『努力の鬼』

324.〝ノーラ〟と〝シャル〟、小さな仕事と半分のお願い

 ユキエさんが正式な意味で本部の指導講師になり、エレオノーラさんが講習専任となり早一カ月と少し。


 コンソールも夏真っ盛りです。


「はあ……」


「シャル、遊びに来いと朝から連絡を寄越しながらいきなり溜息ですか?」


「この一カ月はいろいろとやっていましたから……」


 シャルはユキエさんの一件もあり、コンソールに来ている講師たち全員ひとりひとりと面談をしたそうです。


 皆、大なり小なり不満を抱えていたそうで、シャルはその解決に奔走していたとのこと。


 少しは労ってあげるべきでしょうか?


「シャル、そんなに大変だったのですか?」


「ノーラから正式にシュミット行きを断られました……」


「ノーラってエレオノーラさん?」


「はい、エレオノーラさんです……」


 それって前々から断られていたような?


 なぜその話を今?


「ノーラ、野望ができたそうです。になるって……」


「僕が誘いましたからね」


「お兄様のせいです!」


 シャルが室内で使うにはあまりにも危険すぎる魔法を使ってくれました。


 僕が魔法を無効化したのでまったく問題なかったのですが……ただ防いだだけでは甚大な被害が出てましたよ?


 シュミット大使館の使用人たちでさえ逃げ腰になってますし。


「お兄様が! 学園都市の! 壮大なる! 夢を! ノーラに! 熱く! 熱く! 語って! 勧誘! したそうじゃ! ない! ですか!」


 言葉が途切れるたびにの『』がをうち放ちます。


 あーあ、使用人の皆さん、完全に恐怖で泣いてますよ……。


「はい、勧誘しました。翌日には誘いに応じてくれました。それがなにか?」


「私、それを知ったの、昨日です……」


「……毎週のように会っていたのでは?」


「シュミットの講師たちの聞き取りと要望に応えるため、一カ月以上会ってませんでした……」


「それはそれは」


 なんとも申し訳ないことを……。


 ん?


 普通の公太女ってそれくらい忙しいのでは?


「それで一カ月ぶりに会って楽しくお茶をしようと思っていたのに、会うなりいきなり深々と頭を下げられて『シュミットには絶対にいけなくなりました』と泣きながら謝られました……」


「エレオノーラさんも律儀ですね」


「頭を上げさせるだけでもかなり時間がかかりましたし、泣き止むまでだと一時間はかかりました。詳しく話を聞けば、お兄様の野望に乗るためだと」


「……本当に律儀な」


「お兄様の話を聞くまでは将来的にシュミットに渡り技術を学ぶことも考えていたそうです。でも、そんな、お兄様の話を聞いたあとではもう考えられなくなってしまったと。もう私に会う資格すらないとまで言い出しました」


「律儀を通り越してなんと呼べばいいのか」


「本当に大変でしたよ。話を聞き出し、私と会う資格がないなんてことはないと言い聞かせ、むしろそれだけの覚悟を持てたことに誇りを持つよう説き伏せ、今後もお友達、いえ、親友として会い続けることを約束するまで。それこそ、夜が更けるまでかかりました」


 なるほど、それで今日はシャルの目に隈ができていたのですね。


 シャルはシャルで律儀な。


「それにしてもシャル、あなたがエレオノーラさんのことを『』ですか」


「はい『』です。あれほど誇り高いものを友人に持てるなど、まったくもって幸運です。公太女としては残念で仕方がありません。ですが、シャルロットとしてはあまりにも嬉しすぎて私まで泣いてしまいました」


「……よかったですね、シャル」


「まったくです。素敵なを紹介していただきありがとうございます、お兄様」


 シャルが他人をなどと呼ぶのは初めて聞きました。


 それだけ嬉しかったのでしょう。


「それで、昨日はどうしたのです?」


「夜遅くなってしまったため家には使いの者を出し、ノーラには大使館に泊まってもらいました。一緒に食事を取り、一緒にお風呂に入り、夜寝るまでお話をして、一緒のベッドで眠る。本当に幸せな時間でした。男女ではないですが、アリアお姉様の気持ちが少しだけわかった気がします」


「なぜ愛称呼びに?」


「いつの間にか。気がついたら私は〝ノーラ〟と呼び、ノーラも私を〝シャル〟とだけ。愛称で呼び合える親友がいるなんて幸せです」


「本当によかったですね、シャル」


「この街に来て、いえ、私が覚えている限りこれ以上幸せなことはありません。本当に、本当にこの街を、ノーラを紹介してくれてありがとうございます、お兄様」


「いえいえ。すべてはエレオノーラさんとシャルの頑張りがあってこそ。ワイズあたりに言わせると『必然』と言われそうですが」


「『必然』ですか。そうだったのなら本当に嬉しいです」


 まったく、運命とはわからないものです。


 なにが互いを引き寄せるのか。


「それから、今朝ノーラが出勤する直前、ノーラと契約したいという聖獣が現れました。本人はかなりボロボロで『ほかの聖獣たちから権利を奪い取るのに苦労した』そうです」


「……なんですか、その物騒な聖獣は」


「昨日ノーラの高潔さをたまたま知り、目をつけていたほかの聖獣たちから契約順を奪い取って来たそうです」


「……僕のところでさえ、そこまで物騒な聖獣はいませんよ?」


「それだけ心動かされたのでしょう。今も街の上を心配そうに飛び回っています」


「街の上……フェニックス?」


 シャルが指さす窓の方をみると、錬金術師ギルドの上空を飛び回るのフェニックスが一匹


 ですが、あれほどの聖獣、エレオノーラさんでは……。


「聖獣契約もほぼでした。聖獣側から魔力をノーラに流し込み、それを聖獣が受け取る。おかげで、フェニックスのはずなのにいまだにボロボロ。魔力枯渇寸前なのに休もうともしません」


「……名はなんと?」


「『フェニ』です。私がフェニックスに『ニクス』と名付けていることを知ると、迷わずそうつけました。揃えば『フェニックス』だから、と」


「本当に仲の良い」


「うらやましいでしょう?」


「少しばかり」


 僕にはアリアがいて支えになってくれていましたが、シャルにもそんな親友ができたのでしょうか?


