325.服飾師 ユイ

「スヴェイン様、アリア様、リリス様。あらためて自己紹介を。シュミットから派遣されてきている講師、『服飾師』ユイと申します」


 シャルから話を聞いた日、すぐにアリアとも話をして翌日には服飾師を迎え入れることにしました。


 シャルからのお願いを無碍にはできないのと、ユキエさんのような人を出さないためです。


「少しぶりです、ユイ。目は覚めましたか?」


「はい。おかげさまで……さすがにあんな真似は二度とごめんです、リリス『先生』」


「リリス?」


 このユイという少女、なぜリリスのことを先生と?


「半年だけですが、この子は私に師事していました。すでに私の技術を超えていたというのに、見直しがしたいからと」


「そうなのですか。いつの間に?」


「スヴェイン様が出奔して半年ほど経った頃です。この子はすでに様々な師匠の元を渡り歩き、その技を盗み続けていました」


「リリス先生は盗める技がなかったので悔しいです。半年ほど経ったらいきなり卒業を言い渡されて」


「私にも教える技がなかったのです。遊ばせておくのはもったいない逸材だったために卒業させました。なのに……」


「申し訳ありません……国元を離れて気が緩んでいました」


「この際ついでです。私が宿でした『お仕置き』。あなたの口からスヴェイン様とアリア様に説明なさい」


「え。それはさすがに乙女心が……」


「あなたが語らないなら今晩にでもスヴェイン様たちに打ち明けます」


「……それは乙女心がもっと傷つくので私から説明いたします。ただ、屋外では」


「そうですね。私もそこまで鬼ではありません。我が家の恥にもなりますので家の中でどうぞ」


 リリス、お嫁に行けなくなるレベルとは聞きましたがどこまでやったんですか?


 聞くのが恐くなりましたがリリスも許さないでしょうし、聞くしかないでしょう。


 とりあえず彼女にはリビングへと来てもらい、話を聞くことに。


「では順を追って説明なさい」


「はい。まず、宿の窓を全開にされて部屋の鍵を外されました」


「ほう」


「そのあと、下着も含めてすべての衣服を奪われ丸裸に」


「あら、まあ」


「次に腕を後ろ手に捕まれて口を塞げない状態にされました」


「……」


「それから、お尻を扉の方へ向けられた状態で百叩きです。痛みと羞恥心で涙がこぼれましたが万が一叫んで部屋に誰か来ると乙女の一番大切な部分が丸出しだったので唇を噛んで耐えました」


「……リリス、やり過ぎです」


「ちなみに服飾の子全員が同じ目にあって耐えしのぎました。全員宿の最上階だったため覗かれることもなく済みましたが、誰かひとりでも耐えられなかったらどうなってたかと考えると今でも震えます」


「……リリス」


「もし誰かに見られてたら、本当に野良犬に純潔を捧げなければいけない羽目になっていました」


「申し訳ありません。さすがにそこまでだったとは……」


「そのくらいしないと反省しないでしょう」


 このメイド、加減を知りません。


 本当にこんな怖い人だったのかな……。


「ですがこれで羞恥心も思い出せたでしょう?」


「嫌というほどに思い知りました。猛省していますので、これ以上はお許しを」


「……リリス。とは?」


「衆人環視の中で同じことをします、とつぶやいただけです。同時に杭で純潔を奪う、とも」


「リリス、本当にやり過ぎです……」


 このメイド、恐ろし過ぎます。


 お仕置きさせるときは手加減するようにお願いしましょう。


「スヴェイン様、杭で純潔をうばわ……」


「焼けた鉄で純潔を失うのがお望みで?」


「申し訳ありません!」


 この娘さんも勇気がありますね。


 命知らずでしょうか?


「……ええと、スヴェイン様、アリア様。本題に入ってもよろしいでしょうか。そろそろ震えも止まってきました」


「震え?」


「ごめんなさい。これでダメだったらあとがないと思うと怖くって……」


「そういえば、セティ師匠でもダメだと」


「はい。少しだけですが確認していただけました。セティ様でも『理由がわからない。あなたの努力不足ではないのにエンチャントが付与されていない』と」


 セティ師匠が『努力不足ではない』と認めているのに『エンチャントが付与されていない』?


