35.聖獣の卵

『ほう、それは聖獣の卵じゃな』


「聖獣の卵、ですか」


 地上に上がってワイズに相談すると、すぐに答えは返ってきました。


 ただ、その内容にはちょっと理解が追いつきません。


「聖獣って卵から生まれるのですか?」


『聖獣によるとしか言えんな。儂のようなワイズマンズ・フォレストは卵生じゃし、ペガサスやユニコーンは母親から生まれる。こやつらは……卵の形になって自分の力と姿を維持しているようじゃな』


「つまり、弱っているということですか?」


『そうなるかのう』


「どちらにしても父上たちに相談する案件だぜ」


「ですね。はぁ、気が重い」


 卵を周囲に浮かべたまま帰るというのも目立ちます。


 なので、卵をアイテムバッグにしまおうとしましたが……無理でした。


 ストレージにも入らなかったので生物扱いのようですね。


 仕方がないのでアリアと一緒に空を飛んで一足先に領主邸まで戻ります。


「お兄様、お義姉様、お帰りなさい。無事にことはすんだ……あら?」


「ただいま、シャル。お父様たちはお戻りですか?」


 僕の2歳下の妹シャルロットも『交霊の儀式』をすませて『魔術師』の職に就いています。


 いまはワイズとセティ様が立てた訓練メニューに従って『魔導師』以上の職業を狙っているようですね。


「いえ、まだですが……お兄様、その卵たちは一体?」


「これですか……ワイズが言うには聖獣の卵らしいんですよね」


「聖獣の卵! お兄様、また聖獣が増えるんですの!?」


「どうなるかはわかりません。なにせ、密売組織の保管庫にあったものですから」


「それは困りましたわね……ともあれ、無事のご帰還なによりです」


「ありがとう、シャル。ひとまず、僕たちは着替えてきますのでお父様が戻りましたら伝えてください」


「かしこまりました。それでは、また後ほど」


 シャルと分かれて自室に戻り、埃とかすかに服や体に付いているディープスリープパウダーを湯浴みで落とします。


 少量なので人体に影響は出ないはずですが、念のためですね。


 そして、着替えも終わった頃、お父様とセティ様がお戻りになったと報告がありました。


 僕とアリアは急いでお父様の執務室へ向かいます。


「ご苦労だったな、スヴェイン、アリア。お前たちの活躍は騎士団から聞いているぞ」


「ええ、なんでも敵勢力を傷つけずに無力化したとか」


「少々変わった錬金術アイテムがあったおかげです。それよりも……」


「うむ、現実を直視しよう……」


「その卵たち、どう見ても普通じゃありませんね」


「ワイズ様がおっしゃるには、聖獣の卵だそうです」


「聖獣の卵! やつらめ……そのようなものまで持っていたとは」


「少々ことが大きくなりすぎているね。僕のほうから国王陛下に魔法で手紙を送っておくよ。そうすればすぐにでも王国騎士団……いや、場合によっては上位の翠玉騎士団が動くかも」


「本当に大事になりましたな」


「仕方がないよ。僕たちの方で回収した魔獣の卵も20を超えている。違法奴隷たちだってかなりの人数だ。こんな組織が動いているとなれば、国として本気を出さないわけにもいかない」


