薬草栽培とスヴェインの野望
179.シュベルトマン侯爵の帰還
「やりました! 遂に私も高品質な霊力水の完成です!」
今日もアトリエにはニーベちゃんの元気な声が響き渡ります。
シュミット公国の講師に対する悪い噂を払拭する……ついでに僕の給金に対する騒動も起こった日から一週間。
僕はのんびりコウさんのお屋敷でふたりに修行させていました
あの騒ぎのあった翌日、緊急のギルド評議会が開催されて僕に対する土地の一部譲渡が正式に決定したのです。
そして、その中でも一番広い土地に錬金術ギルド支部を六階建てくらいで作ってもらうよう、建築ギルドへと依頼を出しました。
建築ギルドマスターは『シュミット公国の講師が来てなきゃ無理だって言ってたところだ』と笑いながら言ってましたし、関係は良好なようです。
建築費用として白金貨千枚を渡してきましたが、足りますかね……?
錬金術のアトリエは相応に頑丈でなければなりませんし、シュミット公国の講師にも目的は伝えさせてもらったので大丈夫だと信じたいのですが。
あとは……シュミット公国大使館がもうすぐ完成するということがありましたか。
シャルとしては僕も大使館に引き込みたいようですが、コウさんやニーベちゃん、エリナちゃんは意地でも屋敷から出したくないようです。
僕としてはどちらでもない、錬金術のアトリエを用意したかったのですが……ままなりません。
「よくやりましたね。ニーベちゃん。これでふたりとも高品質霊力水は完成ですか」
「はい! 上薬草も高品質になれば高品質ミドルポーションも視野に入ります!」
「果たしてそれはどうでしょうかね……」
「先生?」
「いえ、なにも。エリナちゃんはどうですか?」
「付与術スキルは完璧だと思います。それにしても、単純な属性魔力を込めるのって意外と難しいですね」
「そうでしょうそうでしょう。先にそれを師匠から教えられた僕の苦労をわかってください」
「あー……」
「それはキツそうです……」
「まあ、おかげで楽しい実験もできましたが。ともかく、これでふたりの進捗度合いはほぼ一緒ですね」
「はい! 待たせてすみません、エリナちゃん」
「ううん。付与術が遅れていたのも事実だし……」
仲が良くて本当に助かります。
いがみ合うようになっていたらどうしようかと心配でしたからね。
「そういえば先生。最近は錬金術師ギルドに行ってませんよね? お仕事は大丈夫なんですか?」
「ですです。私たちは午後アリア先生の授業ですから気にしなくてもいいのです」
「いや、それが。サブマスターのミライさんから特別な用件があれば呼び出すから、書類仕事は一週間に一度片付けに来てくれればいいと言われまして……」
「先生……」
「先生、本当に錬金術師ギルドのマスターです?」
「いや、面目ない」
そう、サブマスターのミライさんからは遂にギルドからの締め出しを食らいました。
商業ギルドや建築ギルドが正常化していろいろと箱物が頼めた以上、それが完成するまで改革作業は一時中断。
そうなると、僕はまた暇人となるわけです。
そのため遂に『いても邪魔です』と言われて一週間に一度か二度だけ顔を出し、貯まった書類を片づけるだけのお役目となってしまいました。
前錬金術師ギルドマスターは個人のアトリエを持っていなかったらしいので、そこで研究を行うこともできず、ギルドマスタールームにいてもせいぜい師匠の本を読みふけるだけのお仕事。
なので、いても邪魔、と言うのがサブマスターの判断です。
ミライさん、本当に立派になりました……。
「私たちは先生の授業を安心して受けられていいのですが……」
「ボクたちのそばにばかりいるとこの街のギルドが心配になっちゃうよね……」
弟子たちも言うようになりました。
……いえ、長々と放置していた僕が悪いのでしょうが。
「ほかになにか聞きたいことはありますか?」
「はいです! ディスパラライズの最高品質安定について、魔力水をどう使えばいいのでしょう!?」
「ああ、ボクもそれは気になります。どうしても半々程度の確率にしからなくて……」
「ふむ。ふたりとも頑張ってる上での質問ですしお手本とヒントを上げましょう」
「お手本だけでいいのです!」
「そこから先はボクたちでいろいろ試してみます」
ああ、本当に立派になって……。
そういえば、僕も段々ワイズや師匠から離れて考えるようになりましたね……。
「わかりました。では、お手本を……」
「スヴェイン殿はおられるか!?」
