178.シュミット公国の講師たち
僕たちがティショウさんから噂の内容を聞いた翌日。
評議会館前広場にはたくさんの人が集まってきていました。
お目当ては、そこに高く掲げられている横断幕。
そこには各ギルドにどのような講師を何人、白金貨何枚で派遣しているかをすべて書き出してあるのです。
ちなみに錬金術師ギルドのところは空白です。
僕は錬金術師ギルドのギルドマスターであり、外部講師ではありませんので。
そして演壇の上にはシュミット公国公太女であるシャルロットが立っていました。
「皆様、おはようございます。シュミット公国公太女シャルロットです。皆様の間で我が国の講師陣の費用が高いという噂を聞きつけ、ここに提示させていただきました。これらはすべて契約書の写しであり、原本は各ギルドマスターと私が保存しております」
この言葉に民衆は騒然となります。
そうでしょう、一般人からすれば白金貨なんて大金が動く取り引きを堂々と公表するなどありえませんから。
「さて、この金額が高いかどうか。それは皆さんご自身の目で確かめていただきましょう。鍛冶ギルドに派遣している皆さん、よろしくお願いいたします」
シャルの合図で裏手から屈強な男たちが四人としなやかな女性ひとりがやってきました。
さて、今の〝シュミット流鍛冶〟見せていただきましょうか。
僕や師匠が渡した技術がどこまで再現されているか楽しみです。
「それでは皆さん始めてください!」
「あいよ、お嬢! 皆、時間は三十分だいいな!?」
「「「応!!」」」
民衆にはなにが三十分なのかわからないでしょう。
持ち込まれているのは……ミスリルと魔鋼ですね。
あれで三十分と言うことは講師になって二年から三年くらいでしょうか。
ケチりましたね、鍛冶ギルド。
「よいさ!」
「ほいさ!」
なにもないところから金床が取り出されて、ふたりの男により二本のインゴットが打ち合わされていきます。
それも熱源がないはずなのに赤熱化してですよ。
ふむ、その技法はマスターしてますか。
「合金化終わったぞ!」
「鍛造は任せろ!」
今度は次の工程、鍛造です。
これまたふたりの男によってインゴットが叩かれてみるみるうちに剣を形作ります。
「姉御、仕上げの研ぎお願いします!」
「あいよ!」
ここまで二十五分、頑張ればまだまだ短縮できますね。
勢いよく研がれた剣は一瞬だけ光り仕上げが行われました。
時間は……。
「三十二分。少し遅いですよ?」
「「「すみません、お嬢!」」」
民衆は完全に今のやりとりを理解できていないでしょう。
いえ、なにをしたかは理解していても頭が理解を拒んでいるでしょうね。
「さて、少々遅れてしまいましたが三十二分でミスリルと魔鋼の合金製ブロードソードが完成いたしました」
民衆は今頃になって理解が追いついたのかざわざわとし始めます。
反応が鈍いですね。
「さて、このブロードソードですがどなたかほしい方はいらっしゃいますか? 今お持ちの剣と交換でプレゼントいたしますよ」
この言葉に更に困惑が広がりました。
たった三十二分で作られた剣が本物かどうかわからないのにプレゼントされても困る。
それも、自分の剣と引き換えに。
そんなところでしょうか。
ですが、そんな中からひとりの男性が名乗りを上げました。
「本当にその剣をもらえるのか、お嬢ちゃん」
「はい。あなたの剣と引き換えでしたら」
「しかし、本当に切れるかどうかわからないものをだな……」
「はい。だからあなたの剣をこの剣で切って証明としましょう」
「……は?」
「私が切ってしまうと私の技術や魔法だと言われてしまいます。なので、あなたが切ってください。私があなたの剣を持っていますので」
「お、おう。いいのか? 本当に振り下ろすぞ!?」
「構いませんよ。どうぞ思いっきりやってください」
「うらぁ!!」
その男性が振り下ろした剣は見事にシャルの握っていた剣を切り落とし、石畳にまでめり込んでいました。
力の込めすぎですよ。
「は? 本当に切れた? 折れたんじゃなく切れた? え? 石畳まで切れている?」
「……力の込めすぎです。剣を引き抜いてください」
「は、はい」
「んー、少しゆがんでますね。すみません、修復をお願いします」
「あいよ、お嬢! アンタ、使う時はもっと慎重に使いな!!」
「は、はい!!」
修復作業も二分程度で済み、あらためて男性に剣が手渡されます。
「先ほどの通り切れ味は鋭いです【鋭化】のエンチャントを施してありますので」
「え、エンチャント!?」
「我が国では熟練鍛冶師が武器に【鋭化】か【硬化】のエンチャントを施すのは常識です。今回呼んだ講師の方はまだ未熟なので【鋭化】しか使えないのですが」
「お嬢! 恥ずかしいから余計な事言うな!?」
「事実でしょう? 本来ならもう少し腕の立つ仕上げ師を呼ばなくてはいけないのに」
「こっちでも勉強するからいいんだよ!」
「そうしてください。……置いてけぼりにしてしまいましたね。ともかく、【鋭化】を施してあるので取り扱いにはご注意を。あと、ミスリルを五割配合しているので切れ味はいいですがその分刃が欠けやすいです。定期的な手入れと鍛冶師へ研ぎの依頼を」
「こ、この国ではミスリル合金の研ぎができる鍛冶師なんてそんなに……」
「……困りました。そこまでとは。最終手段です、お兄様」
