第663話
速度に欠けるが、大規模攻撃に長けたピュートーン。
攻撃方面の能力に欠けるが、回復能力に長けたヌン。
三つ首のドラゴンであり、魔法と毒に長けたアジ・ダハーカ。
詳細不詳だが、恐らく近接戦に長けたアポカリプス。
凶悪なスキルを有するが、低ランクでありステータスも劣るであろうクロノス……。
どれも綺麗に一長一短といったところだ。
長所だけピックアップするならば、上から順に範囲攻撃、回復能力、搦め手、近接戦、特殊なスキルといったところか。
難しいところだ。
できるものなら全部欲しいというのが本音だ。
逆に短所を並べれば、鈍足、火力不足、別人格、新スキル望み薄、低ステータスといったところか。
アジ・ダハーカは別人格に加え、搦め手特化型なので他のステータスが若干低いのではないかということが危惧される。
あくまで想像の範囲を出ないが。
『ううむ……主殿、そこは悩みどころですな……』
俺はアロ、トレントにも相談することにした。
塔の前で、円状に並んで顔を突き合わせる。
知恵は多い方がいいということで、試しにアロにはMPを俺からドレインしてちょっとだけ回復してもらい、〖暗闇万華鏡〗を使って三人になってもらっていた。
『悩んでいても仕方ありませんぞ。ここは潔く、バシッと決めてしまいましょう。どうせあれこれ考えても、不確定要素の方が遥かに大きいのでしょう?』
トレントの言うことも一理あるが、それでも簡単に決められる気はしない。
結果的に的外れであったとしても、ある程度は理詰めで考えた末に決めておきたい。
何せ、俺の命運を大きく分けることになる選択肢だ。
『ピュートーンはどうですかな? 土関係ですし、何となく私が親近感を持てますぞ! 足の遅い魔物であれば、恐らく体力や防御力は高いと思うのですがどうですかな? 何か予想外のことがあったときに、不意打ちで殺されないというのは重要な利点だと思うのですが……!』
『……すまねぇ、言ってることはわかるんだが、正直一番無しかなと思ってる』
『そうですか……』
トレントががっくりと項垂れる。
……悪いな、トレント。
範囲攻撃は利点としては優先順位が低いし、足が遅いのはマイナスが大きすぎる。
俺がトレントを担いで飛び回ることでトレントの鈍足の欠点は補えているが、俺自身が遅くなってしまうとそれを補ってくれる奴はいない。
『ただ、ある程度頑丈なドラゴンに進化したいってのはあるな』
ピュートーンは頑丈な可能性が高い。
確かに俺はそのことを見逃していた。
充分考慮の材料になるが、ただ、やっぱり足が遅いのはネックだ。
対応力に欠ける。
頑丈だったとしても、足が遅くて被弾しやすい代わりみたいなもんだ。
そういう盾役的な役割を熟すには、トレントくらい特化していねぇと上手くはいかないだろう。
神の声の攻撃を受け切れるとも思えねぇし、俺がメインの攻撃役にならねぇと、まともに奴のHPを削れるとも思えねぇ。
『だが、トレントの言う通り、神の声がどんな手を使ってくるかわからねぇんだ。初見殺しみたいなスキルを受ける可能性もある。ある程度は防御面に期待できる奴じゃねぇとな……』
恐らく神の声を、ただ攻撃スキルの連打で倒し切れるような事態には絶対にならないだろう。
相手を観察して実態を把握した上で、相手の隙を作って叩く必要がある。
そのためには、相手を観察している間に殺されないことが重要だ。
そういう意味では、回復能力の高いヌンの優先順位は高い。
肝心な攻撃能力に欠けているのがネックだが。
「竜神さま、私達の意見は同じです」
「魔力をいただいておいて申し訳ないのですが」
「ただ、その分、いろいろな方面から考えられていると思います」
アロ達は何やら自信ありげな様子であった。
『ほう、教えてくれ』
俺の言葉にアロ達が頷き、声を揃えて同じ言葉を口にした。
