36.星霊の儀式

「聖獣というのもこうして育てることになると愛嬌があるものだな」


「オルドは生真面目だな。俺のフェルクの方が勇ましいだろ?」


「む……私のコトスとて威厳があるだろうに?」


「はあ、ディーンお兄様たちはまたケンカしてます」


『あまり気にしないことにゃ。それよりもシャルの準備はいいのかにゃ?』


「大丈夫ですよケット。ありがとう、心配してくれて」


 僕たちの領地で起きた密売組織騒動から数カ月が過ぎました。


 弟たちの持っていた聖獣の卵は3カ月ほどで孵り始め、いまのような状況になっています。


 ディーンの聖獣はフラッシュファイア、戦闘時は炎で攻撃したり防御をする馬形の聖獣です。


 対してオルドの聖獣はアイシクルランダー、フラッシュファイアとは逆に氷で戦う聖獣ですね。


 シャルの聖獣はワイズマンズ・キャット、猫の姿をした聖獣のようです。


「お前たち、準備はできたのか?」


「はい。準備できております」


「自分もです、父上」


「私もできています」


「よろしい。スヴェインとアリアも準備できているな?」


「はい。大丈夫です」


「問題ありません」


「では、出発するとしよう」


 今回の旅では僕とアリアが『星霊の儀式』を受けるために王都へ向かうことになります。


『星霊の儀式』は職業が確定する大事な儀式ということで、弟たちも一緒に来ることとなりました。


 僕は相変わらず孵らない卵たちを腰につけたホルダーに入れての旅ですが、ウィングがうまくバランスを取ってくれているので問題ありません。


 セティ様やワイズに言わせると、もう少しで卵から孵るそうなのですが……なかなか孵ってくれません。


 行きの旅路で孵ってくれるか、と淡い期待をしていたのですがそうもいかなかったみたいです。


「結局、王都に着いて『星霊の儀式』前日になっても孵りませんか……」


「そう嘆くな、スヴェイン。今日は国王陛下にあいさつへ行くのだからな」


「そうですよ。ギゥナ王もスヴェインのことは気にかけていましたからね」


「わかりました。準備はできておりますし、登城いたしましょう」


「そうだな。向かうとするか」


「ええ、そうしましょう」


 今日の用件はセティ様に習った時空魔法がどの程度までできるようになったか、お披露目するためです。


 セティ様という現在国におひとりしかいない『賢者』を、教育のために僕たちの領地へと派遣してくださっているのですし、その成果をご覧になっていただかないわけにはいきません。


 お城の騎士に案内されて廊下を進んでいると、前方から別の貴族の方がいらっしゃいました。


「……貴様、アンドレイ!」


「む、シェヴァリエ男爵か。男爵家の人間が辺境伯の私を呼び捨てにするとはいい度胸だな」


「うるさい! 貴様が余計な事をしなければ、我が家は……!」


「元を正せば身から出た錆だろう? ヴィヴィアンだったか、あの娘の教育も満足にできず、その下の妹は街中で攻撃魔法を使うような暴力娘。家をお取り潰しにならなかっただけよかったと考えてもらわねばならないのだがな」


「黙れ! 父の代から付き合っていた貴族たちに圧力をかけ、私を見放すように命じたお前に言われる筋合いはない!」


「なにを言っている? 私はそんなことをしていないぞ。お前の悪評に耐えかねて見限ったのだろう」


「くっ……!」


「用がなければもう行くぞ。私もこのあと用事があるのでな。さらばだ」


「待てっ!」


「しつこいぞ、シェヴァリエ男爵。これ以上、私の手をわずらわせるならば相応の覚悟をしてもらうが?」


「きっ!」


「シェヴァリエ男爵! お前の用件はもう済んでいる! 速やかに下城せよ!」


「……失礼する!」


 シェヴァリエ男爵は鬼のような形相を浮かべたまま行ってしまいました。


 その様子を見てお父様は疲れた様子で天を仰ぎます。


「本当に先代は人格者だったのだがな……」


「シェヴァリエ男爵は降爵になった際、稼ぎ頭だった鉱山とブドウ畑を接収されているのですよ。それ以降、ワイン造りにもブドウを買い取らねばならず家計は火の車だとか。国の監視も厳しいので増税もできないようですね」


