411.サリナのお針子日誌

 チクチクチクチク……。


「サリナ、あまり時間は残っていませんよ?」


「あと少しです。このポケットだけ縫い終われば完成です」


 チクチクチクチク……。


「師匠、終わりました。仕上げはいります」


「よろしい。今日のお題は……」


「【防寒】ですよね?」


「わかっているならよろしい。かけられませんでした、は通用しません。リリス先生の教え子にプレゼントする大切な贈り物。あなたの手だけに任せること自体がおこがましいのです」


「はい。承知しています」


「ならば結構。早く始めなさい」


「はい」


 私のエンチャントの腕前もそれなりに上がってきた。


 服飾学入門編にあった【擦過傷耐性】をかけようとしたときは、本気で怒られたし裸にされるところだったけど……。


 今回施すエンチャントは【防寒】。


 普段施すエンチャントの【防水】や【防汚】に比べると二段階くらい上。


 でも師匠から許可が出ているってことは私にもできなくちゃいけないんだ!


 今回作った子供用コート二着、それぞれに対し念入りに念入りに魔力を浸透させエンチャントの土台を作る。


 そして、一気に魔力を送り込みエンチャントをかけてしまう。


 結果は……。


「二着とも【防寒】エンチャント成功。まあまあ、方でしょう。リリス先生の授業もそろそろ終わります。早く子供たちに渡してきなさい」


「はい! あと、二着で三十分かける失態、申し訳ありませんでした」


「急いで失敗するよりも何倍もマシです。時間切れだったらお尻を蹴っ飛ばしますが間に合った様子。早く行きなさい」


「はい、失礼します!」


 私はできたばかりのコートとオマケの品々を持って、となりにある錬金術のアトリエに急いだ。


 ドアをノックして入出許可を取り付けるとアーヴィン君とミリアちゃんは掃除をしていて帰り支度の途中、本当にぎりぎりだった。


「サリナ。遊びに来たわけではないでしょう? 用件を済ませなさい」


「いえ、ふたりの邪魔をするわけにはいきません。掃除が終わるまで待ちます」


「いい心がけです。……ふたりとも、掃除はそれくらいでいいですよ」


「ええ、でも……」


「よごれ。まだのこってるよ?」


「このアトリエを使う本来の主が戻ってきたときに、まず掃除から始めます。そこまで綺麗になっていれば咎めません」


「もっと綺麗にしたいのに……」


「おへや、きれいにするのがれんきんじゅつしのきほんなんだよね?」


「はい、基本です。ですがあなた方はまだひよっこにすらなれていない卵の段階。もう少し大人に甘えなさいな」


「……わかった」


「リリスせんせいがいうならがまんする」


「ええ。いい子たちですね。いずれはもっと効率的で綺麗になる掃除方法も伝授しましょう。それまでは、大人に甘えなさい」


「「はーい」」


 悔しい。


 私、この子供たちなんかよりもずっと評価されていなかったんだ。


 せめてこの子たちと同列に評価されるまでは自己研鑽を積まないと……。


「それから、あとから入ってきたお姉ちゃん。その子からあなた方へプレゼントがあるそうです」


「本当!」


「なになに!?」


「あ、うん。ええとね。まずはこのコートだよ」


 私はふたりの体型に合わせたコートを見せてあげる。


 ユイ師匠ならこの子供たちの大体の寸法は採寸しなくてもわかるって言ってた。


 でも私はひよっこ未満だから採寸させてもらったんだ。


「うわー、新しいコートだー!」


「きてもいい!?」


「うん。あなた方の体型に合わせたから大丈夫だと思うけど、動きにくいとかあったら教えてね。お時間もらっちゃうけど次に来るまでには必ず直してあげるから」


「ううん。ぴったりだし動きやすい!」


「もったときはちょっとおもかったけど、きてみるといままでもおようふくよりずっとかるい!」


「よかった。それを着ていれば多少寒くてもへっちゃらだけれど……これもあげるね」


 私が取り出したのは毛糸で作った帽子にマフラー、手袋の三点セット。


 エンチャントはマフラーに【防汚】しかできなかったけど、それでもユイ師匠は『まずまずです』と言ってくれた。


「それもくれるの!?」


「やったー!」


「うん。私みたいな未熟者の作った服で悪いんだけど……」


「とっても温かいよ?」


「うん。とってもきやすいし」