お手本をお見せしましょう、そう言いかけたとき、エントランスから大きな声が響いてきました。
この声は、確かミライさんの護衛のひとりですね。
なにか彼女にあったのでしょうか。
「ふたりとも」
「わかっているのです」
「先生、お気をつけて」
「ふたりも気をつけて実習するのですよ」
僕はふたりに注意を言い残してすぐにエントランスへと向かいました。
そこにいたのは、やはりミライさんの護衛の方ですね。
「ミライさんになにかありましたか?」
「い、いえ。ミライ様になにか直接あったわけではなく、その……」
「なにがあったんですか?」
「錬金術師ギルドにシュベルトマン侯爵が来訪されました。スヴェイン錬金術師ギルドマスターには至急錬金術師ギルドに……」
「ようやく来てくださいましたか!」
「あ、あの?」
「馬で来たのでしょう? ゆっくりでいいので戻ってきてください。ウィング!」
『呼ばなくても戻ってきているよ』
「助かります。錬金術師ギルドまで」
『了解』
僕を乗せたウィングは錬金術師ギルドまで駆け抜けます。
そして、錬金術師ギルドの門の前で僕が飛び降りると、横の方で大人しくしてくれているようですね。
帰りもありえますから嬉しいですよ。
「ギルドマスター!」
「話は聞いています。シュベルトマン侯爵はどちらに?」
「サブマスタールームです」
「ギルドマスタールームは施錠されていますからね。ありがとう、すぐに向かいます」
さて、階段を駆け上がりサブマスタールームの前までやってきました。
すると、内側からドアが開けられます。
「ギルドマスター!」
「ご苦労様です、ミライさん。それで……」
「本当にスヴェイン殿がギルドマスターなのだな」
「お久しぶりです。シュベルトマン侯爵」
「ああ。久しぶりだ。この街のギルドにケチをつけてやろうと考えてやってきてみれば、空気がガラッと変わっている。受付も丁寧だし、サブマスターもあのデブではなく華奢なお嬢さんだ。ギルドマスターが君だと聞きさすがに疑っていたのだが……」
「いろいろと縁がありまして、今は錬金術師ギルドのギルドマスターを務めさせていただいております。……ああ、シュベルトマン侯爵の推薦できる方の中でここの錬金術師ギルドマスターにふさわしい方はいませんか?」
「ひとりいると言えばいるが……君と君の技術を見れば絶対にギルドマスターなど受けないはずだ」
「……受けてくれることを祈ります」
「まあ、それは置いておこう。その人物もあと一カ月経たないうちにこの街へとたどり着く。それで、我が屋敷まで出向いて話をしたかった件というのはなんだね?」
さて、どうしましょう。
ミライさんの護衛とは言え人の多いところでは話したくありませんね。
「とりあえずギルドマスタールームに移動いたしましょう。ミライさんはどうしますか?」
「ええと、大事な話をしに行くんですよね?」
「はい。今後の錬金術師ギルド……いえ、この地方一帯にとって大切なお話です」
「お伺いします」
「腹は決まっているんですね」
「いい加減、スヴェイン錬金術師ギルドマスターには驚かされ続けています」
「よろしい。では、ギルドマスタールームに移動しましょう」
腹が決まっていると言うことなので、ミライさんも連れて三人でギルドマスタールームの扉をくぐります。
三人が扉を抜けて扉を閉めたら防護結界と遮音結界、それから……。
「プレーリー、よろしく」
「キュイ!」
「わ、ギルドマスター!? なんですかその生き物!」
「まさか……伝説に聞くカーバンクル?」
「はい。これで、防護結界、遮音結界、カーバンクルの完全結界の三層結界でこの部屋は守られております。アリアでもこの部屋をこじ開けることは不可能となりました」
「……ギルドマスター。やっぱり、私、退室させていただいても?」
「事を知るのが今日なのか明日なのかの差だけですよ。僕の腹はもう決まってますから」
「……ダメですか」
「……と言うことは、まさか!」
「まあ、ソファーに座りましょう。急がなくとも結果は変わりません」
前錬金術師ギルドマスター時代の最後の名残、豪華なソファーセットにシュベルトマン侯爵を案内し、僕とミライさんも腰掛けます。
さて、前置きは必要ないでしょう。
「シュベルトマン侯爵。僕は薬草栽培の方法を公開したいと考えています」
さて、どう動きますか、シュベルトマン侯爵?
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