328.暴論と言う名の治療
「治療……可能性……暴論……崖から飛び降りる覚悟……」
僕の言葉を確認するかのようにつぶやくユイさん。
その目にはわずかずつですが光が戻っていきました。
「スヴェイン様、今の言葉、本当に?」
「はい。ですが、先ほども述べたとおりワイズマンズですらわからない未知。無駄に終わる可能性の方がはるかに高い」
「かけたい……」
つぶやいたユイさんの目には強い意志の炎が宿っています。
まったく、彼女もシュミットですね。
「お願いします。その治療に望みをかけさせてください! それでダメなら命だってくれてやる!!」
「……わかりました。治療を始めると話すこともできなくなります。先に説明を。これからあなたに【魔力不全】のエンチャントがかかったアクセサリーを身につけていただきます。それを身につけること体内の魔力の流れがすべて荒れ狂い、まともに話すことすらできなくなる。まずはそのアクセサリーを着けたまま日常生活を送れるようになってください。それまでの介助はすべてリリスに任せます」
「わかりました」
「……途中で諦めたくなったらなんとか意思表示を。諦めてもシャルを含め誰ひとりあなたを責めません」
「諦めません。始めてください」
「では始めます」
僕が彼女の腕にブレスレットをはめます。
その瞬間。
「あ……う……?」
彼女は糸の切れた操り人形のように崩れ落ちました。
やはり、このエンチャントはこのような効果があるのか。
「……最低限、生きるための身体能力は残るはずです。ワイズを残して見守らせます。では、がんばって」
「あ……い……」
僕とアリアはリリスとワイズを残して部屋を立ち去りました。
彼女が一日でも早く諦めてくれることを祈って。
********************
「スヴェイン様、また二階から転んだような音が……」
錬金術師ギルドの業務を終えて帰ってきたミライさんが怯えたように話しかけてきます。
「もう三日ですよ? 大丈夫なんですか、彼女?」
「まだ三日なんですよ……」
「はい。まだ三日ですわ……」
「ええ……」
「それだけ苦しい治療……いえ、暴論なんです」
「シュミット家ですら恐れた治療方針。早く諦めてほしいです……」
「それって、ちっとも大丈夫じゃないやつですよね?」
「大丈夫じゃないやつです」
「大丈夫じゃないやつですわ」
「ええ……」
本当に我慢強い。
ワイズからの報告によれば『なんとか立ち上がれるようになった』そうですが……。
そしてそのまま、更に一週間が過ぎ。
「スヴェイン様、ようやく日常生活が送れるように、なりました」
「ユイさん……」
本当に諦めなかった。
本当に成し遂げてしまった。
まだ崖から飛び降りていないのに。
「次、どうすれば、いいですか?」
「次があるとわかっていたんですね?」
「はい。最初に、まず、と言って、ました」
「……ユイさん。折れるつもりはありませんか?」
「はい?」
「そうですわ。あなたはがんばりすぎています。今ならあなたを家族として迎え入れる覚悟もあります。一緒にスヴェイン様を支えて生きていきませんか?」
アリアがそこまで告げるとユイさんは大粒の涙をこぼしながら答えました。
「ごめん、なさい。もう無理、です。希望、見ちゃいました。もう、戻れません。どうか、治療が、失敗するまで、待ってください」
「……わかりました。あなたの努力を踏みにじり申し訳ありません」
「……次の課題です。今からあなたに【エンチャント阻害】のエンチャントがかかったアクセサリーを四つ着けます。【エンチャント阻害】はエンチャント自体が失敗しやすくなる上、本来成功したはずのエンチャントまで失敗させます。ある一定の条件でアクセサリーは崩れ落ちますからすべて壊れるまでエンチャントを実行してください。まずはマジックスパイダーシルクに【防汚】を」
「は、い」
僕が出した次の課題ですが、ユイさんはわずか五日でクリアしてしまいました。
その次の課題は更に短く四日。
更にその次は三日。
そして、次の課題。
「シャイニングスパイダーシルクに【衝撃耐性】を。……本当にやめないんですね?」
「はい」
日をますごとに彼女は動作も普通のものとなり、今では完全に元の動作を取り戻しています。
……ここで折れることはもうできないのでしょう。
実際、二日後、僕が錬金術師ギルドで働いているときにワイズから連絡がありました。
『スヴェイン。成し遂げたぞ』
「ワイズ?」
『【衝撃耐性】エンチャント、成功じゃ。本人は疲れ果てて眠っている。お主が帰ってきたら次の課題をせがむであろう。次を考えておけ』
「……弱りましたね」
まったく、シュミットは……。
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