176.採決結果

「では採決を採ろう。シュミット公国との友好関係樹立に賛成のものは起立を!」


 医療ギルドマスターのかけ声とともに一斉にギルドマスターが動き始めます。


 僕と冒険者ギルドマスターはもちろん賛成。


 ですが、それにしては椅子が動く音が多かったような?


「商業ギルドマスター。お前はこちらにつくのだな」


「はい。その程度の金額を取り戻せないようでは商業ギルドの沽券に関わります」


「……ちなみにどのくらいを想定していたか伺っても?」


「ええと……ひとりあたり白金貨二千枚程度には……」


「もちろんそのレベルの講師もいます。ですがそのレベルの講師は私の一存で動かせません」


「さ、左様で……」


「家政ギルドの爺さんも賛成か」


「本来なら真っ先に手を上げるべきだったのでしょうがな。何分、我々のギルドは稼ぎが少ない。講師代が支払えるか疑問だったのですよ」


「ご相談いただければその値段にあった講師をご用意いたしますよ?」


「それはありがたい。是非そうしていただきとうございます」


「魔術師ギルドの皆さんも賛成なんですね?」


「むしろ私は賛成したかったのだが、ギルド内の意見集約ができていなかった。この値段であれば新しい技術に飛びつかぬはずもない」


「よろしくお願いします」


「意外だったのは……調理ギルドと製菓ギルド、馬車ギルドだな」


「調理ギルドとしては意見が真っ二つだったんだよ。新しい味を取り入れるか、今までの味を守り続けるかってね。でもこの値段なら新しい味を取り入れて利益を上げていった方がマシさ」


「我がギルドも同じです。伝統と文化を守り続けるのか、新しい風を取り入れるのか。迷いに迷った末の決断です」


「我々としては値段で動かされたようなものです。この街で馬車の需要は低い。そうなると対外向けに差別化した馬車を開発できるのかが肝になりますからな」


「ありがとうございます。各ギルドには講師を派遣する上でこちらが学ばせていただく分もあるでしょう。その差額は支払わせていただきますわ」


「は?」


「いま、なんと?」


「はい。我が国としては他国に講師を派遣するだけではなく、他国の文化を取り入れる事も視野に入れております。そうしたものを学べれば、その分の金額をお支払いするのは当然かと」


「く……」


「ふ……」


「ほ……」


「くははは! いいね、嬢ちゃん気に入ったよ!」


「教えるだけでなく学ぶ姿勢もあるとは恐れ入りました!」


「この古くさい街からでも技術を盗めるのでしたら、どうぞ盗んでいってくだされ!」


 皆さん、大ウケですね。


 そんなにおかしな事を言ったのでしょうか?


「お兄様。私、間違った事を言いましたでしょうか?」


「いいえ。当たり前なことしか述べてないと感じました」


「この天然兄妹……」


「いやはや、商売としての着目点も素晴らしい!」


「はあ……」


 それから、あとふたつ意外なギルドが起立しています。


 宝飾と建築ギルドです。


「宝飾ギルドと建築ギルドもこちら側で良いのか?」


「はい。私どもも足元に火が付き始めております」


「ああ。それにギルド員からは『他国の技術を学びたい』って声も少なからずあったんだよ。親方衆が反発しているせいで賛成できなかったが」


 そのほかのギルドも起立しています。


 理由としては提示された金額が想像以上に安かったことや、今までは同調圧力に負けて声をあげられなかったため等でした。


 こんなところにもがはびこっていたようです。


 さて、残りは……。


「鍛冶ギルド、服飾ギルド。お前たちは反対でよろしいのか?」


「いや、その、私たちは……」


「今この場では態度を決めかねると言うか……」


 あいまいですね。


 少しガツンと。


 と考えていたら医療ギルドマスターから手で制されました。


 隣の商業ギルドマスターからも。


 シャルも冒険者ギルドマスターに手で制されていますし、僕たち兄妹ってそんなにわかりやすいですかね?


