409.『マジックバッグ』を作りたいな
「はい。それでは依頼代、確かに受け取りましたわ」
「ありがとうです。ミストさん」
「ありがとうございます。こんなに手間のかかるものを集めていただき」
私とエリナちゃんは冒険者ギルドに来ました。
待ちに待ったマジックバッグの触媒が入荷したという報せが来たのです。
数はあまり多くないのですが依頼したものはすべて揃ったのですよ。
「ちびっ子どもがまた依頼に来たときはどんな無理難題かと焦ったもんだがなあ」
「本当ですわね。今回は取り寄せるだけが難しいだけの品々で助かりました」
「バイコーンの時はご迷惑をおかけしました」
「本当にお詫びします」
「いや、もう過ぎたことだ。それで、素材はまだまだほしいんだろ? 言われたとおり発注はかけてるが……また集まるのは当分先だぜ?」
「本当は急いでほしいのですが……焦っても仕方がないのです」
「確実に集めていただけますか? ティショウさん」
「確実に、って言われてもなあ……」
「そうですね。モンスター素材も含まれるとは言え最高でもDランク下位。採取しなければいけない素材も、それほど山林の奥地や危険な場所に行かなくてよいものばかりですから」
「コンソール近辺でどれもこれも手に入らないってのだけが問題だな」
「コンソールどころかシュベルトマン領でも半数以上が揃いませんものねえ」
そうなのです。
この素材の取れる場所はものすごくバラバラ。
商業ギルドでも取り扱いがないそうなので冒険者ギルドに頼るしかないのです。
「で、その産地どころか属性すらバラバラの素材からなにを作るかも秘密なんだろう?」
「申し訳ないのです」
「あまり教えたくないので」
「私どもも冒険者、無理に聞きはしません」
「ああ。今後も依頼があったら俺たちのところに直接もってこい。可能不可能の判断は俺たちがしてやる」
「それでは失礼するのです」
「追加の素材、また集まったらご連絡ください」
ティショウさんとミストさんにお礼を言って冒険者ギルドを出ました。
次に向かうのはネイジー商会、お父様のお店です。
「失礼するのです」
「失礼いたします」
「おや、ニーベお嬢様。エリナ様。今日はどのようなご用件で?」
「あ、ジェフさん」
ジェフさんはお父様の執事でネイジー商会でも補佐をしている方なのです。
あまりおおっぴらに買い物はしたくないですし、運がいいかも。
「ジェフさん。前に買ったものと同じリュックサック、二十四個ほしいのです。在庫はありますか?」
「あれでございますか。ありますよ。少々お待ちを」
「お願いします」
ジェフさんにリュックサックをお願いして取りに行ってもらうと、戻ってきたときにはお父様も来ました。
お父様も元気そうです。
「ニーベ、エリナ。元気にしているようだな」
「はいです」
「先生方には大変よくしていただいています」
「うむ、なによりだ。それにしても……お前たち、ほかの店で同じようなことをしていないだろうな?」
「していません」
「先生からもコウさんのお店、それも本店でだけ買うようにと指示をされています」
「つまりそれだけ秘密にしたいと言うことか。ものがもの、そして買う相手が買う相手。容易に推測されてしまうからな」
「えへへ……」
「あはは……」
さすがに乾いた笑いしか出ないのです。
お父様も商売人、私たちがなにをしようとしているかなんてすぐにわかってしまうのでしょう。
「それで、作れるのか?」
「まだ全然です」
「まったく足りません」
「そうか。ならば、なおさら気をつけろ。お前たちが並みの冒険者より遙かに強いのは聞いているし聖獣たちも多数守りについている。だからといって油断はするな」
「わかっています」
「心配なさらないでください」
「ああ。商品の用意もできたようだ。ものはマジックバッグに詰めていくのだろう?」
「はいです。あと、これが代金です」
「確かに。おつりを用意してくるからマジックバッグに品を詰めながら待っていなさい」
お父様のお店で素材を購入したら先生の自宅へ戻りました。
そしてリリスさんに一声かけてからアトリエに入り、内鍵を締めてガーネットとアメシストの二重結界で厳重に守りを固めます。
「今回用意できた触媒は二十四回分、ふたりで分けて十二回分ずつなのです」
「少ないよね。この近辺じゃどれも手に入らないから仕方がないんだけど」
「そうですね。私たち、本当に恵まれすぎていたことを実感しました」
「本当に。先生から素材をもらわないだけでこんなに苦労するだなんて思いもしなかったよ」
「これが普通なんですね」
「これでも恵まれてるんだよ、ボクたち。お金はたくさんあるもの」
「はい。あと資料も先生に頼めば用意してもらえます。昔は当たり前だと考えてしまっていましたが、全然当たり前じゃないのです」
