719.サリナの帰郷:初日 ヴィンドの服飾ギルドで持った疑問

「サリナお姉ちゃん、良かったね。イナお姉ちゃんのドレスが似合っていて」


「うん! エリナもありがとう、フラワーコサージュをもらってきてくれて!」


「聖獣たちにお願いしたらくれないかなと考えていってみたんだけど、お願いする前から用意してあったんだよね。聖獣の森に着いたらカーバンクルが走り出てきてあのフラワーコサージュを渡してくれたんだ」


「そうなんだ。ともかくありがとう」


「ううん。サリナお姉ちゃんは午後からどうするの? ボクはニーベちゃんと錬金術師ギルドに行ってくるけど」


「私は……服飾ギルドに行ってみようかな? 門前払いされなかったらいまのギルドの様子を見てみたいの」


「そっか。お姉ちゃんは気をつけてね。先生の『見えない護衛』はいるけれど、ひとりだと危ないから」


「あはは……気をつけます」


「それじゃ、ニーベちゃんを待たせているから」


「エリナも気をつけてね」


 昼食も食べ終わりお姉ちゃんのドレス姿もしっかり確認し終わったあと、私はコンソールからの支援でできたという新規服飾ギルドへと向かおうとしました。


 ですが、その予定をユイ師匠に告げるとユイ師匠も一緒に来ることに。


 なんでも、ユイ師匠の先輩も服飾ギルドの講師として招かれているのでごあいさつがしたいのだとか。


 お爺ちゃんから場所を聞き、麟音様に乗ってヴィンドの街の中を歩きます。


 ……二年前に比べるとかなり明るくなったなあ。


 コンソールからの支援を受けてかなり変わったんだ。


 このまま街全体が明るく活発になってくれると嬉しいけど……どうなんだろう?


「……サリナ、ヴィンドが懐かしくなりましたか」


「いえ、ヴィンドの街も大分明るくなってきたなと感じて」


「それくらい変わっていてもらわないとコンソールが支援に入った意味がありません」


「ですよね。各新規ギルドも変わったのでしょうか?」


「変わっているでしょう。それをこれから確かめに行きます」


「はい。よろしくお願いいたします」


 麟音様が歩くことしばらく、『ヴィンド新規服飾ギルド』の看板を掲げた建物へと到着しました。


 そこは旧服飾ギルドに比べると不便な場所にあったけれど……仕方がないのかな?


 ギルドの前庭で麟音様から降りるとそのままユイ師匠は服飾ギルドの受付へ行きます。


 堂々としているけど……大丈夫?


「いらっしゃいませ。当ギルドになにかご用でしょうか?」


「こちらにきているシュミット服飾講師はロウキ様ですよね? 元シュミット服飾講師ユイが訪ねてきたと取り次ぎをお願いできますか? これがシュミット講師時代の身分証になります」


「これは……少々お待ちください」


 受付の人が奥に消えていったけど……いいのかな?


 それ以前に……。


「ユイ師匠、シュミット講師時代の身分証ってまだ持っていたんですか?」


「資格廃止の証をつけられたバッジひとつです。シャル様は資格停止で収めようとしてくださいましたがコンソールの指導役から離れる際、私はもうシュミット講師に戻るつもりがなかったので資格廃止にしていただきました」


「そうだったんですね。ほかには身分証ってあったんですか?」


「冒険者講師以外の講師陣には各所属を示すローブが与えられています。講師は指導の際、邪魔になることが多いため脱いでいることが多いですが外出時は基本的に身につけることになっていました。防護系のエンチャントと攻撃系エンチャントの施されたローブですから」


「……物騒なローブですね」


「それだけシュミット講師は厳重に保護されていると言うことです。技術の結晶ですから」


 やがて受付の方が戻ってくると、燕尾服をまとった紳士を伴ってきました。


 この方がこの街にいらっしゃっているシュミット講師様でしょうか?


「お久しぶりです、ユイ。いまはコンソールでスヴェイン様と暮らしていると聞きましたが、なぜヴィンドの街に?」


「お久しぶりですロウキ先輩。ヴィンドの街に来たのは私の元弟子の里帰りのためです」


弟子?」


「はい。弟子です。師匠との誓いを破る内容の服を作り、師匠にそれを認めさせた。そんなもの、卒業させないわけにはいかないでしょう?」


「……やれやれ。ユイ、あなたは本当に仕事の鬼だ。もう少し優しくしてあげてもいいでしょうに」


「私を頼って弟子入りしてきたのですから甘えは許しません。先輩方のお願いでも譲れないことはあるのです」


「わかっていますよ。短い付き合いでしたが、あなたは仕事で妥協を許さない頑固な職人であることは。とりあえずバッジはお返しします。今日は何用で?」


「元弟子が二年前までヴィンドの街の下働きをしていました。それで新しいヴィンドの服飾ギルドが気になったようです。その見学のついでに私も先輩へごあいさつにと」


「あなたも義理堅い。それにしても二年前まで服飾ギルドの下働きですか。失礼ですがお嬢さん、『職業』は?」


「はい、『お針子』です」


「……なるほど。『職業優位論』のはびこっていたこの街では、さぞ生きにくかったでしょう」


「はい。ですが、二年前散々醜態を晒してしまいましたがユイ師匠に仮弟子と認められて以降はしっかりとした技術を学ばせていただきました。ユイ師匠には感謝しかありません」


