669.滞在四日目:ユイの友人たちとの宴 中編
リリスが予約しておいてくれたお店の三階バルコニー席に座った一行。
それぞれに飲みものが用意され、食事会の始まりを待つばかりとなりました。
具体的にはユイの始まりのあいさつ。
「ユイ、開始のあいさつまで考えてこなかった訳ではありませんよね?」
「考えてきたよ。考えてきたけど……緊張する」
「いい加減、緊張を解きほぐしなさいな。皆さん集まってくださったのですから」
「そうだよね。頑張る」
決心がついたユイは始まりのあいさつを始めました。
「皆、私の帰郷にあわせて集まってくれてありがとう。いまはもうシュミットの国籍を抜けて国外の人間になっちゃったけど、こうしてまた皆と会えてうれしいよ。今日は……その……たくさん楽しんで帰っていってね!」
それにあわせてグラスが掲げられ、食事会の始まりです。
食事会といってもコース料理が振る舞われるわけでもないため、実際には宴会に近いのですが。
ユイも最初の一皿目をおいしそうに食べたあと僕たちが食べ終わるのを待ち、一緒にあいさつに行こうとしていたところ、逆にあちらからあいさつに来てくれました。
「ユイ、結婚おめでとう。幸せにやっている?」
「ココ先輩。はい! 愛するスヴェインと愛するアリアに囲まれてとっても幸せです!」
「そう。よかったわ。あなた、服飾しか興味がなさそうで、私が前に弟子入りしていた師匠の元を卒業したあと講師訓練所に飛び込むんだもの。女の幸せとかそういうのまったく興味がないとしか感じてなかったわ」
「えへへ……私もスヴェインとアリアに会って認められるまではまったく興味がありませんでした」
「それで、タイロンから聞いたけれど一定以上のエンチャントが施せなかったって言うのも本当? 確かにあなたは生活系エンチャントは得意でも防護系エンチャントがやけに下手だったけど……」
「本当です。スヴェインたちが必死に治療方法を編み出してくれてそれを受けた結果、治療できた、いえ、世間で知られているすべてのエンチャントを施しても問題がなくなっただけです。病自体は解消されていません。もし、いまの私の限界を超えるエンチャントが開発されたら、私はまたそれを絶対に施せない欠陥品に逆戻りです」
「ユイ、あなた自分の事を欠陥品だなんて……」
「本当ですから。スヴェインたちにこの病の原因を解明してもらったときは本当に目の前が真っ暗になって錯乱しちゃったし、そのあともずっと悲しんで泣いてばかりいました。治療方法だって死ぬ危険性が高く、聖獣様の賢者様方が編み出した無駄に終わる可能性が高かった暴論。それでも私は服飾師を諦めたくなくて崖から飛び降りたんです。道があると信じて」
「そう、ごめんなさい。つらいことを思い出させちゃって」
「つらいだなんてこれっぽっちも感じてません。それのおかげでスヴェインとアリアに認めてもらえたんですから。それにいまは、もし私に不可能なエンチャントが出てきても服飾師を辞めるつもりはありません。弟子も持っちゃいましたし、私の技術をもっと高めてもっと広めたいですから」
「……あなた、やっぱり年下なのに生意気ね」
「ココ先輩が相手でもそこだけは譲れません。服飾師ですから」
「わかったわ。これからも元気にやりなさい。家庭を持ったんだから旦那様も支えてあげるのよ。あなたのことだから甘えているだけのような気がするわ」
「……はい」
「……本当に甘えているだけなのね? これからは支える側にもなりなさい。スヴェイン様を愛していると言うことはいずれ子供もほしいんでしょう? 甘えてばかりじゃいられないわよ」
「今後直していきます!」
「どうだか。スヴェイン様、アリア様。このお調子者をよろしくお願いします」
「ええ、任せてください」
「甘えたがりな面もしばらくすれば収まるでしょうし、もうしばらくはそのままにさせますわ」
ココさんは自分の席に戻って行ってしまいましたが、代わりにイルダさんがやってきました。
彼女もユイと話がしてみたかったようです。
「ユイ、元気そうで安心しました」
「イルダ先輩も。それと、コンソール行きの〝シュミットの流儀〟で道を譲っていただいたのに途中で投げ出すことになり申し訳ありません」
「服飾講師陣はシャルロット様からの報告書を皆読んでいるから気にしないで。それよりもあなたの伸び悩みに気付いてあげられなくてごめんなさい。コンソールへと修行に送り出せば否応なしにエンチャントの技術が伸びるとしか考えてなくて……」
