567.セティ師匠とスヴェインの技術

「ふむ。それで冒険者ギルドは三人揃って毎日やってきているのか。忙しいな」


「うっせえ。今日はジェラルドの爺さんも追加オーダーに来てるじゃねえか。俺らと同じくリストを見て悩みながら」


「いや、そうなのだが……」


 はい、ティショウさんたちは今日もまた本探しにやってきています。


 本日は医療ギルドからジェラルドさんも午前中にいらしていて、いろいろな本を読んでいますね。


「ふむ。スヴェイン様、この本もいただいて帰ってよろしいでしょうか?」


「構いませんよ。どうぞお持ちください」


「ありがとうございます。……それにしても、こうして大量の知識に触れると『冒険者』というものがどれだけ知識を必要とするのかはっきりしてしまいましたわね」


「はい。私も新人の頃は腕っ節と武器の手入れ、採取の知識程度でスタートしていたのですが……導く立場になるとこれほど多くの知識を用意しないといけないだなんて」


「冒険者は基本『何でも屋』だ。究極的にはお貴族様の礼儀作法を知っていても損はねえ」


「そうですわね。要人警護の依頼があった場合、わかりやすい『荒くれ者』ではいけませんもの」


「シュミット講師の冒険者の方々ってどうなんでしょうか?」


「どうでしょうね? 基本的にはできそうな気もします」


「あいつらなら何でもできそうだからな。つーわけで『家政学入門編』ももらっていいか?」


「どうぞ。見た目がしなやかな女性ならメイドに扮して護衛することもできるでしょう」


「……そういやリリスの嬢ちゃんは『武聖』だったな」


「そういうことです」


 リリスは本当になんでもこなしますからね。


 出来ない事ってあるんでしょうか?


「しかし、〝シュミットの賢者〟セティ殿か。これほどの知識を有しているとは何者なのか」


「昔俺のギルドに来たときはアムリタを飲んでいるとか言ってたぞ」


「この知識量ですとあながち否定もできませんわ……」


「アムリタか。不老不死の神薬だったな。スヴェイン殿も作れるのかね?」


「素材だけなら揃っています。作り方も知っていますね。試したことはありません」


「試せばできるって言い方だな?」


「素材だけなら山のようにあるので」


「……そうか。ちなみに『竜の帝』はどうなのだ?」


「とりあえず不老ではありそうです。僕もアリアも『竜帝玉』を受け入れた十二歳から成長が止まっていますし。不死ではないですね。少なくとも古代竜エンシェントドラゴンの攻撃では死にます」


「スケールが違えな……」


「カイザーを殺そうとしていたのは別種族の『竜の帝』とその配下の古代竜エンシェントドラゴンですからね。最上位竜程度では竜種障壁を突き破れないでしょうが、古代竜エンシェントドラゴンだと突き破れるみたいです。あと、僕は普段『竜の帝』の力を表に出していないので普通に死ぬ可能性もありますし」


「『竜の帝』の力を表に出すとどうなるのだ?」


「僕の皮膚の表面が魔力の鱗で覆われ、頭部に角が生えます。あとは瞳が竜のものになりますね。翼までは生えません」


「それだけなのか?」


「あとは……常に周りを威嚇してしまいます。普段は竜ではないですから竜の力を制御しきれません。竜の魔力を体内だけで収める方法をまだ知らないんですよ」


「十分に災害だな」


「だから『竜の帝』の力は滅多なことでは使いません」


 昔、一度だけ試しましたが空を飛ぶだけで地面がへこみましたからね。


 文字通り歩く災害になってしまいました。


「そういえばセティ殿はずっとシュミットに滞在されているのか? 〝シュミットの賢者〟と呼ばれているのだから」


「いえ。僕が六歳の時、グッドリッジ王国に特級品ポーション類と薬草栽培の知識を献上した褒美として時空魔法の教師に来てくださったのがきっかけです。シャルに聞くと、僕とアリアが出奔する際の騒乱をきっかけに正式にグッドリッジ王国からシュミット辺境伯配下に移ったそうですね」


「ん? じゃあ、まだ十年程度しかシュミットにいないのか? なのに〝シュミットの賢者〟なのかよ」


「あー、それなんですが、僕の影響もあるんですよ」


「スヴェインさんの影響?」


「元々は時空魔法を教えるためだけの教師としてやってきてくださったのですが、時を同じくして契約したワイズと結託し僕とアリアを様々な方面で鍛え始めました。その副産物としてシュミット関係者にも様々な知識が伝わり、シュミット一帯が更に発展したんです」


「ふーん、例えば?」


「『宝石付与』って知ってますか? 僕の講習会でエリナちゃんがやっている技術なんですが」


「お話には伺っております。なんでも宝石の欠片に弱い魔法を組み込んで、あとから魔力を流すとその魔法が発動するとか」


「はい。あの技術も僕が最初にセティ師匠から学んだんですがその際、として様々な副産物を生み出しました」


「スヴェインの。ろくなもんじゃねえな」


「『宝石付与』って魔法だけじゃなく純粋な魔力だけも込められるんですよ。それを込めた宝石を武器や防具に組み込むことで擬似的な魔法武具を作る技術を開発しました」


「それってどんなことができるんですか?」


「武器や防具にできます。例えば火属性を組み込んだ武器なら切りつけると同時に傷口を焼きますし、聖属性を付与した防具で身を包めば呪いが効かなくなるはずですね」


「……ろくなものじゃないですわ」


「武器や防具の方にも特殊な加工、魔法金属を使う必要があったのですがシュミットも今では大量の聖獣鉱脈を抱えていますからね。宝石付与が一般化できれば疑似魔法武器も量産できるでしょう」


「つまり、シュミットでも一般化されていない技術だと?」


「シュミットでも付与板、宝石付与のための道具を作れる職人がほぼいないらしいですね。素材は。それに、時空属性を除いたすべての属性をまったく同じ形で重なるように付与しなければいけません。なのでわずかでも不純物が混じっていてはいけませんし、圧縮しなければいけませんので圧縮作業も必要です。今でこそ大量のミスリルが手に入っているでしょうが純ミスリルを作るには錬金術師が必要でしょうし、付与の形が少しでもずれれば失敗。そういう繊細な代物なんです」


「その様子だとほかにもシュミットに残してきた技術があるのであろう?」


「まあ、いくつかあります。十歳で出奔しなければならなかったため、そのあとの研究をどうしたかまではわかりません。ただ、シュミットの繁栄ぶりを見る限り僕とアリアがいなくなったあと、ディーンやシャルを鍛えるだけではなくシュミットの発展にも力を貸していたのでしょう。なにをやるのか読めない人です」


「それでお前がやたらと信奉されているのかよ……」


「僕が領主家、今の公王家長男ということもあるでしょう。宝飾師たちにも技術の一端を残してきましたし、錬金術師には……言うまでもないですよね?」


「ああ。薬草栽培だな」


「そういうわけです。とにかく僕がセティ師匠をシュミットに連れ込んだ結果、シュミットでは魔法分野の発展が大きかった。それから、僕が薬草栽培を広めた結果、錬金術も大いに発展した。僕が自分勝手に国元を出ているのに人気があるのはそう言うわけです」


「今のスヴェイン殿を見る限りそれだけではないだろうが、スヴェイン殿がいなければシュミットもここまで発展していたかどうかはわからないというわけか」


「お前、どこでも技術を振りまいてるな」


「そんな意識はないんですけどね」


「無意識だからこそ恐ろしいのですわ」


 今日も散々な言われようですが……事実なので言い返せません。


 なかなかうまくいかないことばかりです。

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