668.滞在四日目:ユイの友人たちとの宴 前編

 四日目午後の訓練も終わり、汗を洗い流したら服を着替えてユイたちと一緒に街までお出かけです。


 目的は二日前に約束していたユイの友人たちと夕食を楽しむため。


 まあ、会場を考えればそのまま宴になっても問題ない場所なんですが。


 席もリリスが朝一で問題ない数を押さえてくれているそうですし。


「うー、緊張する」


「大丈夫ですか、ユイ?」


「緊張する」


「大丈夫ですよ、ユイ。お友達、たくさん来てくれますわよ。講師の皆さんだって四名参加してくださるのでしょう?」


「うん。先輩方が四人参加してくれるらしいけど……緊張する」


「先ほどから『緊張する』と連呼しておりますよ、ユイ様。待ち合わせ時間まではまだ三十分ありますのに」


「だって緊張するんだもん!」


 これは打つ手なしですね。


 出かける前に会ったサリナさんに聞いても、午後のユイはそわそわしていて様子がおかしかったそうですし。


 早く皆さんが来るのを待ちましょうか。


 そわそわし続けるユイをなだめながら待ち続けること十分ほど、最初の参加者がやってきてくれました。


「ユイ! 待たせたみたいね!」


 先頭でやってきたのはブリットさん。


 と言うことは服飾講師の皆さんですか。


「久しぶり、ユイ」


 ふたりめは落ち着いた感じの女性。


 柔らかめな雰囲気を醸し出しています。


「元気にやっているようですな」


 三人目は少し年季の入った紳士。


 燕尾服の着こなしもビシッとしていて大人の男性といった感じです。


「帰省中に顔を出してくれるなんて気が利くようになったもんだ」


 最後は二十代程度のエルフ男性。


 見た目で歳がわからないのがエルフの特徴とは言え、間違いなくユイの先輩でしょう。


「ブリット先輩! イルダ先輩! ブレナン先輩! バセク先輩!」


「スヴェイン様方もお待たせしてしまい申し訳ありません」


「本来ならば私どもが先に来るべきですのに」


「気にしないでください。発案者はユイですから」


「そうですわ。ならば、先に来て待っているのは私どもの役目ですもの」


「そう言っていただけると幸いでございます」


「ユイは大分落ち着きがない様子だがな」


「ユイ様はどれだけの人数が集まってくださるか不安でしょうがなかったようで」


「リリス! 恥ずかしいから言わないで!」


「事実でございましょう?」


「事実だけど! 事実だけど!!」


「結婚して二年たってもユイは変わってないね」


「相変わらずのお調子者でございます」


「もう少し落ち着けよ。家庭を持ったんだから」


「それは……」


 さすがのユイも先輩方には言い返せないでしょう。


 実際、落ち着きはまったくありませんでしたし。


 招待した側が恥ずかしがってうつむいている場合でもないのですが。


「ユイ、なにを俯いているんだ?」


「あ。タイロン先輩」


 次にやってきたのは、ユイの先輩職人のグループでしょうか?