弟子。ユイ、あなたはやはりもう少し優しくするべきですね」


「いいのですよ、その子は私の元にきてからあまりにも醜態を晒し続けたのですから」


「……過ぎたことはよろしいでしょう。ユイはこういう性格です。それよりも、あなたの」


「私の病のことでしたら結構です。私の未熟から気がつかなかったことでもあります。どうかこれ以上の謝罪は」


「その様子ですと行く先々で先輩から謝られているようですね。では、私からの謝罪はよしましょう。代わりにそのお嬢さんを案内してあげるとしましょうか。お嬢さん、お名前は?」


「はい、サリナと申します」


「わかりました。では、サリナさん。こちらへ」


 燕尾服の紳士……ロウキ様に案内されて服飾ギルド内を歩きます。


 そこではたくさんの服飾師や見習いたちが努力して技術を磨いていました。


 私がいた頃のように下働き……古着のほつれとかを直す作業をしている人もいるけど、目の輝きはまったく違って。


 頑張れば上に行けるんだって言う目標がそこに感じ取れました。


 よかった、みんなが希望を持てる環境になっていて。


「ロウキ先輩、各ギルドのギルドマスターは?」


「元より信任の厚くシュミット講師を受け入れた冒険者ギルド以外はシュミット講師が代行しています。残りは約二年あまり。それまでにギルドマスターとサブマスターになれる人材が育てばよいのですが……」


「……難しいですか?」


「どのギルドもある程度の技術者は育っています。ですが、まだです。ギルドをまとめられるほどの人望もなく、技術的にも多少優れている程度、ギルドマスターを任せるにはほど遠い」


「難しいですね」


「せめてあと一年半以内には育っていただかねば。ギルドマスターとしての業務も教えねばいけませんからね」


「……サリナ、ヴィンドに戻りギルドマスターになる気は……ないですよね、当然」


「ええと、今更それは……」


「ユイの元を卒業できた弟子ならばギルドマスターにできるだけの腕前でしょうが……惜しいです」


「あはは……」


 うん、今更ヴィンドに戻ってギルドマスターなんて……。


 ヴィンドに戻るのもお店の経営があるから無理だし、ギルドマスターなんてなにをすればいいかわからないし……。


 スヴェイン様みたいなことなんてできません。


 そんな風に工房を見て歩いていると休憩時間に入ったようで各部屋から人がたくさん出てきました。


 あ、あの人たちって……。


「あれ? ひょっとして、サリナ?」


「あ、本当だ! サリナじゃない!」


「サリナ、大丈夫だったの? 二年前にいきなり服飾ギルドを辞めてヴィンドからもいなくなっちゃって」


「ああ、うん。大丈夫だよ。いまはコンソールでなんとかやってるから」


「そうなんだ。その服もコンソールの服? やっぱりヴィンドの服とはデザインが違うなあ」


「とってもオシャレだよね。いくら位したの?」


「これ? 私の手作り。練習用の服として自分の服は全部自分で作ってるから……」


「すっごい! サリナ、もう自分で自分の服を縫えるんだ! うらやましいな……」


「私たちも頑張っているけどまだ縫製までしかできてないものね」


「お給金は上がってるけど……やっぱり、自分の服ぐらい自分で縫えるようにならなくちゃだめかあ」


「お金の使い道、考えなくちゃいけないね。いままで買えなかった分の服を買うだけじゃなくて自分で作るための生地を買うとか」


「そうだね。サリナってどれくらいできるの?」


「え? 仕上げのエンチャントも一通りできるよ。それができて一人前だし……」


「エンチャントかぁ……私たち、……」


「うん。いつ


「あれ? 仕上げはもう習っているんだよね?」


「習っているよ? それがどうかしたの?」


「その……コンソール流の指導で?」


「私たちはそう聞いているけど……なにかあった?」


 え、どういうこと?


 コンソールでって言うことは、って言うことなのに?


 シュミット講師様がいらしていてそんなミスをするはずもないし……どうして?


「ねえ、みんな。【魔力操作】スキルって習った?」


「【魔力操作】スキル? あれって魔法系職業が覚えるスキルだよね? どうして服飾ギルドの私たちが覚えるの?」


「だって、まりょ……」


「サリナ」


 私が説明しようとしたらユイ師匠に止められてしまいました。


 ロウキ様も首を振っていらっしゃいますし……やっぱり、そういうことですか。


「どうしたの、サリナ? なにかあった?」


「ううん、なんでもないよ。みんなも服飾ギルドのお仕事頑張ってね」


「サリナこそコンソールの服飾ギルドにいるんでしょ? 頑張りなさいよ」


「またねー」


 コンソール流の指導はしているのに【魔力操作】やエンチャントは教えていない……。


 これ……早く気がつかないと取り返しのつかない事態になる!

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