410.エリナの緊急帰宅
「ただいま、お爺ちゃん」
「お前、エリナ!? なぜ急に?」
それは驚くよね。
秋に二年ぶりに顔を出した孫娘がいきなり何の連絡も無しに冬にまた来るんだから。
「先生がヴィンドの錬金術ギルドにいるアルデさんに急ぎで届け物があるっていうからやってきた。お爺ちゃんのところにはついでだから少し顔を出してこいって」
「そ、そうか。さすがに驚いたぞ」
「驚かせてごめんね? ほかの皆は食堂?」
「あ、ああ。もう営業時間が終わったからたいしたものは用意できないだろうが、なにか食べていくか?」
「ううん、大丈夫。いざっていうときの携帯食料は十日分持ち歩いているし、ほかにも普通の食事をそれなりに持ち歩いているから」
「そうなのか。ともかく、私もフロント業務は終わった。食堂へと移動しよう」
お爺ちゃんに導かれて食堂へ。
食堂では歌姫の役割を終えたイナお姉ちゃんや、お父さんお母さんが後片付けをしていました。
来たタイミング悪かったかな?
「おい皆、エリナが帰ってきてくれたぞ」
「エリナ!?」
「おや、エリナ」
「どうしたんだい、エリナ。なにかつらいことでも?」
「今日は錬金術師ギルドのお使い帰りだよ。せっかくヴィンドに行くんだから顔を出して来いって」
「そうらしいですな。皆も手が空いたら話を聞きましょう。特に一度も手紙すら寄越していないサリナの様子は気になります」
「あはは……」
サリナお姉ちゃんか……。
あまり話したくないなあ。
ともかく、後片付けを一通り終え、今宿で働いている家族は全員集合。
ほかにも下働きの人はいるらしいけど、家族の集まりなので遠慮してもらった。
「それで、エリナの状況は?」
「ボクは……足踏み状態、というか足元をしっかり固めている状態かな? もうすべての目標を達成しているから、あとは足をすくわれないように徹底的に足元を固めろって。先生は心配性だから初級のモンスター素材は渡してくれようとするけど、それも危険性が高いかどうか調べてから冒険者ギルドに発注するようにした。いつまでもひとり立ちの準備が進まないからね」
「本当に立派な考えを持つようになったね、エリナ。きちんと下調べしてから冒険者ギルドに依頼を出す人だなんて聞いたことがないよ」
「大失敗して、周りの大人たち皆に迷惑をかけて回ったから。できることは自分でしないと」
「はー本当に立派な娘になったもんだ」
「二年でこうも変われるだなんて……やっぱり、あの錬金術師様についていかせて正解だったね」
「うん。もっとすがりついてでも入門すればよかったって感じてる。多分、マオさんの計らいがなかったら断られてウジウジ過ごしていただろうし」
「今は孫が大成している。それだけでなんと素晴らしいことか。問題はもうひとりの孫ですな……」
「……ああ、聞かなくちゃなんないよねえ」
「サリナ、家を追い出されていない? 本当に浮浪者になっていない?」
「それだけはさすがに心配でよ。本当につらくなったらヴィンドに逃げ帰ってもいいって手紙を出してはいるんだが……」
そんな手紙出していたんだ。
それほど心配していたんだね。
でも、心を鬼にしてこう告げなくちゃ。
「あの馬鹿姉は秋の終わり付近までなにも、それこそヴィンドにいたときから含めてずっとなにもしてこなかったって言われて酷いショックを受けていた。詳しい内容も知りたいよね?」
「そうですな。末孫が『馬鹿姉』と罵るくらいですから相当酷いことは想像がつきます。ですが詳細を聞かねば」
「まず最初に街をついた時点でダメ出しをされた。ボクが渡したマジックバッグの出来損ないを見とがめられて、バッグごと全部没収。替えの下着をいくつかと服一着は使用人のリリスさんの懇願で手に入れたけど、それだけ。そのあとは使用人室の一室で一切の家具や調度品をしまわれて床に寝る生活が続いていた。毛布一枚着ることを許されずに」
「それは……厳しいね」
「そういう人なんだよ、ユイさんって。そのあとは徹底的に根性をたたき直されていた。でも、それも全然効果が上がらず最終手段としてコンソールにある服飾ギルドに連れて行ったみたいなんだけど……」