 タイロンさんは一昨日にも会いましたね。


「ユイ、あなたも家庭を持ったんでしょう? 少しは落ち着きなさいな」


「ココ先輩。修業先は大丈夫だったんですか?」


「一日だけってことで早上がりさせていただいてきたわ。まったく、あなたは私と一緒に修行していた頃と変わりがない」


「えへへ……」


 彼女がココ先輩。


 ユイとはそれほど歳の差が無いように見えますが確実に年上ですね。


 ユイよりも間違いなく落ち着いていますし。


「そうだぞ、ユイ。スヴェイン様たちもその調子で振り回しているんだろう? 愛想を尽かされないようにしろよ?」


「はい。ラルフ先輩。それからお店の開業おめでとうございます」


「ああ、ありがとうよ。お前こそもう辞めたようだが服飾講師就任おめっとさん」


 最後の彼がラルフ先輩。


 顔立ちや髪型は少しワイルドな感じの獣人ですが服装は服飾師らしく整っています。


「それで、あと集まる連中は? 服飾講師のローブを着けてらっしゃる皆様だけでも緊張するんだが」


「あとは英才教育機関時代の仲間です。ほとんどが服飾ギルドに通っているって聞きましたからそろそろ来る頃だと」


「おーい!」


「あ、来た!」


「お待たせ、ユイ! と言うか、本当にこのお店なんだね。私たちの服装、場違いじゃないかな?」


「そんなことないよ、パム。大丈夫だって」


「ユイの着ている服、どうせ自作なんでしょう? 差を開けられていることを実感して困る」


「あはは……」


 最初に来たのはパムさんですか。


 彼女も二日前に会いましたね。


 相変わらず元気です。


「そうだね。服飾講師の腕前ってそこまですごいんだって理解しちゃうよ、まったく」


「ごめんってノリコ。でも、やっぱり一人前の服飾師になっちゃうと自作以外の服は着たくない」


「その言葉、いつか私も言ってみたい」


 二人目はノリコさんですね。


 ユイよりも年下のように見えますが仲はよさそうです。


「これが私たちが四年かけた道程を二年で駆け抜けた仲間の実力……ほんっとうにうらやましい!」


「ケイト、そんなにうらやましがられても……私も止まれなかったから」


「その話だって何度も聞いてる! なんで憧れだったはずのスヴェイン様と結婚してアリア様が上の奥様になっているの!?」


「私、ふたりに囲われちゃったから……」


「うらやましい!」


 三番目のケイトさんは獣人。


 ユイの話を聞いていたようですが……つまり、その憧れの相手だった僕たちとの結婚も果たしていることも理解しているんでしょうね。


 なんというか、大変です。


「でも、ユイも気が利くようになったわね。帰郷した時に私たちを集めて食事会だなんて。……お店が高級店過ぎるけれど」


「あはは……トーニャ先輩、おごりですから楽しんでいってください」


「そういうことなら遠慮なく。私も服飾工房に勤め始めてからお給金は上がったけれど、さすがにこれだけの高級店には縁がないから」


 四番目がトーニャさんですか。


 ユイの先輩で服飾工房に勤めていると言っていた方ですね。


 はっきりとものを言うタイプの女性のようです。


「ユイ、俺まで呼びつけてよかったのか? 女同士の方がよかっただろう?」


「まあいいじゃないフィル。あなたも呼んであげたんだから感謝しなさい。それともこれから帰る?」


「来たからには参加するが……服飾講師の皆様までいるだなんて想像してなかったぞ」


「私のつながりだもの。先輩講師の皆様だって呼んでいるよ」


「そうか。うまくいけばコネが出来るかもしれないし、ありがたく参加させてもらおう」


「変なことをしたら容赦なく蹴り上げるからね」


「……お前の足癖、まだ健在かよ」


 最後がフィルさん。


 ユイの英才教育機関仲間で唯一の男性で……いまは洋服店を切り盛りしているんでしたっけ。


 ともかく、これで全員でしょうかね。


「ユイ様、これで全員ですか?」


「多分、全員。英才教育機関仲間や修業先の先輩職人の皆様は集まっていただけたし、先輩職人の皆様も予定通りの人数だから全員のはずだよ」


「では、店に入りましょう」


「……本当にこのお店に入るんだね」


「ドレスコードとか大丈夫かな? 私たち服飾工房に通うときの仕事着だよ?」


「それを言えば私だって服飾工房に通うときの外出着よ?」


「見習い連中にドレスコードがありそうな店は酷だよなあ」


「俺らみたいな店持ちなら自分で自分の服くらい作れるが」


「私だって修行中だから自由に作れないんですけど?」


「今日はユイの仕切りじゃなくリリス様の仕切りだから大丈夫よ」


「ユイの仕切りだとなにも考えていなさそうなので不安ですが……」


がそこを見落とすはずもない」


「と言うわけで安心しろ、後輩ども」


 皆さんそれぞれ思惑があるようですが大丈夫でしょう。


 僕たちの服だって上物とは言え正装やドレスを指定されませんでしたから。


「ようこそおいでくださいました。リリス様」


「店長。本日は急なお願い申し訳ありません」


「いえいえ。それで、お客様はおそろいですか?」


「はい。全員揃ったようです」


「かしこまりました。それではへご案内いたしましょう」


「「「三階のバルコニー席!?」」」


「……リリス、さすがに私も聞いてないよ」


「この人数ですとそこを貸し切りにしていただくのが一番早かったので」


「あの、リリス様。相当高かったんじゃ?」


「公王様とジュエル様の許可は取ってありますのでご心配なく。それでは参りましょう」


 リリスが歩き始めましたし僕たちも後に続きますか。


 ほかの皆さん、というかユイもおっかなびっくりですが。


「ユイ、本当に支払いは大丈夫なのか? お前のおごりだろう?」


「あ、ええと。私の支払いじゃなくなっちゃったの。お義父様のご厚意でお義父様のお支払いに……」


「おとうさまってお前の父親じゃないよな?」


「うん。スヴェインのお父様……」


「公王様のおごり……」


「私たち講師陣は感謝状を送らないとダメだね……」


「その……俺たちはどうすれば?」


「街の皆様は……私どもが一緒に感謝の意を伝えておきましょう。さすがに公王家に感謝状を送るわけにも参りますまい」


「あの、ありがとうございます」


「いいや。それは……そこの考えなしをあとで責めろ。そいつが集まる場所を考えずに集まることだけを考えたせいでこうなったんだ」


「その……皆、ごめん」

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