566.『簡単な』マジックバッグ
第二回定期ギルド評議会を終え、僕の講習会も終えた次の日。
ティショウさん、ミストさん、フラビアさんの三人が錬金術師ギルドに遊びに来ました。
さて一体何用でしょう?
「前回のギルド評議会じゃ世話になったな、スヴェイン」
「はい。あれほどの技術書を実質無料でいただくなんて……」
「こちらが申し訳ないです」
「気にしないでください。僕の野望に必要なことですから」
「そっか。なら遠慮せずに受け取っておく。実際、あれの存在を知った講師どものやる気がめちゃくちゃ変わったからな」
「指導でも厳しくなりましたか?」
「いや、厳しくはなっていない。むしろ、わかりやすくなった。変わったのは休憩時間だ。休憩時間中、今までも講師同士で訓練をしていることがあったが今じゃその迫力がまるで変わった。お互い魔鋼の訓練剣で〝シュミット流〟の戦いをしているはずなのに、途中で剣が耐えられなくなって砕けるほどだ」
「おや、そこまで」
「ああ。そんなに読みたいのか、〝シュミットの賢者〟の技術書ってのは」
「読みたいでしょうね。彼らレベルの実力者が身につければ何段階もステップアップできる技術書です。特にエリシャさんが全部の本を読めば……『試練の道』の『超秘境』くらいまでクリアできるんじゃないでしょうか」
「……マジか?」
「はい、それほどです。お渡ししていない本の中には『秘境探索術』とか、『災害級魔物討伐記録』とかもありますが……そこまで物騒な本はいりませんよね?」
「俺は読んでみたいがギルドとしてはお断りだ」
「まったくです。そんなものをギルド資料としてしまえば行方不明者がどれだけ出るか」
「そう考えたから出さなかったし存在も今教えたんですよ」
本当にセティ師匠もなにを考えてあんな本をまとめたのやら。
普通の冒険者が読む本ではありませんよ。
「それで、今日はお三方揃って何用でしょう?」
「ん、ああ。まずはもらった本の礼。それから追加でもらいたい本があってな」
「追加ですか。なにがお望みでしょう?」
「それに悩んでいるので三人で来たのですわ……」
「悩んでいる?」
「はい。申し訳ありませんが一覧ってありませんか? 冒険者ギルドで使えそうなものをピックアップして内容を確認、いただいて帰りたいのです」
「ああ、冒険者ギルドって活動の幅が広いですからね」
「そうなる。ギルド評議会でもらった本を写本して資料室に並べたんだが大好評でな。ほかにもないのかって要望が出てるんだよ」
「なるほど。一覧……一応ありますが同じ範囲はまとめてありますよ? いちいちバラバラに書き出すのが面倒だったので」
「それでも構わねえ。あるなら見せてほしい」
「わかりました。これになります」
僕はストレージから一枚の紙を、師匠の本を全種類書き出したリストを出しました。
それを見た三人は……唖然としていますよね。
僕も記録としてまとめるのがめんどくさすぎましたから。
「……こんだけあるのかよ」
「……あの、数日通ってもよろしいでしょうか?」
「……今日一日で終わる気が」
「構いませんよ。気になる本があったら教えてください。すぐに出しますから」
「わかった。ちなみに『鍛冶学入門編』ってなにが書いてある?」
「確か……鋼の武器の作り方までですね。エンチャントで言えば【斬撃強化】までのはずです」
「そいつの中に研磨の知識は?」
「当然入っているでしょう。武器のメンテナンスなんて鍛冶の基礎中の基礎ですから」
「ふむ。まずはそれを読ませてくれ」
「はい。それではどうぞ」
ティショウさんは鍛冶学入門編を受け取るとソファーに座って読み始めました。
意外と頭を使う作業もできると言っては失礼でしょうか。
ミストさんとフラビアさんもそれぞれ気になる本を見つけ、本の確認を始めます。
全員が専門分野ではないため難しい顔をしていますが。
「……スヴェイン、解説って頼めないか?」
「僕もあまり詳しくないですよ? 僕のできる鍛冶技術は研磨と鋼の鍛造まで。エンチャントは遙かに上位のものを付与できますが、それは別系統の流れをくんでますから」
「だわなあ。研磨技術だけでも持ち帰ることができれば武器の手入れに役立つんだが」
「私も魔導具の手入れに役立つはずなのですが……」
「私は魔力効率の上昇です……」
三人が三人、頭を悩ませています。
僕も解説できる分野とできない分野があるんですよね……。
セティ師匠、多芸すぎます。
「あー、とりあえず鍛冶学入門編はもらって帰るわ。そんで、武器のメンテナンスに詳しい冒険者を捕まえてピックアップできないか相談してみる」
「そうしてください。ほかにご希望は?」
「そうだな……」
その時、部屋のドアがノックされました。
誰でしょうか?
