129.風邪の根源
「おう、しっかり配れ! 誰ひとりとして配り漏れを起こすんじゃねぇぞ!」
「兄貴の治療もしてくれた錬金術師様の治療薬だ! 効かないはずがねぇ!」
いやはや、お祭り騒ぎ状態ですねぇ。
ナギウルヌさんの大号令の元、スラム街の主立った顔ぶれが総集結しました。
そして配られたのは大量の風治薬です。
それをスラム街の人間全員に飲ませろというのだから大変ですよ。
「ナギウルヌ様、この風治薬は一体……」
「錬金術師様からの贈りもんだ! 決してやましいものじゃねぇ! ともかく、配り歩いてこい!」
「わかりました! 俺たちの街区の連中も風邪にやられているのが多いんで助かります!」
「俺たちもです! これで今年は死者が減ります!」
「わかったから、さっさと行け! 街区に戻ったら手分けして配るんだぞ!」
「「「へい!」」」
集まっていた方々は、それぞれ風治薬が入った袋を持って戻っていきました。
うーん、割れないか心配です。
「しかしスヴェイン殿、本当によかったのかい? あれだけの風治薬をもらってしまって」
「無理に殿なんてつけなくても構いません、ナギウルヌさん。今回用意した風治薬はスラムの皆様に配るためのものです。受け取ってもらわねば困ります」
「そうか。じゃあ、スヴェイン。風治薬とは言え十万本ももらってるんだぞ? 普通の店で売れば相当な儲けだ」
「街中の商会にも同じくらいの数を卸していますのでご心配なく。それよりも、僕は病の根治をしたいのです」
「病の根治?」
「はい。この街では毎年冬になると風邪が大流行する。あってますよね、ジェラルドさん」
「ああ、あっている。今年はスヴェイン殿の持ち込んでくれた風治薬でかなり抑えられているが……」
「風邪は伝染病ですからね。根治するためには罹患している方を徹底的に減らすのが理想です」
「それで、スラムのやつらにも?」
「ええ。まずは第一段階としてスラム街の方々に風治薬を配りました。これで一時的に風邪の流行は収まるでしょう」
「スヴェイン、その言い方だとまた流行ると言っているようなもんだぜ?」
「はい、流行ると考えています。それも二日か三日程度で、一部の地域のみ」
「あ? どういうこった?」
「そもそもですね。毎年同じ都市だけが風邪の大流行を起こすというのはおかしいんですよ」
「まあ、その通りではあるな。私は医療ギルドに百年以上いるので当たり前になってしまっていたが」
「確かにそうだな。だが、それがスラムの連中とどう関わりがあるんだ?」
「スラムの方々とは直接関係ありません。ただ、仕掛けがしてあるとすれば、残りはスラム街しかあり得ないんです」
「……仕掛け?」
「はい。一種の呪いです。祟り神の一種をこの街に定着させたものがいるのだと考えています」
「祟り神……確かにそう考えるとつじつまはあうな」
「ええ。なので、風邪の根治には原因となっている祟り神の発見と退治が必要ではないかと推測しています」
「ふうむ。納得できる推論だが……なぜスラム街だと?」
「この状況が十年程度なら街のどこかなんて想像もつきません。ですが、数十年にわたって風邪の大流行は続いていると聞きました。そうなると風邪の震源地に近い場所からはどんどん人が遠ざかり、やがてスラム街になるのではないかと推測したのです」
「なるほどねぇ。確かにわかりやすいな」
「そう言っていただけると助かります。とりあえずは、今かかっている風邪を治療することが先決。その後、風邪が流行りだしたらその付近が祟り神の生息地でしょう」
「よくわかった。だが、一般市民まで風邪が流行るのはなぜだ? スラムから持ち込まれているわけではあるまい?」
「祟り神の類いは影響範囲が広いです。それも街の中という限られたスペースならなおさらに。生息地がスラム街だとしても影響は街全体に波及しています。もちろん、スラム街ほどではないはずですが」
「ううむ……やはり、この知識量は街の発展に役立てていただきたいものだが……」
「僕は特定の組織には属したくありません。持っている力が強すぎるため、影響力が甚大になるからです」
「それがわかっているからこそ頼みたいのだよ。身分や力を見せつけるのではなく、それらを持ちつつ必要なとき以外はそれを振りかざさない。そういった人物こそ、この街の評議会には望ましい」
「ああ、俺もそう思うぜ。特に腐った錬金術師ギルドのギルドマスターになって、根元からひっくり返してもらいたいもんだ!」
錬金術師ギルドのマスターですか。
自分たちの無力さをわからせた上で基本だけを教えるにはちょうどいい役職かもしれません。
もっとも、長く就いているわけにもいきませんが。
「その件は保留にいたしましょう。今はスラム街への風治薬配布が適切に行われることを確認せねば」
「欲がねぇな。本当に評議会に加わってほしいぞ」
「まったくだ。それで、ナギウルヌ。配布が終わるのを確認するまでどれくらいの時間を要する?」
「三時間もあれば終わるはずだ。それまではゆっくりしていってくれ」
「そうさせていただきましょう。アリアも構いませんね?」
「もちろん」
その後、本当に三時間で配布の確認を終えたようで、各街区の責任者たちが戻ってきました。
皆さん、風治薬の即効性に驚きつつもそれぞれ回復傾向にあることがわかり安堵の表情を浮かべています。
「お前たち! 喜んでるところすまねえが悪い報せだ。錬金術師様の見立てではこのスラム街のどこかに祟り神が潜んでいるらしい!」
「そんな! 根拠はあるのですか!?」
「毎年、スラム街の風邪が特に酷いのが根拠だ。それで、祟り神の潜んでいる周辺では回復しても二日か三日すればまた風邪が流行るとのことだ」
その発言に集まっていた方々がざわつき始めます。
さて、この場をどう収めましょうか。
「落ち着きな! 祟り神の居場所さえわかれば俺がなんとかしてみせる! 足も治してもらったんだ、それくらいはやって見せねぇとな!」
「ナギウルヌ様!」
「心配するんじゃねぇ。俺だって元はBランク上位の冒険者だ。呪いの類いとも戦ってきたからよ」
「……わかりました」
「おう。それじゃあ、今日は解散だ。三日後、風邪がまた流行り始めた地域があったら教えてくれ!」
必要なことを伝え終えると、街区の代表者たちは各々帰っていきました。
さて、これで今日の仕事は終わりですね。
「助かったぜ、スヴェイン。一時的とはいえ、本当に風邪が治っちまったんだからよ」
「いえいえ、まだ始まったばかりです。本番は祟り神を見つけてからですよ」
「それは俺たちでなんとかする……と言っても聞かないんだろうな」
「ええ、もちろん。半端に関わるのはお断りします」
「わかった。三日後、スラム街の入り口にバニージュを道案内として置いておく。バニージュ、構わないな」
「もちろんです。兄貴の治療をしてくれた大恩人ですからね。しっかりとご案内いたしますよ」
「ってわけだ。三日後、待ってるぜ」
「はい、ではまた三日後に」
さて、できる限りの布石は行いました。
三日後にどうでるかが鍵ですね。
なお、三日後はジェラルドさんも来るそうです。
ギルド評議会の議長として、本当に祟り神がいるのなら自分の目で確認し、倒されたところも確認しなくてはならないそうです。
律儀ですね。
ともかく、勝負は三日後。
万全の体制を整えて参りましょう。
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