 ますます理由がわかりません。


「……私、スヴェイン様とアリア様に確認していただいてもダメだったら国元に戻るつもりです。もちろん、引き継ぎはいたしますが指導能力が欠如している指導者など不要ですから」


「ユイ、あなたらしくない。本当にどうしたのです? 私の元で技術を磨いていたときはあんなに輝いていたのに」


「本音を言うと伸び悩みを感じ始めたのは半年前からなんです。その頃から難しいエンチャントだけうまくできないようになって。簡単なエンチャントはいくらでも成功するし、私が見極めたエンチャント容量すれすれまで多重エンチャントもできるのに」


「難しいエンチャントだけが失敗する、と」


「はい。どんなに努力しても、あがき苦しんでも、一定以上の魔力を消耗するエンチャントになると成功しないんです。なにか心当たりはありませんか?」


「心当たり……ですの?」


「ちなみにあなた、魔法の才能は?」


「【付与魔術】を極めているだけです。【魔力操作】はもちろん極めていますが、属性魔法の才能はほぼありません」


「【付与魔術】は極めている……」


 どういうことでしょうか?


 そこまでたどり着いているなら上級エンチャントでも努力次第で失敗しなくなるはず。


 ……ん、ですが。


「あなた、僕と初めて会ったとき【斬撃耐性】の付与にも苦慮していましたよね?」


「……はい。エンチャント、スキルレベルがどんなに上がってもうまくならなかったんです。スヴェイン様の見立てはあっていました」


「ますます意味がわかりませんわ……」


「シュミットではエンチャントの修行はしていないわけではないですよね?」


「……私がエンチャントを行うと異様に失敗率が高かったため、エンチャントをかける仕上げだけは別の者が担当していました。自主学習はしていましたが効率は上がらず、否応なしに対応を迫られるコンソールに来て初めて腕前が上がり始めたのです」


「本当に意味がわかりません……」


「さて、どうしたものか……」


 想像以上に難題です。


 セティ師匠でさえお手上げだった難問、どう答えを出すべきか。


「とりあえず実際にエンチャントを実演していただきましょう。アトリエにどうぞ」


「はい。失礼いたします」


 場所をリビングからアトリエに移し、僕は彼女にお題を出します。


 まずは……一番簡単なところからいきますか。


「失礼ですが、基礎の基礎から。この麻の布に【防汚】のエンチャントを」


「はい」


 彼女に実演してもらいましたが問題なく成功。


 段々と難易度を上げていっても失敗はなし。


 彼女が『難しい』と言い出したあたりからは、たまに失敗するようになりましたが特に異常なしと言えるでしょう。


「次。【衝撃耐性】」


「……ここからが必ず失敗します」


 彼女の申告通り【衝撃耐性】は何十回やってもダメでした。


 途中からワイズも呼んで確認してもらいましたが結果は『理由不明』。


 彼に言わせてもなお『正常で綺麗な魔力の流れをしておるのに失敗している』そうです。


 難易度を一段階下げればまた成功するようになる。


 これは一体……。


「……ダメですか?」


「もう少しだけがんばってみましょう」


「はい。がんばるだけでしたら、いくらでも」


 その言葉通り検証は日が傾くまで続けられました。


 それでもわからない……あれ?


 今一瞬だけ……。


 でも、それなら仮説が通る?


「スヴェイン様?」


『なにかわかったのか? スヴェイン」


「なにか、なにかわかりましたか!?」


「ユイさん。?」


「え?」


「ああ!」


『なるほど』


「え、あ、う、あの、その。せめて、せめて体を拭わせてください! そうしたらいくらでも……」


「勘違いしないでください。調


「まりょくのげんりゅう?」


「はい。血が心臓から体中を巡っているように、魔力も体中を巡っています。その流れを確認させてください。服の上からだと見えにくいんです」


「は、はい。どこまで脱げば……」


「下着姿……は大丈夫ですか?」


「はい! それで可能性が見えるならいくらでも!」


 ユイさんは勢いよく服を脱ぎだし、下着姿に。


 そうして、失敗する一段階前のエンチャントを試してもらいます。


「問題ないですわ」


「問題ないですね」


『問題ないのう』


 次は本命、エンチャント。


 ……ああ、なるほど。


 これは致命的な……。


 仮説が成り立ってしまいました。


「スヴェイン様……」


『スヴェイン……』


「あ、あの! 理由がわかったんですか!? 教えてください!!」


「理由を話します。落ち着いて聞いてください」


 彼女をいったん落ち着かせてから理由を話します。


 あまりにも致命的で残酷な現実を。


「ユイさん。あなたの体は。これでは、それ以上の魔力量を必要とするエンチャントは成功しません」

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