「ギルドマスター。魔術師ギルドマスターがお見えですが……いかがなさいますか?」
「魔術師ギルドマスターが?」
「あの爺さんが?」
「ティショウさん、同席しても構いませんか?」
「ああ、俺は構わん。お前らもいいよな?」
「はい」
「もちろんです」
「では、冒険者ギルドの方々と同席しても構わないのであれば通してください。難しいのであれば少し待っていただくように」
「かしこまりました」
受付係が戻っていき少し経つと本当に魔術師ギルドマスターがやってきました。
珍しいこともあるものです。
「すまない。来客中に押しかけてしまい」
「僕はかまいません。一体どんなご用件でしょう?」
「その……存在していれば追加で欲しい本があるのだ」
「なんだ、魔術師ギルドの爺さんも追加オーダーか」
「冒険者ギルドも追加オーダーか?」
「俺たちはとにかく幅広く浅い知識がほしいからな。爺さんの追加オーダーって俺たちが聞いて大丈夫か? ダメなら別室で待つが」
「いや、大丈夫だ。錬金術師ギルドマスター、『マジックバッグの作り方』について技術書はないか?」
「マジックバッグ……ですか」
さて、困りました。
そんなものが存在しているのか。
「スヴェイン、マジックバッグってそんなに難しいのか? お前はホイホイ作ってるだろう?」
「ああ、はい。マジックバッグって普通に作ると時空魔法を使うんですよ。それを使って『空間拡張』と『時間停止』を発生させているので」
「なるほどなあ。ちなみに『カーバンクル』は?」
「一度も作れてません。それほどまでに普通に作るには難しい技術です」
「普通に作る。つまり、簡単に作る方法もあるってこったな?」
「はい。そちらの技術も知っていますし、市場に流通しているマジックバッグのほとんどはそちらの作り方で作られているものでしょう。それなら時空魔法が必要ないですから」
「なるほど。その技術書はないのだろうか?」
「調べてみますのでおかけになってお待ちください」
「わかった。待たせてもらおう」
簡単に作る方法、セティ師匠が自分から邪道って言ってましたからね……。
果たしてそんな技術まで技術書に残しているのかどうか……。
「……あ、あった」
「本当かね!?」
「技術書名だけなら間違いなく。ちょっと取り出してみます」
セティ師匠、自分が邪道と言ってた方法も技術書に残したんですね……。
なにを考えているのかまったく読めない。
「これです。『空間湾曲と時空湾曲の発生原理と固着』」
「読ませていただいても?」
「構いません。一応僕も確認します」
さて、書名だけはあっているこの本。
内容は……うん、間違いなく空間湾曲、つまり『空間拡張』と時間湾曲、つまり『時間停止』です。
ただこれ……解説なしは相当難しいですよ?
「む……」
「解説……いりますか?」
「頼めるか?」
「まず、空間湾曲。これが『空間拡張』の部分です。これを発生させるために全基本属性の魔力を長時間袋に注ぎ込み続けます」
「なるほど……時間湾曲は?」
「『時間停止』ですね。こちらは光属性と闇属性を注ぎ込むことで発生させます。どちらもバランスが崩れれば袋が破れて失敗。空間拡張倍率は双方の注ぎ込んだ魔力量と時間に比例します」
「言葉にするとものすごく簡単に聞こえるな……」
「実際には七属性を同時にバランスよく当て続けなければいけないので難しい作業ですよ? 例えコストがかかっても、それ専用の魔導具を開発して量産販売した方が安い程度には」
「やはり魔導具の開発をするべきか……」
「はい。最後の方は量産用魔導具の開発方法が書かれていますし。ものすごく複雑ですけどね」
「ああ、だから小型で拡張倍率の低いマジックバッグって安いんですね」
「そうなります。大型のマジックバッグを量産するにはそれなりに大きな魔導具が必要ですし、拡張倍率を上げるには魔導具の精度と出力を上げなければいけません。作る方にもコストがかかるので値段もうなぎ登りなんです」
「よく旧国でマジックバッグが手に入ったな」
「どこかの遺跡からマジックバッグの生産装置でも発掘していたんじゃないでしょうか? 旧国の技術でこれを作れたとは考えられません。あるいはどこかの『賢者』が生産していたかですね」
「この本、いただいて帰っても構わないかな?」
「もちろん構いません。ただ、相当難しい技術なので優先順位を上げて早期解明と魔導具開発を目指すか、後回しにして余裕ができてから研究するか。それだけはすぐに決めた方がよろしいかと」
「わかった。貴重な技術書感謝する」
本を受け取った魔術師ギルドマスターはお帰りになりました。
ただ……本当にめんどくさい技術なんですよね。
僕だって時空魔法で量産した方が早いくらいめんどくさいと感じるんですから。
「爺さん、大丈夫かね?」
「さあ……? コンソールとしてもマジックバッグの量産に着手したかったんでしょうが……めんどくさいんですよね、あれ」
「お前でもめんどくさいと感じるのか?」
「時空魔法で作ってエンチャントで破壊できないように保存した方がはるかに楽だし、時間がかからないと感じる程度には」
「大丈夫なんですの?」
「うーん?」
「スヴェインさんでも自信がないんですね」
「そもそもリストには書いてありましたが存在すら忘れていたような本ですからね。希望されたから渡しましたが、そのあとの責任はちょっと……」
「……大丈夫かねえ、魔術師ギルド」
僕も自信がないです。
将来的にはあった方がいい技術なんでしょうが……魔術師ギルド、パンクしないでしょうか。
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