「謝らないでください。私だって自分が伸び悩んでいたのにわずかずつでも腕が伸びたということは、自主訓練が足りなかったことがコンソールではっきりしたんですから。自分の責任でもあります」
「でも、あなたのエンチャントの腕前が劣るからって生活系以外のエンチャントは任せていなかったのも私たち先輩の責任だもの。そこだけは謝らせて。あなたの技術指導が足りなくてごめんなさい」
「わかりました、謝罪を受け入れます。でも、いまは大丈夫ですから。防護系のエンチャントも私が知っている限りすべてを失敗せずにかけられるようになりました。それに……例の布も治療の副産物で扱えるようになりましたし」
「例の布。神話級素材なんだよね。私たち服飾講師全員が報告書で知っているし公王様の服やシャルロット様のドレスで知っている。その服だって偽装をかけているけどその布なんだよね? あなたのエンチャントでガチガチに固めると
「本当らしいです。実際に一度だけ性能試験をしてもらいましたが、スヴェイン様の配下にいるエンシェントホーリードラゴン様の爪でなんど引き裂こうとしても多少のひっかき傷ができた程度で破れませんでした」
「……それってオリハルコンの鎧なんか目じゃないくらい頑丈だからね? わかってる?」
「わかってますよ。見ず知らずの他人になんて絶対に渡しませんから」
「わかってるならいいんだけれど……神話級素材か。私も死ぬ前に扱えるようになれないかな?」
「素材の供給だけならいくらでも出来ますよ。私のマジックバッグには大量に例の布が保管されてますから」
「物作りの聖獣様が自ら作る素材だけあって危険物だね……」
「自宅に帰れば蜘蛛糸から糸車で糸を作る工程から出来ますので……」
「ユイ、あなたも危険物ね」
「……否定できません」
イルダさんから危険物指定されたお嫁さん。
彼女もユイのことを僕たちに頼んでから席へと戻っていきました。
代わりにやってきたのは……。
「ユイ先輩! ご結婚、おめでとうございます!」
「ノリコ、あなた少し酔ってる?」
「酔ってませんよ? ユイ先輩こそお酒飲んでないんですか?」
「私は……酔っちゃうとダメだから」
「そう言われると酔ったユイ先輩が見たくなります」
「絶対にダメ!」
「……ケチ」
「いいじゃない私がお酒を飲むかどうかなんて。それよりもノリコたちは元気にしているの? トーニャ先輩とフィル以外は服飾ギルド勤めって聞いているけど」
「私はまだまだ卒業できそうにありません! 生活系エンチャントすらすべて覚えていないので……」
「パムとケイトは?」
「パム先輩は生活系エンチャントをすべてかけられるようになっています。ただ、難しいものはまだ安定していないのでそこをクリアできたら卒業試験に挑むそうですよ。ケイト先輩は私より先を進んでいます。それでも生活系エンチャントすべてではないですね。生活系エンチャントだけでも全部失敗なしでかけられるようにならないと卒業できないシュミット服飾ギルドは厳しいです!」
「シュミットの洋服店じゃ初級生活系エンチャントをその場でかけるのはどの店でも常識だし、オーダーメイドなら要望にあわせて生活系エンチャントをカスタマイズ出来ないようじゃシュミットの服飾師は名乗れないわよ?」
「そうですけど! そうですけど!!」
「それにあなたも【付与魔術】は覚えているんでしょう? 防護系エンチャントに進みたいなら生活系エンチャントで躓いていちゃダメじゃない」
「それもその通りですが!」
「とりあえずノリコはもっと精進なさい。躓いているのはどこなの?」
「【自動サイズ調整】です……」
「そこ。魔力操作の練度不足ね」
「やっぱりそれですか……」
「わかっていたんじゃない」
「ほかに抜け道があるかもなって」
「職人の世界に近道はない。回り道はあっても」
「はーい。明日から魔力操作を徹底的に勉強し直します」
「そうしなさい。ほかに聞きたいことは?」
「夜の営みって気持ちいいですか?」
「蹴り出されたい?」
「きゃー!? ごめんなさい!? それから、スヴェイン様、アリア様。ユイ先輩をよろしくお願いしますね!」
ノリコさんですか。
ユイ以上にお調子者でしたね。
いえ、少し酔っていたのかもしれませんが。
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