「詳しいですな、セティ様」


「ええ、まあ。それよりも行きましょう」


 このあとは国王陛下の前でできるようになったことをお披露目いたしました。


 時空魔法のレベルが7まで上がっていることから新しい『賢者』の誕生を期待されたようです。


 ですが、それ以外の魔法レベルが低いため無理だろうと伝えさせていただきました。


 セティ様からもワイズからも『賢者』になるには最低でも時空魔法の習得とそれ以外の魔法レベルが基本属性が21以上必要らしいですからね。


 そもそも『ノービス』ではかなり厳しい条件です。


 僕が魔法の修行ばかりにかかりきりだったらたどり着けたかもしれませんが、目標はそこではなかったのですよね。


 そんな報告を行った翌日、ついに『星霊の儀式』当日を迎えました。


 博識なワイズは、僕が就くことになる職業の見当がついているようです。


 もっとも、聞いても教えてくれませんが。


「やはり、今日の【神霊神殿】は混み合っているな」


「『交霊の儀式』とは違い、一般公開されますからね」


「それだけ貴族の義務というものは重いということだ」


「はい。どのような職業になろうとも役目を果たしてみせます」


「うむ。そういえば、今年は王族もおひとり『星霊の儀式』をお受けになるのだったか」


「そうですね。第三王子が儀式を受けるはずです。『交霊の儀式』で授かっていた職業は『剣士』でした」


「よろしいのですか、セティ様。王族の情報をそんなに喋って」


「あなた方は信頼できますからね。ひとまず貴賓室に向かいましょう」


 各貴族家ごとに用意されている貴賓室で話の続きをします。


 第三王子はたいそう努力をなさったそうで、『剣士』以上の職業に就けるだろうとセティ様は読んでいました。


 逆に、『交霊の儀式』で授かった職業より下位の職業になるケースもここ数年は見受けられるそうです。


 セティ様によると、僕の元婚約者であるヴィヴィアンも『星霊の儀式』で『魔法使い』になったそうですから。


 しばらくすると、アリアの養父母であるアーロニー伯爵夫妻も合流し儀式の始まりを待ちます。


「これより『星霊の儀式』を始める。第三王子、エドゥ = グッドリッジ、前へ」


 最初は王族からですか。


 どんな職業に就くのでしょう?


 チャカエ大司教様が杖を天にかざすとエドゥ王子に光が降り注ぎます。


 そして、大司教様がエドゥ王子の就いた職業を発表しました。


「エドゥ = グッドリッジは『剣術師』となった。神と精霊に感謝せよ」


「やはり『剣術師』ですか。『剣聖』までは届かなかったようですね」


「でも、『剣士』から『剣術師』ならば頑張った証拠ですよ」


「そうですね。次は男爵家からになりますよ」


 そのあとも儀式は続き、さまざまな反応が寄せられます。


 ときどき愕然とした表情を浮かべるのは下位職に落ちてしまった子でしょうか?


 それにしても、『交霊の儀式』から『星霊の儀式』までの間に職業が下がるというのはどういうことなのでしょうね?