「はいはい。【自己修復】をかければいいのですね?」
「じ、【自己修復】!?」
「ちょっと剣をお借りしますよ……はい、終わりました」
「え、あの、その」
「これで、少し欠けたり切れ味が鈍っても時間が経てば修復されます。使い続けてヒビが入ったり、折れたりした場合はその限りではありませんのでご容赦を」
「わ、わかりました!!」
男性は剣を抱えて逃げるように立ち去っていきました。
〝シュミット流〟でも【自己修復】は珍しいでしょうが、【鋭化】くらいは普通なんですがね……。
「さて、鍛冶講師の腕前はもうご理解いただけたと思います。次、服飾講師!」
そのあともシュミット公国から呼ばれた講師陣が次々とその技術を披露していきます。
ですが、あまりにも数が多いので全ギルド分を披露し終わるのは夕方近くまでかかってしまいました。
「さて、最後に錬金術師のみ残ってしまいましたが……これは我が兄のスヴェインが何度も披露していると思いますので割愛します。……と言いますか。兄にデモンストレーションを頼むと、一気に大量のポーションを作るか、一瞬でポーションを作るかの二択ですのでよくわからないと思います」
失礼な言い方ですがその通りなので我慢しましょう。
今日は弟子たちも見に来ているはずなので、あまりうかつな真似はしたくありませんし。
「我が国の講師陣について理解していただけましたでしょうか? 明日以降も今日を含め一週間ほど……」
「ま、待ってくれ! シュミット公国の講師陣がすごいことはわかった! 支払っている金額相応の腕前を持っているのも理解した! これ以上のデモンストレーションはいらない!」
「あら、そうですか? 街の皆さんにご覧いただくためにもこの広場を一週間占有させていただく許可をギルド評議会議長からいただいておりますのに……」
その言葉にあたりは騒然といたしました。
これを同じことが一週間も繰り返される。
ものすごいことはわかるが心臓に悪い。
うん、仕方がないですね。
誰かが悪い噂を振りまいたせいなのですから。
「うーん、私どもといたしましては一週間続けたいのですが、どうなさいますか? ギルド評議会議長」
「そうだな。街の者たちにもシュミット公国の講師陣たちの素晴らしさはわかっていただけただろう。とりあえず今回はこれで良かろう。また悪い噂が出始めたらやってほしい」
「承知いたしました。この横断幕は掲げたままにしておいても?」
「構わない。街の皆にも我らがどれほどの血を流して改革しているのかがわかろうというものだ」
「かしこまりました。それでは……」
「ちょっと待ってくれ! なんで錬金術師の報酬がない!」
「そうだ! この街で一番活躍しているのは錬金術師ギルドマスターだろう!?」
「ええと……お兄様?」
「申し訳ありません、皆さん。錬金術師ギルドマスター、スヴェインです。僕の講義はあくまでも業務の一環として行っているもの。なので、講師代はいただけません」
「なら、公太女様! スヴェイン様を講師として呼んだ場合、いくらくらいかかるんだ!?」
「ええと……お兄様以上の錬金術師は我が国にはおりません。なのでそもそも講師に出すのが不可能となります」
「じゃあ、錬金術師ギルドマスターとして給金はいくらもらっているんだ!?」
なんだか変な方向に話が進んできましたよ?
どうすればいいんでしょう、これ?
「ええと、僕は錬金術師ギルドマスターとして……」
「ギルド評議会として各ギルドマスターの報酬額は年白金貨百枚と決まっている」
ジェラルドさん!?
火に油を注がないでください!!
「そんなの安すぎるだろう! 俺は『錬術師』だが、そこのギルドマスターのおかげで希望が持てるようになったんだぞ!!」
「私だって『錬金士』だけど錬金術師ギルドに入れる可能性があるんだって考えるとがんばれるもの! おかしいじゃない!?」
「そうだ! 錬金術師ギルドマスターにはもっと給金を支払うべきだ!!」
そこから先は大騒ぎです。
僕の講義を受けた方以外にも、街で暮らしていてポーションのお世話になった人々が僕の給金を上げろと大騒ぎしています。
これ、どうすればいいんですか!?
「静まれ! 錬金術師ギルドマスターには相応の支払いが行われるようギルド評議会から議題として提示する!!」
「ちょ!? ジェラルドさん!?」
「錬金術師ギルド内の問題にすればお主のことだ、年金貨一枚増額とかで済ませるであろう?」
「う……」
一講義あたり銀貨二十枚とか提案しようとしていたのがバレバレでした。
老獪さには勝てません!
「ともかく、この場は静まってほしい。錬金術師ギルドマスターには相応の額をお支払いする。それで良いな」
「……できれば金銭ではなく土地などがいいです」
「土地?」
「はい。この先いろいろな野望を達成するにあたりまったくもって土地が足りません。なので余ってる土地があったらください」
「それでは相応な額にはほど遠いのだが……」
「ともかく、土地がほしいのです!」
「わ、わかった。商業ギルドマスターと話をして検討する」
話が変な方向に進みましたが土地はもらえそうです。
あとは……シュベルトマン侯爵待ちですかねぇ……。
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