「そうですな。せめて、我が領の密売組織は駆逐できたと思いたいのですが……」


「それも含めてワイズ殿が確認してくれているところだよ。スヴェインの指示なしで積極的に協力してくれると思ったら、こう言うことだとはね」


「まったくです。……それで、スヴェイン。その卵はどうするのだ?」


「どうしましょうか……親元に帰してあげるのが一番だと思いますが」


「それは難しいでしょう。聖獣は卵を産むことが世代交代の合図らしいです。すでに親は力を失っているか、亡くなっていることでしょうね」


「そうですか……。そうなると、僕が引き取って育てるべきなのでしょうか?」


『僕が引き取る』そう言うと、卵たちは嬉しそうにピカピカ光りながら普段よりも早く空を飛び回ります。


 どうやら、それが正解のようですね。


「卵たちはスヴェインに育てられることが望みのようです」


「そうなると国王陛下の許可がいるな」


「それについても僕からの手紙に書いておきます。聖獣様の意向が入っている以上、邪険にはできないでしょう」


「そうであってくれると嬉しいが……スヴェインの周りには聖獣たちが集まりすぎではないのか?」


「ときどき生まれるのです。聖獣の愛し子と呼ばれる存在が。それがスヴェインなのでしょう」


「そうか……それならば、仕方がない、のか?」


「選ぶのは聖獣側ですからね。どうにもなりません」


「そういうものと割り切るしかないか」


「そういうことです」


 ひとまず、この卵たちは僕が預かることで決着がついたみたいです。


 ただ、戻ってきたワイズによると、魔獣の卵の中にあと3つ聖獣の卵が混じっているとのことでした。


 聖獣の卵については僕のほうで一度管理した方がいいと、セティ様からもアドバイスされたため、明日受け取りに行くことになります。


 またワイズがいうには、この卵たちにはある程度魔力を注いでやった方がいいそうなので、ゆっくりと餌を与えるように魔力を注いでみました。


 すると、もっとほしいとおねだりするように魔力を吸われるので、無理がない範囲で与えることにします。


 この日から、夜寝る前は卵に魔力を与えることが日課になりましたね。


**********


「……これが残りの聖獣の卵ですか」


 大捕物があった翌日、騎士団の貴重品保管庫で聖獣の卵を見せてもらいました。


「はい、ワイズ様が言うにはこの3つがそうらしいです」


 見た目は魔獣の卵と変わりないのですが……鑑定しても結果は変わらないですし。


『ふむ。スヴェインが来ても反応しないということは、お主が相手じゃないのかも知れぬな』


「相手?」


 ワイズはときどきわからないことを先走っていうから困ります。


『聖獣には契約すべき相手の元に向かう性質を持つものもいる。この卵たちもその一種だと思うのだが』


「その相手はこの4つの卵とは違い、僕ではないと」


 昨日、僕が手に入れた4つの卵は、いまは大人しくボクの腰周辺で浮いています。


 お父様はこの卵たちを入れるホルダーを作ってくださるそうですが、それまでは我慢ですね。


『とりあえず、魔獣の卵と違い聖獣の卵はデリケートじゃ。領主邸に持ち帰ってはどうかの?』


「……ワイズがこう言っていますが、どうなんでしょうか?」


「正直、そうしてもらえると助かります。魔獣の卵を管理するだけでも神経をすり減らすのに、聖獣様の卵があるとなると気が気でありません」


「わかりました。では、これらの卵は一度領主邸で預からせていただきます」


「よろしくお願いいたします」


 一緒に来ていたアリアにも手伝ってもらい、3つの卵を領主邸に移動させました。


 もちろん、移動中は聖獣たちによる厳重な監視を行っています。


「ふむ、聖獣様の卵が詳細は不明か」


「はい。ワイズが聖獣の卵と言っているので間違いないと思います」


「しかし、このタイミングでシュミット辺境伯領に来ているのは気になりますね」


「セティ様も同じ意見か。もしかするとスヴェインとアリア以外の子供たちが契約できるかも知れない。デビス、子供たちを集めてきてくれ」


「はい。オルド様もでしょうか?」


「卵は3つだからな。3人とも呼んできてもらえるか?」


「かしこまりました」


 お父様の指示でディーンとオルド、シャルが部屋に集められました。


 すると卵がカタカタ振るえだし、ケースに向かって何度も体当たりを始めます。


「どうやらあたりのようですね」


「……頭痛の種が増えたな」


 ケースから卵を取り出すと、3人の元へそれぞれ1個ずつ卵が転がっていきました。


 僕みたいに飛んでこないのは、内包している魔力が弱いからだろうとワイズが説明してくれます。


 どのような聖獣が生まれるかはわかりませんが、ひとまず3人はこの卵を受け入れたようでした。


**********


 そして一週間後、王都から翠玉騎士団がやって参りました。


 今回の密売組織についての取り調べのためです。


 僕たちも念のため聴取を受けましたが密売組織を見つけた経緯や、踏み込んだときの様子を確認するためのものだったようで特に問題はなかったようでした。


 また、僕や弟たちが育てることになった聖獣の卵もこのまま育てていいと国王陛下の許可がいただけたそうです。


 むしろ、下手に引き剥がして災いが起こる方が怖いとか。


 翠玉騎士団の皆様は一カ月ほど調査した後、王都に引き上げて行きました。


 セティ様があとからこっそり教えてくれたことによると、翠玉騎士団は各地へと派遣されており密売組織を一斉摘発したそうです。


 ただ、違法奴隷は多く解放できたものの、魔獣の卵の多くは回収出来なかったとのことでした。


 密売組織の狙いも不明らしく、無気味なことこの上ないですね。

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