 帰ったらワイズに聞いてみるのもいいかもしれません。


「そろそろアリアの番だな」


「はい、それでは失礼いたします」


「ええ、いままでの頑張りは見ていました。アリアなら大丈夫ですよ」


「ありがとうございます、スヴェイン様」


 アリアとアーロニー伯爵夫妻が部屋を出て行き、順番を待ちます。


 やがて子爵家の子供たちが全員終わり、伯爵家の順番になりました。


 儀式は次々と進められ、ついにアリアの順番になります。


「アーロニー伯爵家、アリア、前へ」


「はい」


 アリアの職業を決めるため、大司教様が杖を天にかざします。


 その瞬間、周囲が白と黒の光に包まれました。


 突然の事態に周囲は騒然となります。


「静粛に! 静粛に!!」


 大司教様が場を静めようとしますが、なかなか落ち着きません。


 そんな中、アリアは二色の光に向かって話しかけました。


「あの、光と闇の精霊様ですか?」


『ほほう、我らのことがわかるか』


『来た甲斐があるというものです。我らが呼び出されることは、久しくありませんでしたから』


「あの、どうしてここに?」


『五大精霊と契約しているものがいると見て現れた』


『私たちもあなたとの契約に応じましょう。私たちを受け入れる魔力があれば、ですが』


「ありがとうございます! 名前の候補はありますか?」


『名付けなど人間の側で適当に決めるものだと思うのだが……我はオニキスを名乗らせてもらいたい』


『では私はパールと』


「はい。闇の精霊、オニキス。光の精霊、パール。私とともに歩んでください」


『!? ほほう、これはこれは!』


『驚きました! 昨今のヒト族でここまで魔力を鍛えているものがいるとは!』


 教会の中は魔力の奔流がほとばしり、窓がカタカタ揺れています。


 さすがは上位精霊様でしょうか?


「……ふう。契約成立ですね」


『うむ。見事である』


『感心しましたよ。神聖の精霊ホーリィと生命の精霊リブラは、あなた自身の足で探しなさい』


「ありがとうございます。精霊様」


『では帰るとするか。必要ならば呼べ』


『ではまた、契約主』


 その言葉を最後に光と闇の精霊は去りました。


 それと同時にアリアの体に光が降り注ぎます。


「アリアは……『エレメンタルマスター』になった! 神と精霊に感謝せよ!」


 すごいですね、『エレメンタルマスター』ですか。


 ……でも、聞いたことがない職業です。


「うーん、アリアも伝説上の職業ですか。これは困りました」


「セティ様はご存じなのですか?」


「ええ、まあ。七色の精霊と契約したものが『エレメンタルマスター』と呼ばれると聞いています。……はっきり言うと、賢者の上位職業です」


「ええ……」


「帰ってきたらアリアを褒めてあげてくださいね、旦那様?」


「はい。わかりました」


 貴賓室に戻ってくると嬉しそうにするアリアをそっと抱きしめてなだめます。


 アリアも少し落ち着いたのか恥ずかしそうにうつむきながら、でもうれしさを爆発させていますね。


「さて、アリアのあとでは我々もかすむだろうが……行くとするか」


「はい。僕も儀式に臨んできますので待っていてくださいね、アリア」


「はい!」


 伯爵家が終われば次は辺境伯家です。


 とはいえ、辺境伯家は五家しかなく、僕の家が一番最後。


 次々と儀式が終わっていき、すぐに僕の番となりました。


「シュミット辺境伯家、スヴェイン、前へ」


「はい」


「スヴェインくん、君が『なにものでもないもの』からなにになるか、見届けさせていただきますよ」


「え?」


 チャカエ大司教様が一言僕に声をかけてから、杖を天にかざしました。


 すると、光が僕の頭上の一点に集中して固まり始めます。


「……おお、これは」


「大司教様、これは?」


「神具と呼ばれるものを授けられる合図です。願わくば善きものであることを祈ります」


 集まっていく光はどんどん大きくなり、やがて小さく凝縮されて僕の手の中に収まりました。


 手の上に残されていたのは、体を覆い尽くす大きさのローブに僕の背丈よりも長い杖、それからカンテラです。


「スヴェインくん、そのローブを身につけなさい」


「は、はい」


 大司教様のいうとおりローブを身につけます。


 すると、カンテラがひとりでに宙へと浮いて光をともしました。


「スヴェインは『隠者』となった。神と精霊の指し示す道を歩みなさい!」


 やりました!


 目標の『隠者』に到達できたようです!


 僕の第一目標は達成ですね。


**********


「なあ、バグスキー。エレメンタルマスターとは珍しい職業なのか?」


「そうですな。今まで聞いたことがありません。『賢者』セティ様なら知っているやも」


「セティは嫌いだ。……珍しい職業を手に入れた女性か。私の妻にふさわしいな!」


「……恐れ多くも、エドゥ王子。アリア嬢はすでに王家の認めた婚約者のいる身。そのようなことは……」


「私は王子だ! そんなことはどうにでもなる!」

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