「話は読めた。あまりにも熱気が違いすぎて打ちひしがれて帰ってきたんだな」
「帰ってきたときのふらふらとした足取りと青ざめた表情からしてそうだと思う。ユイさんも先生もなにも語らなかったけど、サリナお姉ちゃんの態度があまりにもわかりやすかったから」
「情けないねぇ。それで、原因はなんだったんだい?」
「ユイさんに聞いたんだけど、お姉ちゃんの心の奥底にこびりついた負け犬根性。自分が最下級職の『お針子』だからって言う甘えだって」
「本当に容赦ないな」
「本来なら先生もユイさんも見限っているし家から追い出しているって。ボクの姉だから猶予を特別に与えていたみたいで」
「サリナはそのことは?」
「まったく気が付いてなかった。だからこそ甘えていられた。醜態をさらし続けた」
本当、このことは猛省してもらわなくちゃ。
いまだに恥ずかしいんだから。
「我が孫ながら、本当に情けない……」
「それで最後通告としてユイさんから課題を与えられた。一週間以内に【魔力操作】を覚えられなければ破門、この家から追い出すって」
「【魔力操作】!? この街ではほとんど使える人がいないよ!!」
「コンソールではこれが使えないとどのギルドでもやっていけないんだよ。結局は期限ぎりぎり七日目の朝になってようやく覚えてやってきた。先生特製の栄養剤とかを使って命を取り留めたらしいけど、それがなかったら医療ギルドに運び込んでも衰弱死一直線だったって」
「……コンソールは想像以上に魔窟になっていたようですな」
「ユイさんに言わせれば甘えはこれだけじゃないらしいけどね。荷物を一通りあらためた時に新品の服も見つけて、こんなもの買うくらいならコンソールへの馬車代を用意するのは容易だっただろうって。事前にボクと連絡を取っておけばネイジー商会のコウさんのお屋敷は無理でも、下宿先くらいは紹介してもらえたはず。そこで日雇いでもいいから腕を磨き、服飾ギルドの門を叩くこともできたはずなんだって」
「言われてみればその通りかも」
「そんな甘ったれた根性を抜くまで秋の終わり頃までかかった。そのあとは、日中時間がつくときはユイさんの集中講義、それ以外の時間はすべて自習。夜更かしが過ぎて何度かリリスさんの指導が入ったみたいだけど、そこまでは知らない」
「凄絶な修行をしているな」
「おかげで今は腕をメキメキあげているけどね。ちなみにこれがお姉ちゃんが作った全力の服」
私はテーブルの上に一着に服……子供服をあげた。
素材こそありふれたものだけど……その仕上がりに家族は絶句していたね。
「これをサリナひとりが?」
「ユイさんの指導は入ったそうだけど基本はお姉ちゃんが。あと仕上げもしてある。本人は悔しがってたけど【防水】のエンチャントがかかっているね」
「エンチャント!?」
「『コンソールブランド』ではエンチャントを施して初めて『仕上げ』だからね。本当は子供服だから【防汚】と【擦過傷耐性】もつけたがっていたけど、二重エンチャントなんて夢のまた夢、【擦過傷耐性】なんて初歩エンチャントではないものをつけようなんて全裸で街中に蹴り出されたいですか? まで言われてた。ボクも同意見だから助け船は出さなかったけど」
「いや、【防汚】か【防水】だけでもヴィンドでは一旗揚げられますぞ……」
「ユイさんはまだまだ満足していないみたい。少なくとも春先には服飾ギルドに送り込むって言ってた。詳しい話は聞いていないけど……多分、ある程度の間に免状が取れなかったら破門だと思う」
「本当に厳しいんだね、今のコンソールって」
「入門希望者は新市街からも殺到していて、見習いになるだけでも狭き門だからね。さて、馬鹿姉の話はこれくらいにして、お土産にリリスさんが作った冬の恵みのフルーツパイがあるんだ。皆で一緒に食べよう」
リリスさんの危険物、フルーツパイはあっという間になくなり、皆やる気が出た模様。
その様子を確認したら、ボクは一路コンソールへ。
ニーベちゃんをあまり待たせないといいなあ。
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