「そっか。ありがとうね」


 私はふたりをぎゅっと抱きしめてひっそりと涙をこぼす。


 大の大人が子供に泣き顔を見せられないし、嬉し泣きとはいえこんなことで泣いている場合じゃない。


「えへへ。お姉ちゃん、ありがとうね」


「ありがとうございます!」


「ううん。こっちこそありがとう」


「お姉ちゃんがお礼を言うなんて変なの」


「へんなのー」


 さて、泣き止んだしふたりを解放してあげなくちゃ。


「ふたりとも、聖獣様がいるとは言っても気をつけて帰ってね?」


「うん!」


「わかった!」


 元気なふたり組は玄関の方に駆け出していくと、そのまま外に飛び出したみたい。


 そっか、私の服、そんなに嬉しく感じてもらえたんだ。


「お疲れ様でした、サリナ。二人分のコートと毛糸の帽子、マフラー、手袋なかなか大変だったでしょう?」


「いえ、リリスさん。この程度のお題、こなして見せなくては仮弟子すら名乗れません」


「そうですか。【防寒】のエンチャントは?」


「二着で三十分かかりましたが成功です。……【擦過傷耐性】なんてつけようとした自分が本当に恥ずかしい」


「それがわかれば結構。ユイが次のお題を考えているはずです。早く服飾工房へ戻りなさい」


「はい。失礼いたします」


 リリスさんの……少しだけ柔らかい視線に見送られて服飾工房に戻る。


 そこではユイさんが例の織機を使って布を織っていた。


「お帰りなさい、サリナ。喜んでもらえましたか?」


「はい。とっても。自分の仕事で喜んでもらえるなんて初めてなので嬉しくて泣いちゃいました」


「結構。私は見ての通りホーリーアラクネシルクを織っています。あとの時間は自習、自分で課題を見つけるなり夕食時まで一休みするなり自由になさい」


「え、でも……」


「あなたの体調管理はスヴェインとリリス先生でしっかりと行われています。もちろん睡眠時間もリリス先生がしっかり管理しています。今回は大目に見られていますが、次からはそうはいきません。適度に休むことも仕事の内と考え、無理のない納期、無理のない価格設定で販売するのです」


「え、納期? 販売?」


「子供たちのネットワーク、甘く見てはいけません。あなたが渡したを見て、同じものがほしいとせがむ子供たちが現れるでしょう。価格交渉にはミライさんの力を借りてもいいです。その代わり納期を定めたらきっちり納期以内に仕上げること。無理のない範囲でエンチャントもかけて仕上げること。いいですね?」


「は、はい。でも、私みたいな未熟者未満にそこまで仕事が集まるのでしょうか?」


「私の見立てでは最低でも五着以上集まります。今は冬まっただ中。納期も考えて冬用のコートにするのか春物にするのかも考えなさい。いいですね?」


「はい。わかりました」


「よろしい。では、自習時間です。できれば夕食時間まで一休みしていてもらいたいのですか」


「いえ、部屋で自習をしてきます!」


 私は服飾工房を出るとはしたなくない程度の早足で自室に戻り、服飾学入門編を読み返した。


 冬物のコートだけなら【防寒】だけで事足りる。


 でも冬物が間に合わないとなると、春物になってしまう。


 私には初級編のエンチャントなんて夢の先だから、入門編の中でも初歩的なエンチャントの中で適切なエンチャントを見つけないと……。


 そして、ユイ師匠の予想通り私のコートや服がほしいと言う子供たちが親御さんを連れてやってきた。


 それも十人も。


 納期はひとりあたり三日だとして、さすがに春近くなる子供もいるため各子供に春物コートも値引きして販売してあげることにした。


 もちろん、アーヴィン君とミリアちゃんにも。


 価格交渉はまだまだ私ひとりじゃできなかったのでミライ様に相談の上決定させていただいた。


 どの親御さんも古着ではなく新しいコートをこの値段で、それも二着も買えることに驚いていたが、私が未熟者だからと言うことで納得していただくことに成功です。


 その日以降は師匠から新しいお題を出されることもなく子供たちのコートを作る毎日。


 ゆがんだり縫製が甘かったりするとダメ出しを受けるけど、それくらいであとは私任せな日々が続いている。


 自分の腕がメキメキ上達しているのはわかるけど……これでいいのかな?

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