背に乗せて連れてきた方が良かっただろうか?

 その状態でモンスターと戦うのは厳しいが、サボテンにターゲットを絞ればなんとかなりそうな気もする。

 でも無理に連れ回すと、本人の消耗も激しそうだからなぁ。

 結構上下に揺れるだろうし、竜鱗粉のこともあるし……。


 なぁーんか、玉兎に任せとくの不安っつうか……やっぱ目を離すのが不安っつうか……。

 虫型でも強くて速くて隠密性に長けた奴がいたって全然不思議じゃねぇし。

 玉兎の奴、ニーナ食べたりしないよな? 大丈夫だよな?


 チラチラ背後を振り返りつつ走る。

 そのうち、玉兎がほとんど点サイズまで小さく見えるようになった。

 草も木もねぇから距離が開いても姿を確認できるのが幸いなんだが、危機に駆けつけられなくなっても意味がねぇからな。


 距離はこの辺が限界か……と思いながら振り返ると、玉兎が俺に向け、耳でしっしと砂を払っていた。

 何度も振り返りつつ進む俺をじれったく思ったのかもしれない。

 確かに、ニーナの体調を考えたら、さっさと水分と食糧を見つけねぇとな。

 もしかしたら、もしかしたらを考えているネチネチと考えている猶予はねぇ。


 うし、ダッシュで行って、ダッシュで戻るか。

 ニーナを守ってやってくれよ、頼んだぞ、玉兎。


 俺は〖転がる〗を使い、一気に玉兎とニーナから離れる。

 後ろが気になるが、とにかく今は水と食糧だ。サボテンかラクダだ。


 来い、サボテンかラクダ。サボテンかラクダ。

 ムカデは来るなよ、マジで。もうしばらくアレとは顔合わせたくねぇ。


 しばらく走っていると、緑色の塊が見えてきた。

 この砂漠の植物は、あのサボテンだけのはずだ。来た、サボテン来たぞ。

 割かし早めに見つかって良かった。

 さっさと採ってさっさと戻ろう。


 素早く戻ることを考えたらあんまし量は抱えらんねぇけど、ニーナと玉兎の分くらいならちょっとで……玉兎の分はちょっとじゃ済まねぇか。

 ま、まぁ、玉兎は大丈夫だろ。普段あれだけ喰ってんだから、腹の中に蓄えがあるんだろうきっと。


 アイツも〖砂漠のアイドル〗ならちっとはダイエットすべき。

 喰っても喰っても体型変わんねぇけど。


 俺は緑の塊目掛け、一直線に転がり続ける。 

 最初は遠近感覚が狂っているのかと思った。

 転がってるから周囲の把握能力が下がるし、大分慣れてはきたつもりだったけど、まぁそんなこともあるかなって。

 遠くまで見渡せるし、傍に比較対象がないから感覚が狂うんだろうって、そう思った。


 ある程度近づいてから、ようやくそれが4メートル近いサボテンであることがわかった。

 巨大なサボテンが、例によってぶっくり肥えた芋虫が如く地に横たわっていた。

 俺より一回り小さい程度だ。

 今までせいぜい、2メートルあったらデカイ方だったっつうのに。記録更新がインフレ過ぎるだろ。


 こんなデッケェの見つけても帰りも〖転がる〗使いたいし、持って戻れる分はごく一部になるんだけどな。

 つってもまたニーナと玉兎を連れてここにくればいいわけで、宝の山過ぎる。

 サボテン様様だな。


 更に近づき、俺がスピードを落とし始めたとき、サボテンの塊がガサリと不自然に揺れ、むくりと起き上がった。

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