「そうか、この場では決めかねるか……」


「は、はい」


「できれば、明日まで猶予……」


「今日の夕方までに決めてこい、愚か者ども!!」


「は、はひ!」


「す、すぐに!」


 医療ギルドマスターに一喝されて出て行った鍛冶ギルド一行と服飾ギルド一行。


 それを見送ったあと、場内は静けさを取り戻します。


「採決はこれで終了だ。満場一致とはならなんだが、多数決の結果、シュミット公国との友好関係、確かに結ばせていただく」


「ありがとうございます。父も喜びます。これで兄も帰ってきやすくなるでしょう」


「……僕はいろいろ忙しいので年に一回くらいしか帰る暇はありませんよ。シャル」


「時間を作ればどうとでもできるでしょうに。一日でシュミット公国とコンソールを往復できるのですから」


「それとこれとは話が別です」


「おいおい、兄妹ゲンカは帰ってからやってくれ」


 冒険者ギルドマスターの仲裁に場内から笑いの声がどっと沸き立ちます。


 和やかになってくれたようで結構ですよ。


「さて。あの愚か者が戻ってくるまでの時間が惜しいです。各ギルドマスター及びサブマスターもおそろいですし、派遣する講師の要望と見積もりを作ってしまいましょう」


「しっかりしていますね」


「あら、せっかくすべてのギルドが勢揃いしているんですよ? 私のフットワークが軽いとはいえ、一日に回れるギルド数は限られています。この際ですからすべてのギルドに要望を聞くのは当然でしょう?」


「そうだな。まず商業ギルドからでいいか?」


「はい。商業ギルドから順番にテーブルを回って行きます。それまでにご検討を」


 そういうわけで商業ギルドから回って行くことにしたわけですが、最初の商業ギルドマスターの時点で驚きの声が上がりましたね。


「まて、公太女様。この金額、あまりにも安すぎるのでは?」


「そうですか? それでも医療ギルドに派遣した講師陣の金額を元にした金額なのですが」


「商業ギルドマスター、アンタ、一体いくらを請求されたんだい?」


「あ、ああ。一般事務講師がひとり白金貨百五十枚、会計事務講師がひとり白金貨二百五十枚、交渉役相談講師がひとり白金貨三百五十枚だ」


「ああ、その金額には我が国で使われている一般的な事務処理票のフォーマットのお代も入っております。必要でしたらお使いください」


「ま、待て、公太女様。それはさすがに安売りが……」


「そうお考えでしたら来年もよろしくお願いいたします」


「わ、わかった。結果を鑑みて前向きに検討する」


「そんなこと言っていいのか? 冒険者ギルドとしては最低五年程度は残ってほしいほどだぞ」


「そ、そこまでか?」


「ああ、そこまでだ。冒険者ギルドの内訳を話すが、一般技能講師ひとり白金貨二百枚で三人、特殊技能講師ひとり白金貨五百枚でひとりだ。特殊技能講師はスヴェインと剣で戦えるだけの化け物。一般技能講師でも俺より強い化け物だ」


 そこまで聞いた会場は静まりかえりましたね。


 更に医療ギルドマスターのジェラルドさんが内訳を話すと更に静まりかえりました。


 そこまで安いのでしょうか?


 そのままシャルは円卓をぐるっと一周して必要な講師とそれの見積もりを提示して回りました。


 全員がシャルの出した見積もりに本当に良いのかと念を押す程でしたが……。


 シュミット公国ってそんなに発展してましたっけ?


 それから、夕方近くなってようやく鍛冶ギルドと服飾ギルドも戻ってき、賛成の意向を表明しました。


 シャルはこのふたつのギルドからはいささか以上強気の金額を提示したようですが反論はありませんでしたね。


 ……僕やシャルの強気設定が標準クラスなのでしょうか?

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