「クロノスのスキルを回収するべきです」
「アポカリプスが無難だと」
「アジ・ダハーカにしましょう!」
……全く揃っていなかった。
声に出した後、三人が同時に互いを睨む。
「全然私の考え方と違うのに、二人共どうしてそんなに自信ありげだったの!?」
「本気で思っていたの!? クロノスは絶対にあり得ない!」
「気が変わりました! アジ・ダハーカにしましょう!」
トレントが手代わりの翼で顔を覆い、深く溜め息を吐いた。
全く纏まってねぇ……。
逆によくそんなに分散できたものだ。
〖暗闇万華鏡〗、いったいどういう仕組みになってやがるんだ。
『た、確かに、色んな方面から考えられそうですな……』
トレントがせいいっぱいのフォロ―を入れる。
三人のアロがトレントを一斉に睨みつけ、トレントが身を縮めて一歩退いた。
……こういうときは息ぴったりなんだな。
『別に意見がばらついてるのは悪いことじゃねぇからさ。一人ずつ、どういう理由でそういう考えになったのか、説明してもらっていいか?』
「え、えっと、正攻法で勝てる見込みが薄い相手ですから、変わったスキルを得られるクロノスは外せないと思います。ステータス外の要素に頼れる余地をなるべく残した方が……。力技ではなくて、工夫で戦っていかなければいけない相手なのは間違いありませんし」
なるほど……確かに、言っている通りに思える。
論理立ててきっちりと話してくれた。
クロノスの時間操作や防御貫通は、神の声がどんな能力を有していても勝算を残してくれる見込みがある。
ステータス不足は怖いが、それを補える価値がある可能性は確かに高い。
「何を言ってるの? スキルなんて、結局ステータス不足を補う役割が強いんです。竜神さま、強力なスキルは、別に派手な技じゃなくて、速さや威力の不足を行ってくれるようなものばかりのはずです! 応用の効かないスキルは、対処さえ覚えればそれだけです」
アロが早口でまくし立ててくる。
アロ三姉妹の意見は最初のアロの意見でほとんど決まりかと思っていたため、ここにきて凄い熱量で意表を突かれた。
『お、おう……そ、そうかもしれねぇな』
確かにそれはそうだ。
ミーアの〖エクリプス〗も、派手で強いようで、屋外であればそこまで対処は難しくない。
あの光線は速いが、前動作が大きいためその間に距離を取ることは難しくない。
強制的に仕切り直すことはできるが、自身がMPで圧倒的に優位でなければその作戦も効果的ではない。
限定的と言えば限定的なスキルだ。
それより一時的とはいえ速度を底上げするような、〖神速の一閃〗の方が脅威だったという考え方はできなくもない。
「最初からステータスがあれば別にいらないんです。攻撃手段や回復手段は確保するべきですが、それはもう竜神さまは持っているはずです。なので、高ステータスの可能性が高いアポカリプスにするべきです。クロノスは絶対にあり得ません!」
断言されてしまった。
最初のアロがムッとした表情を浮かべている。
「竜神さまに、ずけずけと言い過ぎ! それにスキルについても一概には言えない! どんなスキルがあるのかもわからないのに!」
「大事な場面だからはっきり言うのは当たり前。どんなスキルがあるのかもわからないから言っている。ステータスが低くて、スキルも限定的で使いにくいものばかりだったら? ほら、どんなスキルかわからないなんて、どっち側でも言える意味のない話。感情的にならないで」
「ごめんなさい竜神さま! この子、すぐに黙らせます!」
クロノス派のアロが、アポカリプス派のアロへと掴み掛かる。
アポカリプス派のアロは、自身へと伸びる腕をひらりと躱し、神経質そうに眉間に皴を寄せた。
「私、間違ったこと言ってない! 第一、竜神さま、別にオネイロスのスキル自体、単純なのしか使ってない。クロノスで変わったスキルを手に入れたって、結局まともに使い熟せるのか怪しいもの……」