「それで、自慢するために僕を呼びつけたのですか?」


「半分は。少しだけお仕事のお話と残り半分のお話があります」


「では少しだけのお仕事の話から聞きましょう」


「服飾ギルドに派遣されている講師のユイはご存じですか?」


 ユイ……ユイ。


 ああ、ひょっとして。


「講師陣で一番若い女の子ですか?」


「はい。よくわかりましたね」


「前に服飾ギルドを訪れたとき、僕に『純潔を捧げる』だの『愛している』だの言ってましたよ」


「……それ、リリス様はご存じで?」


「お仕置きもしてもらいました。宿の個室でなければお嫁に行けないレベルのお仕置きだったとか」


「では、私からは口頭注意だけにとどめておきましょう。次に同じようなことをすれば容赦しないとも」


「……魔法で純潔を奪う、とかはあまりにもかわいそうなのでやめてくださいね?」


「野良犬に操を捧げ続ける生活の方がマシ、と感じる程度でとどめておきます」


「……かわいそうなので絶対におやめなさい」


「……まあ、それも仕方がないでしょう。彼女は十五歳。お兄様と同い年でずっと憧れていましたから」


 若い若いとは感じていましたがそこまでですか。


「よくシュミット講師になれましたね?」


「彼女もまた努力の鬼です。ちなみに、彼女が服飾チームのリーダーでもあります」


「……服飾ギルドってそこまで講師代をケチったのですか?」


「いえ。彼女もまた志願組です。街で遠目から一回でもお兄様の姿が見られれば本望だと」


「なるほど。去年シュベルトマン侯爵に腕前を披露させたとき【斬撃耐性】を付与できたのもあながち奇跡ではなかったと」


「いえ、彼女はエンチャントを苦手としています。お兄様へのお願いは彼女にエンチャントの指導を頼みたいのです」


「僕の個人指導ですか。それが彼女の悩みだと?」


「正確にはエンチャントの才能だけが伸び悩んでいることが悩みだと。魔術講師にも相談し、私も確認しました。セティ様まで少し様子を見たのに『原因不明』という結果に」


「それを僕に解決しろと?」


「解決しろ、までは望みません。せめて憧れの人の個人レッスンを受けられれば、気が少しでも晴れるのではないかと」


「そこまで追い込まれていますか」


「彼女なしでは服飾チームが崩壊するんですよ……」


 相当ですね、これは。


 シャルに親友もできたことですし力を貸しましょう。


「状況は理解できました。体の関係を迫ってこないなら個人レッスンをしましょう」


「できれば、アリアお姉様も一緒に。彼女はアリアお姉様にも強い憧れを抱いています」


「わかりました。アリアにも話ををつけます」


「ではお願いします。彼女には今夜にでも話を通しておきますので」


「ではこちらもできる限り早く動けるようにします」


 シャルが〝今夜に〟と言うくらいです、相当危険なのでしょう。


 アリアの了解が得られれば明日にでも動かねば。


「それで、仕事の話は終わりですか?」


「はい。それで、残り半分のお話は『フェニ』のことです。彼女に休むよう説得していただけませんか?」


「そちらも急務ですね。わかりました。すぐにでも」


「よろしくお願いします」


 僕は早速ウィングに乗って『フェニ』の元へ。


 彼女、本当に魔力枯渇すれすれです。


『『聖獣郷』の主ですか。何用でしょう?』


「初めまして、『フェニ』。あなたの主の雇い主、スヴェインと申します」


『よく知っています。私は……』


「エレオノーラさんのことが心配なのでしょうが、いったん羽を休めて魔力回復に努めてください。このままでは深刻な魔力枯渇を起こします」


『それは……』


「契約聖獣が深刻な魔力枯渇を起こした場合、契約主から急速かつ強制的に魔力を奪い取るのはご存じでしょう?」


『ええ……』


「本来、エレオノーラさんはあなたを受け入れられる程の魔力量がありません。それなのにあなたが魔力を奪い取ったらどうなるかは想像できるでしょう?」


『……』


「僕の契約聖獣も彼女を隠れて護衛しています。この街はエンシェントホーリードラゴンにも守られている場所です。例え古代竜エンシェントドラゴンでも彼女を傷つけることはできません」


『はい……』


「彼女も時折心配そうにあなたを見上げています。彼女のためにも彼女から見える位置で羽をお休めなさい」


『……わかりました』


 不承不承といった感じではありましたが、彼女も地上に降り立ち羽を休めてくれました。


 ギルドに入ればエレオノーラさんも相当心配していたのか、お礼を言われてしまう始末です。


 契約権を奪い取ったり過保護だったり……聖獣も人間くさいですね。

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