329.『現実』を吹き飛ばす『努力』

「……できました。に【】エンチャントです」


 ユイさんが我が家にやってきてから約一カ月。


 遂に


「……ええっと。ホーリーアラクネシルクって実在したんですね? それに自分でエンチャントしておいてなんですけど、【全属性耐性】ってなんでしょう?」


「答えましょう。ホーリーアラクネシルクは実在します。聖獣シルヴァン・アラクネが作るシルクです。彼女、僕がいろいろと依頼をするものだから面白がって神話級素材まで作り始めました」


「うわー。知りたくなかったー」


「【全属性耐性】は僕が遺跡から復活させた遺失付与術ロスト・エンチャントです。ぶっちゃけ、セティ師匠が知っているかどうか怪しいです」


「……そんな危険物、教えないでほしかったなー」


「とりあえず、おめでとう。もう【魔力不全】のエンチャントも外してくれて結構です。……外した途端、恐ろしく魔力が活性化する可能性がありますが」


「外さなくちゃ……ダメ?」


「かわいらしく聞いても、お願いしてもダメです。外してください」


「はーい。外しまーす。……わー、魔力が本当にみなぎってくるー」


「はあ、本当によく頑張りました。まさか、ここまでやるだなんて」


「いえーい?」


 どうしてくれましょう、この危険な娘。


 本当に……。


「スヴェイン様。ユイさん、我が家に取り込むべきです」


「アリア様?」


「私もアリア様の意見に賛成です。神話級素材に遺失付与術ロスト・エンチャントをかけられる十五歳のエルフ。そんな危険物、野に放てません」


「リリス先生まで酷い!!」


「どこまでふたりが本気か悩みます」


「スヴェイン様まで!?」


「ですが、本当にどうしましょう? ましたわ。これではシャルの元に返せません」


「へ?」


「まったくです。ユイが自分の危険性を理解していないのが更に腹が立つ」


「ほ?」


「……この布を持ってシャルとセティ師匠に相談ですね。シャルとしてもこのような爆弾、抱え込みたくはないでしょう」


「は?」


 自分の危険性をまったく理解していない娘さんを聖獣に乗せ、一路シュミット大使館へ。


 そこでシャルやセティ師匠とも顔をあわせての会議です。


「お兄様。加減を知りましょう」


「……いやはや。こんなエンチャント、僕も知らないよ?」


「……えー?」


「さて、ひとりだけ事態を理解していない娘さん。どうしますか、公太女様?」


「返却不可で。シュミットでは扱いきれません」


「うん。さすがに無理かな」


「え? 私、お役御免? 捨てエルフになっちゃうの?」


 本当に事態をまったく理解していないのですね、この娘さん。


 仕方がないので順序立てて説明しましょう。


「まず前提。あなたはエンチャントが苦手。あってますね?」


「はーい。あってまーす」


「次ですわ。あなたはスヴェイン様の出した課題を次々こなしていった。あっていますよね?」


「はい、あってまーす」


「次に。神話級素材などと言う危険物を持っているのはスヴェイン様程度しかこの世界でもいないでしょう。理解できますか?」


「理解しちゃいましたー」


「次です。お兄様の復元したというエンチャント。これはセティ様すら知らない未知のもの。わかっていますね?」


「……わかってきちゃいました」


「結論です。シュミットではすでにあなたは扱いきれない人材です。スヴェインに引き取ってもらいなさい」


「わーい。憧れのスヴェイン様とアリア様のもとだー?」


 事態が理解できた娘さん。


 汗をダラダラかいています。


 すみません、諦めてください。


「それで、本当にどうするんですか。この子?」


「仕方がないので。僕のもとで働くなら本望でしょう」


「シュミットから堂々と人材を引き抜かないでください」


「引き抜くつもりはありませんでしたわ」


「スヴェイン、僕にもそのエンチャントを教えてもらえるかな?」


「あとでまとめて教えます」


「わーい。置いてけぼりだー。泣いちゃいそう」


 とりあえず、娘さん以外全員がいったん落ち着きました。


 さて、どうしたものか。


「とりあえず、服飾ギルドには代わりの人材を割り当て済みです。こんな娘に服飾ギルドで指導をさせてはなにをされるか……」


「そうだね。ともかく、スヴェインたちはこんな爆弾を作った責任は取ること。いいね?」


「覚悟はできました。と言うか、布の神話素材なんて僕でも扱えませんし」


「ホーリーアラクネシルク、そんなにあまっているんですか?」


「ええ。山のように量産を始めました。物作り系の聖獣は手に負えない」


「分けてもらうことはできますか?」


「可能ですが、エンシェントアラクネシルクなどよりも遙かに繊細ですよ?」


「無理ですね」


「僕もいらないなあ」


「というわけでユイさん。あなたの身元は僕たちが預かります。ホーリーアラクネシルクで服作りがしたいんでしょう?」


「う!?」


「ホーリーアラクネシルクを加工できる針を作れるのもスヴェイン様くらいですよ?」


「う!?」


「諦めなさい、ユイ。私が逃がしません」


「……お世話になりまーす」


 とりあえず、危険物となった娘さんの処遇も決まりました。


 ついでなので学園都市構想にも引き込みましょう。


 学園都市構想を彼女に説明するとがっつり食いついてきました。


「行きます。行きます、絶対についていきます! 席がないなら作ってでもついていきますとも!!」


「安心なさい。あなたの席はちゃんと用意します」


「席の準備ができるまでは腕を磨いていてくださいね」


「はい!」


「ところでユイはどこに住まわせるのですか? 我が家には空き部屋がありませんが」


「近所……と言うか隣が空き家になっていましたね。あそこを買い取り、改築してもらってユイさんの住居兼工房にしましょう」


「そこで表向きは仕立屋を営んでもらえばいいのでは? 不自然ではないでしょうし」


「裏の顔は婚約者?」


「妹分です。わきまえなさい」


「はーい、アリア様」


「お兄様のもとはまた賑やかになりそうですね?」


「まったくですよ」


「あ、シャルロット様。帰る前に採寸させていただいてもよろしいでしょうか?」


「採寸?」


「ホーリーアラクネシルクの服、ほしいですよね?」


「……はい」


 やれやれ。


 本当に賑やかな妹分が増えたようですね。

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