670.滞在四日目:ユイの友人たちとの宴 後編
バルコニー席で食事会が始まるとユイの友人たちが次々あいさつに来てくれました。
そしてまた、新たなお客様がやってきたようです。
お次は……。
「トーニャ先輩にフィル。あいさつに来てくれたんですか?」
「ええ、数年ぶりに帰省したかわいい後輩をあいさつ回りさせたくないもの」
「俺もだ。俺にとっては何回も蹴り回してくれた後輩だがな」
「フィルは意地悪ばかりするからです。それで、そちらの様子はどうなんですか?」
「私は服飾工房に勤めているから毎日が慌ただしい。生活系エンチャントだけならともかく、防護系エンチャントのオーダーも上がってくるからそちらの処理に手間取っていると実績数に響いてくるし魔力枯渇解消のためのマジックポーション代もかかるしで大変。あと、慌てた子がエンチャント順序を間違えて付与不可能になったりもするから……給金は確かに服飾ギルドよりも遙かに高いけれど、本物のお仕事になっているからきついわ。服飾講師だったあなたからすれば甘すぎる考えでしょうけど」
「俺の店は……まあ、下町の地域密着型服屋だからな。メインは古着、たまに新品の服が売れる程度だ。先に施しておかなくちゃいけないような上級エンチャントの服なんて飾り程度にしか置いてないし、メインは古着にかける初級エンチャント。腕が鈍らないように自主訓練はしているがそれだけだ。店を継ぐことは確定していたから服飾ギルドで生活系エンチャントだけマスターし、すぐに継いだが……まあ、暇だな」
「ふたりの落差が酷い……」
「そう言うユイはどうだったのよ。特に講師としてコンソールに渡ってから」
「うーん。最初しばらくの間はほぼなにも指導させてもらえませんでした。形式だけ私たちを雇った無能な前服飾ギルドマスターのせいで。スヴェインの大嵐でそいつがコンソールから逃げ出したあとは、新しいギルドマスターの元でビシバシ服飾ギルド員をしごかせてもらいました。ただ……」
「「ただ?」」
「コンソール……というか、コンソールが所属していた旧国家全体に『職業優位論』って言うカビの生えた古くさい風習が蔓延していたんですよ。それのせいでまず精神面の指導から入らなくちゃいけない子たちも多くって……」
「『職業優位論』ってなに?」
「生まれ持った『職業』で人生が決まるって言うふざけた風習……いえ、伝統です。この国では『初級職』と呼ばれている『職業』は『最下級職』と呼ばれていましたし、『最下級職』と『下級職』をまとめて『下位職』、それ以上を『上位職』と呼んでいました」
「なんだそりゃ?」
「更に言えば『下位職』には技術継承を行わず給金も低いまま下働き扱いで働かせ続け、『上位職』は無条件ですべての技術が与えられ実際の能力にかかわらず高い給金と地位が約束される、そんな伝統です。ああそうそう、ギルドによっては『上位職』以外は入門すら認めていないところもあったみたいですね」
「グッドリッジ王国の貴族の間でも『職業』に対する差別があったって聞いたことがあるけど……それ以上じゃない」
「それって、普通に上の職業に変わるもんじゃないのか? 研鑽さえしていれば」
「大昔から続く伝統だったせいのために『交霊の儀式』で授かった『職業』から基本的に変わらないって考え方が一般的だったらしいです。あえて例外があるとすれば超級職になれることがあることが知られていたくらいで。条件はなにも知っていなかったようですが」
「ふざけた考え方ね」
「よくそんな街にシュミットが力を貸したな?」
「スヴェインがすべてを改革しました。まず、スヴェインが治めていた錬金術師ギルドの範囲で『下位職』だろうと関係なく結果が出ることを知らしめ、そこからいくつかのギルドを切り崩していき、最終的には最高意思決定機関であるギルド評議会に講師費用の内訳だけを明かしてその値段に応じるかどうかで多数決をとり、賛成多数でシュミットとの友好関係を結び講師派遣と『職業優位論』のそぎ落としを行ったようです。鍛冶と服飾はそれに反発して講師に仕事をさせず、裏でなにかしていたらしいですが」
「それで、その無能な服飾ギルドマスターはなんで街から逃げ出したの?」
「スヴェインが起こした二度目の改革の結果です。スヴェインはコンソールの近隣地に新たな独立都市を造るための土地を領主様から譲り受けました。それにあわせてコンソールが旧国家からの完全な独立を宣言、旧国家のギルドや国そのものから切り離されることを恐れた前服飾ギルドマスターと前鍛冶ギルドマスターは街から逃げ出しました。その後コンソールは独立都市となり、スヴェインの契約している竜たちによって街道を警備されています」
