177.講師費用についての騒動
友好関係樹立について正式な調印式も行われ、各ギルドに講師たちも派遣されました。
おおよそのギルドは支払った金額以上の成果が見込めると大喜びです。
例えば商業ギルド。
シュミット公国が持ち込んだ書式を使い始めてから数日は効率が落ちたものの、それ以降は一気に効率が良くなったそうです。
調理や製菓ギルドでは自分たちの調理法を更に進化させるやり方を教えてもらったようで、街中で販売されているお菓子や食堂の料理がおいしくなり始めていると話題になり始めています。
馬車ギルドもサスペンションの搭載と独立懸架方式採用の馬車が作られるように外部の受注を待たなくとも街内だけでかなりの受注があったとか。
講師の導入に及び腰だった宝飾ギルドと建築ギルドも新しい様式を取り入れる事ができて新規の受注が増え満面の笑みだそうで。
そして、我ら錬金術師ギルドはと言うと……。
「暇ですねぇ……」
「ギルド評議会の問題が解決しても暇になるとは考えてませんでしたね……」
「よく考えたら、支部の発注をしても出来上がるのってかなり先ですよね」
「まあ、年内には作れるって建築ギルドは意気込んでましたよ? 新しくきた講師陣のおかげで作業効率が数倍に上がったとかで。
「ふむ、それだけの効果がありましたか。結構なことです」
「宝飾ギルドも大喜びです。今まで知らなかった宝石のカットとか指輪やペンダントの表現技法が学べて、新規の顧客が続々だとか」
「ミライさんはそういうの興味ないんですか? お給料も十分に差し上げてますよね?」
「うーん、事務員だった頃の貧乏性がいまだに抜けないというか。オシャレしても見せる相手がいないというか……」
「……なんだかすみません」
「反省してください」
ミライさんだけではなく事務職員の方々もお忙しいですからね。
……僕も貴族だったので結婚観がよくわかりませんがこういう場合ってどうすればいいのでしょう?
……適切な相談相手が見つかりません。
「ギルドマスター。冒険者ギルドにでも行ってきてはいかがですか?」
「とうとう僕を追い出すようになりましたか……」
「これであの愚か者どもに講義でもしてくれるなら別ですが、ただいられるだけというのも落ち着かないです」
「だって、あの人たち、講義をしても聴いてくれませんから」
「街にアトリエを持っている皆さんは死活問題ですから真剣に取り組んでくれたんですけどねぇ」
はい、こうして最初に評議会から待たされるようになったあと数回にわたり街の錬金術師に講義を行いました。
彼らの熱気は生活がかかっているだけにすさまじかったですよ。
「いっそ彼ら、首にしませんかぁ?」
「ミライさん、さすがにそれは横暴です。いや、その気持ちはいたいほどわかりますが」
彼らを追い出せば彼らの使っている部屋を使い、数十名程度ですが人を受け入れることができます。
そうすれば、どれだけ生産性が向上するか……。
「……ここでミライさんと話をしているとどんどん物騒な会話になりそうです。僕は冒険者ギルドに行きますので、なにかあったら連絡を」
「はーい」
なんだか錬金術師ギルド内での発言力はミライさんの方が上になってきた気がします。
僕が不在の間は彼女に任せているのですから仕方がありませんが。
********************
「おや、スヴェイン殿。君も来たのかね」
「あれ、ジェラルドさん。どうしてここに?」
冒険者ギルドの受付で僕が来ていることだけを告げてそのまま訓練場の観客席にやってきました。
そこには医療ギルドマスターのジェラルドさんもやってきていたのですが……。
医療ギルドで忙しいはずの彼がなぜここにいるのでしょうか?
「いやな。公太女様にお願いした講師陣のおかげで私も暇ができた。それで、私抜きでもギルドが回るかどうか試すのに少し外出してきたのだよ」
「なるほど。僕は錬金術師ギルドにいるとサブマスターが物騒なことを言い始めたので逃げてきました」
「物騒なことを?」
「一般錬金術師の追放です」
「なるほど、物騒だ。だが、改革の仕上げとしては良いのではないか?」
「仕上げとしてやりたいのですが……さすがにそこまでしてしまうとギルドマスターとして横暴すぎるかと」
「まあ、そうかも知れぬな。……そういえば、この街を追放されていった錬金術師たちは野垂れ死んでいないのだろうか」
「そこまで責任は持てませんよ」
「やはり厳しいな。しかし、あれだけの講師が全員でたったの白金貨千百枚か」
「高いと考えますか?」
「白金貨五千枚は出さないと雇えないクラスだ。素直にそう感じる」
「ふむ。安売りしすぎですかね?」
「我々としてはとてもありがたい」
「……私たちとしては荒稼ぎすると国内にお金が貯まりすぎるのです」
僕たちの後ろから新しい声が聞こえてきました。
軽やかなこの声の主はシャルですね。
「それほどなのか?」
「困ったことに外部から買うものがあまりにも少なくて。売るものは多いのに買うものが少ないと国内のお金がだぶついてしまいます。幸い、講師陣には講師代としていただいているお金の七割を与えているので……それでもコンソールからかなりのお金を巻き上げてしまいました」
「今建てている大使館は?」
「お兄様が支払ってくれることになっています。それだって私が見積もりを聞いたところ白金貨三百枚に届かない程度。コンソールにお金を還元できません」
「それは……困ったな」
「コンソールの経済は大丈夫なのですか?」
「それは今のところ問題ない。だが、医療ギルドとしてもスタッフを育てるために今の講師陣を数年単位で契約したいところだ。そうなると、街中にある貨幣が……」
「ですわよねぇ。なにかで還元したいのですが……」
「難しいですねぇ」
僕たちが三人顔をつきあわせて困り果てているところに新たな客が飛び込んできました。
このギルドの主、ティショウさんです。
「お前ら、ここにいたのか!? ああ、いや。今日はちょうど良かった。ミストをコウの家と医療ギルドへ向かわせたのが完全に無駄足になっちまったが」
「ティショウさん、慌ててどうしたんですか」
「悠長だなお前は! いや、お前らは浮世離れしてるからしかたがねぇか。街中でシュミット公国から呼んでいる講師の費用が法外に高いって噂が広まってるんだよ!?」
「なに!?」
「ふむ」
「あらまあ」
「そこの兄妹! 反応薄いぞ!?」
「法外と言うほどではないと思いますが」
「人員ひとりあたりの値段は妥当だと思います。ギルドの規模によって派遣人数に差がありますが」
「ともかく変な噂が広まり始めてる! なんとかしねぇと!」
「確かに問題だな。ギルド評議会に……」
「かけても無駄ですよ。ジェラルドさん」
「スヴェイン殿?」
ふむ、そういう手段できましたか。
嫌らしいですねぇ。
「この程度、想定の範囲内です」
「はい。だからこそ各ギルドごとに講師の内訳を契約書として残してあるのですから」
「そうは言ってもだな、この手の噂は……」
「広まってもいいじゃないですか。広まるのなら」
「なに?」
「打つ手があるのか? シュミット兄妹」
「はい。ギルド評議会前広場を数日占拠しますがよろしいですか?」
「あ、ああ。噂がこの程度で鎮まるならばお安いご用だ」
さてさて、誰にケンカを売ったのかわからせてあげましょう。
シュミット公国の力、信じていますよ?
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