「りゅっ、竜神さま、違います! 私、こんなこと考えてませんから! ニ、ニセモノ! 今すぐ消してやる!」
「ちょっと、やめて! 髪の毛掴まないで! 私は正しいことを言っているだけなのに、なんでそんなことするの!」
二人が素手で掴み合う。
その内に縺れて転び、地面で揉み合いを始めた。
『お、おい二人共、落ち着いてくれ! 言いたいことはわかった! そ、それに、俺があんまりオネイロスのスキルを使ってなかったのも心当たりはある。な? 確かに、考慮に入れるべき点だと思う』
アポカリプス派のアロが、ほれ見たことかと口をへの字に曲げ、クロノス派のアロを睨み付ける。
クロノス派のアロは気まずげに視線を逸らした後、俺の方を向いた。
「わ、私はただ、この子があんまりにも竜神さまを蔑ろにした言い方をするから、それが気に掛かって注意しただけです! なのに、竜神さまは私じゃなくて、この子の肩を持つんですか!」
クロノス派のアロが、アポカリプス派のアロを指で示す。
『落ち着け、アロ、どっちもお前だ。……それで、だ。アジ・ダハーカを推してる理由を教えてもらっていいか? まだ、聞いてなかったんだが』
この惨状はどうあれ、二人のアロの口にしている内容はどちらも理のあるものだった。
俺はやや回復能力に長けたヌンを強めに見ていたが、しかしクロノスかアポカリプスの方がいいのではないかと思い直し始めていた。
トレントには悪いが、ピュートーンは現状、避けた方がいいドラゴンの筆頭として見ている。
現状、クロノス=アポカリプス>ヌン>>>ピュートーンといったところか。
ぜひアジ・ダハーカ派のアロの話も聞いておきたかった。
『アロ……?』
反応がなかったので、もう一度声を掛ける。
「あ、ごめんなさい、私ですね」
アジ・ダハーカ派のアロは、ようやく気が付いたらしく、俺へと顔を上げた。
二人のアロに意識を向けていたのだろう。
呼ばれて気が付かなかったことを恥じるように、人差し指で自身の頬を掻く。
「えっと……竜神さまの頭が三つになったら、私達も三人だから丁度いいかなあって」
頬を赤く染め、照れ笑いしながらそう口にした。
……全く性能面を考慮した意見ではなかった。
険悪な雰囲気だった他派の二人の顔が一気に蒼白になり、アジ・ダハーカ派のアロを囲んで睨み付ける。
「どっ、どうしたの、二人共……?」
二人のアロが、じりじりとアジ・ダハーカ派のアロへと距離を詰めていく。
「りゅっ、竜神さまの前で、はしたないこと言わないで!」
「真剣な話をしているのに、なんで堂々とそんなことを口にできるの? みんな、元の世界で待ってるのに! ふざけてるの?」
「ごっ、ごめんなさいごめんなさい! 結局何を選んだことがどう作用するかなんて考えられっこないし……私、難しいことわからないし……そ、それなら、間違いなく嬉しいことがあるものを選んでみようかなって……。でも、あの、その、絶対アジ・ダハーカにしてほしいってわけじゃなくて!」
アジ・ダハーカ派のアロはあっという間に他派のアロ二人に捕まった。
「しっかり押さえておいて! もう、その子、戻すから!」
「ちょっと、暴れないで!」
「待って! 待って! 竜神さま、あの、一応考慮に入れてもらえたら……!」
アジ・ダハーカ派のアロは、黒い光の塊となり、クロノス派のアロの中へと吸われていった。
どうやらクロノス派のアロが本体らしい。
『……思考能力を保てる分身は、一つまでなのかもしれませんな』
トレントがぼそっと失礼なことを口にした。
俺は前足の指で、軽くトレントの頭を小突いた。
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