327.『努力の鬼才』すらおののく暴論

「そうですか。ユイは……」


 翌日朝、シュミット公国大使館にてシャルとアリアの三人でユイさんの件を話し合います。


 原因はわかったこと、ワイズですら症状を聞いたことがないこと、ユイさんが打ちひしがれていることなど。


 残酷ですが、報告しなければなりません。


「お兄様でも対処不可能ですか?」


「シャル、あなたもですか?」


「公太女としてもシャルロットとしても、彼女を手放すのは惜しいです。彼女がシュミットからきたのは先輩に勝ったからと言うことになっていますが、実質的には修行に送り出されたのです。それほどまでに彼女の努力は誰もが認めているもの。手放すのはあまりにも惜しい」


「僕にも限界はあります。今はワイズマンズが話し合っていますが、答えが出るかどうか……」


「それでケットまでいないのですね。納得しました」


「ケットまでかり出されましたか。本当にワイズマンズが全員揃ってますね」


 ここまでの総力戦、聞いたことがありません。


 それほどまでに絶望的と言うことなのでしょう。


「シャル、あなたは、いえ、公太女としてどう動くのですか?」


「治療方法がないのであれば、どうするべきか。シュミットからエンチャントを使えるものを呼ぶのは確定です。確定ですが、ユイをどうするべきか……」


「シャル、本当にどうにもならないんですの?」


「アリアお姉様、彼女を切り捨てるような真似は絶対にいたしません。ですが、彼女がどう動きたいのかまったく読めません」


 そう、問題はユイさんがどうしたいのか。


 彼女の決断次第でどうとでもなってしまうのが現状です。


「本当に困りました。そんな症状があるだなんて……」


「おそらく今までにならなかったのは、少しずつでも伸び続けていたからでしょう。でも、ここに来てそれも限界が来てしまった。それがワイズの見立てです」


「彼女、エンチャントを除けば本当に有能なんです。できれば仕立て師として残ってほしいのですが……」


「昨夜の話を聞く限り、彼女はそれをよしとしないでしょう。エンチャントのできないシュミットの服飾師は不要、と自分で自分を切り捨てていましたから」


「……やけは起こさないですよね?」


「目に見える監視をつけています。今は泣きつかれて寝ていますね。昨夜から泣いて、疲れて寝て、起きて泣いて、を繰り返しているようです」


「いたたまれないですわ」


「まったくですね……」


「努力が報われない現実がここまで苦しいとは」


 三人揃って頭を抱えます。


 シャルは公太女とはいえ僕よりふたつ年下。


 僕とアリアも十五歳になるかならないかですから圧倒的に人生経験が足りません。


 そしてもっとも致命的なのは全員が〝シュミット家〟、努力で力をつかみ取ってきた人間ばかりです。


 その努力が否定されている現状、どうすることもできないのがなんとも……。


『スヴェイン、アリア、シャル。結論が出たぞ』


 僕たちが悩んでいるところにワイズが戻ってきました。


 彼が持ってきた結論とはどういうものなのでしょう?


「ワイズ、結論とは?」


『まず前提じゃ。ワイズマンズ全員が共有した結果、前例を聞いた試しがない』


「わかりましたわ」


『次に、おそらく今まではわずかずつではあっても限界は伸び続けていた』


「はい、おそらくは」


『そこから導き出される結果として、に至った』


「「「?」」」


『試してみる価値はある。前例がない故に仮説でしかない。セティにも確認を取ったがそれよりほかないと言われた。あやつですら苦い顔をするような仮説だが』


 セティ師匠が苦い顔をするような仮説。


 ワイズから語られた内容は確かにセティ師匠でも苦い顔をするようなものでした。


「ワイズ……」


「ワイズ?」


「さすがに……」


『全員が出した結論じゃ。これを試すよりほかない』


 語られたの内容はと言うよりでした。


 それも〝シュミット家〟が戦慄するような暴論です。


『セティの知識にはこれを試す方法はないそうだ。だが、スヴェイン。お前の復元した技術の中に該当するものがあるな?』


「あります。ありますし作れます。ですが……」


『これを試すかどうか、あの娘に聞くほかあるまい。そして、効果がなければ本当にワイズマンズですら道を示せないこととなる』


「ワイズ、さすがに私でも投げ出すような内容ですよ?」


「私もです。さすがにできる気がしません」


「僕だってできるかどうか。ほど怖いものもない」


『儂ですら心苦しい。だが、道を切り開くとはそういうものじゃ』


「ですが……」


「はい……」


「指針も指標もない。まったくの未知をいくどころかというようなもの。話はしますが……」


『ともかく話すしかない。儂もできうる限りのサポートを行う。それが精一杯じゃ』


 ワイズが僕たちのこと以外でここまで積極的なのは今までなかったことです。


 つまり、それだけの道程……いえ、と言うこと。


「お兄様、話をしてきてください」


「……わかりました。妹に貧乏くじを引かせているのです。これくらいの恨みは買いましょう」


 僕とアリアは自宅へと引き返すとリリスの部屋へ向かいます。


 監視の聖獣たちの報告だと、ユイさんは起きてぼーっとしているとのこと。


 話すなら今しかないでしょう。


「入りますよ、ユイさん」


「……どうぞ」


 弱々しい声ですが入室許可は出たので部屋へと入ることに。


 ユイさんは……焦点の合っていない目でこちらを見ていました。


「ユイさん。あなたのことをシャルに報告してきました」


「……そうですか。申し訳ありません。あと一日だけ。一日だけここに泊めてください。そして、できればお情けを。それを一生の宝として生きていきます。どうかお慈悲を、スヴェイン様、アリア様」


 ダメです、完全にやけを起こしています。


 ですが、彼女にはをしてもらわねば。


「ユイさん。ワイズがあなたを治療できる可能性があるを出してきました。本当に進む道があるのかはワイズマンズですらわかりません。シュミット家ですら恐れる暴論、はありますか?」

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