「なんともスケールのでかい話だな。だが、旧国家? とやらはコンソールの独立を承認したのかよ?」
「いえ、何度も軍隊を差し向けて制圧しようとしていた……らしいです。一般市民やシュミット講師は竜宝国家になるまで知らされてこなかった事実ですが。軍隊が差し向けられるたび、各要衝を守る竜たちが出向いてそれらの軍勢を吹き散らしていたそうですね。コンソールの警備にあたっていたのは最上位竜以上、
「
「頭がいかれているとしか言えないな。街が改革された経緯はわかった。ギルド員の指導はどうしたんだ?」
「ええと、まずは『職業優位論』のせいで染みついていた慢心と甘えを捨てさせました。『上位職』には努力しなくても結果が出るという慢心をへし折るため私たちの技を見せつけ、『下位職』には努力すれば結果が伴うと言う事実を示し自分たちはなにも出来ないと言う甘えをなくしていきました。当然、途中でこぼれ落ちるものも少なくなかったですが」
「なるほど、意識改革が急務だったわけね。それで、その次は?」
「エンチャントを仕込み始めました。ただ、旧国家全体で【魔力操作】という技術そのものを教えられていなかったらしく……」
「そこからスタートか」
「はい。なんとか初年の秋の中頃までに上級仕上げ師に初級エンチャントを仕込みましたが……つらかったです」
「……頑張ってたのね」
「服飾と鍛冶は出遅れていたので特に厳しく行きました。そのあとは……スヴェインの書いた【魔力操作】習得方法の教本が各ギルドで出回り始めたので楽になっていきましたね。私たちが次々に生活系エンチャントを仕込み続けるのと技術指導をつけるのとでコンソール服飾ギルドのギルド員たちは休む暇もなかったでしょうが」
「仕事の鬼だな、お前は」
「当然です。私も服飾講師陣のリーダーとして渡っていましたし自己研鑽に余念はありませんでしたから。話には聞いていると思いますが例の病でエンチャントのスキルレベルばかりが上がり技術は伸びなくなってしまいましたが」
「そこもつらかったでしょうね、仕事の鬼のあなたとしては。……そう言えば【魔力操作】すら覚えていないって言うことは【付与魔術】なんて当然無いわよね? 防護系のエンチャントが付与できないって言うことは、遅かれ速かれ打ち止めになるんじゃ?」
「スヴェインが【付与術】を鍛えるための子供向け教本も作製してギルド評議会が配布しました。その世代が育ってくれば打ち止めは解消されます。そこまでにシュミットのような生活系エンチャントの購入時付与を一般化するのが次の課題になるでしょう。私の弟子のお店ではそれをやらせていて、利益がすごいことになっていますから」
「それ、利益を独占してないか? いいのかよ」
「私の弟子に修行として運営させる店だからその場での付与は当然です。容量を見誤るなんて無様もこの半年で一回たりともしていませんし」
「本当に仕事の鬼ね。さて、私たちもそろそろ場所を譲りましょう。他の人もあいさつしたいでしょうし」
「そうだな。スヴェイン様、アリア様。少々乱暴なお転婆娘ですが幸せにしてやってください」
「ええ、もちろん」
「かわいい、ユイですもの。当然幸せにしますわ」
「よかったです。生意気な妹分が幸せになれて。それではこれで失礼いたします」
「失礼いたします。ユイもしっかりやれよ」
トーニャさんとフィルさんも帰っていきました。
そのあとも皆さん入れ替わり立ち替わりユイへとあいさつにやってきて、結局ユイがあいさつに回ることなく全員とのあいさつが終わりました。
残りの時間はユイが思い思いの場所に行って雑談をして回り、いい時間になったところでお開きに。
皆さん楽しめたようで笑顔で帰って行かれました。
僕たちも公王邸に戻り寝る支度を整えていたところ僕の部屋のドアがノックされ、開けると寝間着姿のアリアとユイがお酒を持ってやってきています。
「ねえ、スヴェイン。スヴェインのベッドって三人一緒に寝られる?」
「ええ、大丈夫ですよ。僕たちに甘えて眠りたくなりましたか、ユイ?」
「甘えたくなった。皆とお別れしたら寂しくなって」
「わかりました。僕たちもお酒は得意ではないですがユイが酔うまで付き合いましょう」
「その代わり、明日の朝恥ずかしくて起きないのはなしですわよ?」
「わかってる。スヴェインたちと一緒にお酒が飲めて甘えながら眠ることが出来るなんて幸せだなあ」
「その幸せ、逃がさないようにしてくださいね?」
「私どもは逃がしませんが」
「もちろん! さあ、飲もう!」
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