326.すべての『努力』を吹き飛ばす残酷な『現実』

「え? どういう意味ですか?」


 ユイさんが呆然となって問いかけてきます。


 ですが、僕にできるのは答えを告げることしかない。


「あなたの魔力は使っている間に一瞬だけ、本当に一瞬だけ枯渇するんです。その一瞬が問題となりエンチャントが失敗する。これが結論です」


「え? アリア……さま?」


「申し訳ありません。私もスヴェイン様と同一の見立てです」


「わいずさま……」


『……すまぬ』


「うそ……ですよね?」


 立ち上がったユイさんが僕にしがみつく……いえ、すがりついてきましたがどうすることもできません。


「うそだ。うそだ、うそだ! そう、これは悪い夢。目が覚めたら憧れのスヴェイン様とアリア様に会える日で、リリス先生にまた会うことになって、乙女の恥ずかしい秘密を話すことになるんだ。そうだよ。そうなんだ。そうでしょう。そうだといって! ねえ、誰か!!」


 半狂乱状態に陥った彼女を僕は抑えることしかできなく……段々と力が増していきます。


 このままでは……。


『マジックショック』


「!?」


 取り乱したユイさんをワイズが気絶させました。


 乱暴なやり方ですが……仕方がないでしょう。


『スヴェイン、どうする?』


「ワイズ、どうにかなりませんか?」


『ううむ……寡聞にして聞いたことのない症例。儂でも答えが出ぬ』


「ワイズ、あなたでもですの」


『森の賢者とて限界はある。しかし、本当に致命的じゃ』


「ワイズ様、本当にどうにかなりませんか?」


『リリス、お前までもか』


「彼女の輝きは半年ですが見ました。それを考えれば取り乱すのも無理はないのです。なにか知恵は」


『スヴェイン。賢者の果実を使ってもよいか?』



********************



「う……」


「目が覚めましたか?」


「あ、スヴェイン様? わたし……」


 もう深夜と呼べる時間帯。


 ようやくユイさんが目を覚ましました。


「ここは……?」


「リリスの私室です。倒れる前のことはどこまで覚えていますか?」


「下着姿になって、エンチャントを試して、スヴェイン様たちから限界を告げられて……ごめんなさい。そこまでです」


「そこまで覚えているなら十分です。まずはこれを食べてください。ゆっくりとで構いません」


 僕は果物を……賢者の果実をすりおろしたものを彼女に食べさせました。


 これでです。


「あの。これって」


「嘘をついても仕方がありません。それは賢者の果実。魔力に関するすべての能力が向上する果実です」


「……向上する


 正確に意図が伝わってしまったようです。


 向上する


 つまり、


「とりあえず今は体を、心を休めてください。あなたの症状については僕の契約しているすべてのワイズマンズが共有し話し合っています。ひとまずは……」


「それって、聖獣様の賢者でも解決策がわからないって意味ですよね?」


「……残念ながら」


「嘘じゃないんですね」


「……はい。まことに残念ながら」


「私、努力してきたんです。遠目で見たスヴェイン様とアリア様の姿に憧れて。自分もああなりたいって。ああなれるんだって信じて。まだ十三歳で講師資格を得られたときは本当に嬉しかった。スヴェイン様とアリア様がお戻りになったときは本当に安堵した。スヴェイン様たちのいる街からお声がかかったときは、先輩たちを〝シュミットの流儀〟でねじ伏せて権利をもぎ取った。……でも、ここまでなんですね。私のなんですね」


「気休めは言えません。今は体と心を休めてください。ワイズマンズたちも努力しています。あなたの努力はリリスさえ評価していました。なので……」


「でも、ですよね?」


 本当に、本当にままなりません。


 彼女を勇気づける言葉もない。


「賢者の果実を食べれば最大魔力が向上します。僕もエンチャントアイテムで補佐します。ですから……」


「結局は旅は終わってるじゃないですか。少しだけ、ほんの少しだけ道が延びただけで」


「……はい。、あなたはどんなに努力してもそれ以上のエンチャントはできません」


「私、シュミットの服飾師、やめなくちゃいけませんか?」


「その判断は僕が下せるものではないです。エンチャントはほかの仕上げ師に任せるという手段もあります」


「でも、それじゃあシュミットでは半人前です。先輩たちを押しのけたのだって、エンチャントなしだったからです。エンチャントありだったら負けは確実でした」


「ユイさん……」


「ごめんなさい。ひとりにしてもらえませんか?」


「監視はつけます。今のあなたは放っておけない」


「わかりました。……ごめんなさい」


「あなたが謝る理由はありませんよ」


 僕は彼女の望み通り部屋をあとにします。


 そして扉の向こうから聞こえてくるのは、泣き声。


 防音処理が施されているはずなのに、はっきりと聞こえてきました。


「スヴェイン様」


「リリス。あとをお願いできますか?」


「はい。この結果はいつ報告を?」


「明日の朝には。……報告したくないですが、原因がわかってしまった以上は報告しなければ」


「かしこまりました。あとのことはお任せを」


「よろしくお願いします」


 幼い日の僕やアリアを見てきたリリスが認める努力家のユイさん。


 彼女を拒んだ残酷な現実。


 まったくもって、理不尽です。

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