「先生、頑張る人には優しすぎるから。認めてもらえるのは嬉しいけれど……甘えすぎないようにしないと」
「ですね。本当はディスストーンとかの素材も買えればいいのですが」
「先生だけじゃなくてほかの錬金術師やアトモさんたちも無理だって言ってたでしょう? 近辺で手に入らないだけじゃなくて、それなりに面倒なモンスター素材だから集めたがらないって」
「なんですよねえ。私たちもひとり立ちしたら自力採取でしょうか」
「多分その方が早い。移動するのにもルビーやクリスタルがいるし、ほかの聖獣たちもいるからモンスター素材も集めやすいし」
「素材集め。大変ですね」
「本当だね。今後もひとり立ちの練習だと考えて、集められる素材は自分たちの可能な方法で集めよう?」
「ですね。そうなると商業ギルドとかにも顔を出して錬金術道具店なども覚えておいた方がいいのです」
「昔回ったときは錬金台しか見て回らなかったけど、ほかにもいろいろあったからね」
「ですです。さて、そろそろ始めましょう」
「そうだね。始めようか」
私たちはそれぞれのマジックバッグから錬金台を取り出しました。
普段の錬金術用でも武具錬成用でもない、時空魔法専用のものです。
「……この錬金台だって本当は自作なのです」
「そもそも時空魔法専用の錬金台なんてわからないよね」
「属性配置がバラバラどころか全部時空属性に置き換わっていますからね」
「先生はセティ様から習ったらしいけど……セティ様は誰から教わったんだろう?」
錬金炉に火が灯るまで数分かかるので少しおしゃべりしながら待ちます。
この錬金台、作るだけで三日間使ったのですよ。
「ん、使えるようになりました」
「こっちも。始めようか」
「はいです」
今私たちに使える時空魔法は『ストレージ』だけ。
なので、バッグに付与できるのも『空間拡張』だけです。
それだってレベルが低いので倍率が低いですし、一瞬でも気を抜けば……。
「……破れたのです」
「ボクも」
バッグが破れて失敗します。
時空魔法を施せる時間は極めて短いので瞬時に作業を終わらせないといけないのですが、恐る恐るやり過ぎると拡張どころか容量が減ってしまい、広げようとしすぎるとバッグを破いて失敗する。
おかげで全然成功しません。
「反省点、あげようか」
「はいです。エリナちゃんは魔力がブレていました」
「ニーベちゃんは注ぎすぎていたかな」
「むう。あれで注ぎすぎですか」
「うん。多分、魔物革のバッグならともかくただのリュックサックじゃ破けるよ。ボクの魔力ブレも問題だけど」
「魔物革のバッグでもいいのですが……値段はともかく練習にならないのですよね」
「そうだね。普通の布地に施せるようにならないと魔物革は早いかな」
最初の頃こそひたすらに失敗を繰り返していたのですが、途中からお互いに問題点を指摘し合うようにしました。
一回目の成功までは先生が触媒をわけてくれていたとは言っても、無駄遣いはしたくなかったのです。
「とりあえず、次行くのです」
「そうだね。次に行こうか」
私たちはそのあとも失敗と問題点の指摘を交互に行い折り返し地点、七回目を行おうとしたところで結界を揺らす振動に気が付きました。
このパターンはリリスさんなのです。
「リリスさん、どうしたのですか?」
「その様子ではやはり時間に気が付いていませんでしたか。もう夕食になりますよ」
「夕食!?」
「もうそんな時間!?」
壁掛け時計を見れば確かにもうすぐ夕食時間なのです。
まったく気が付いてなかった……。
「早くアトリエを片付けておいでなさい。それでは」
「早く片付けるのです!」
「皆を待たせちゃまずいよね!」
私たちは急いでアトリエを片付けて食事に向かいました。
そして夕食後の指導時間は先生に頼んでマジックバッグの再講習です。
「ふむ、触媒は届きましたか」
「はいです。もう半分使っちゃいましたが……」
「やっぱりボクたちの腕じゃ『空間拡張』だけでも難しいです」
「まあ、諦めるのは早いでしょう。それぞれ今の状況を確認させてください。悪い点、直した方がいい点を指摘してあげます」
先生の指示通り一回ずつ確認してもらったところ、私はやっぱり魔力の流し方が急すぎて袋を傷め破いているらしいのです。
改善方法は事前に袋をいくつかダメにしてもいいから魔力を通して強度を確認し、それに沿って付与するように指示されました。
エリナちゃんの方は魔力を潰すように流してしまっているそうで、余計な圧力をかけているそうです。
そちらはくるむように優しく包み込むようにするよう指摘されていました。
実際、先生の言うとおりにやると、ふたりとも『空間拡張』に成功したので不思議なのです。
それからマジックバッグ用触媒の別パターンも教えてくれましたが、やっぱりこの近辺で手に入るものではありませんでした。
近辺で手に入るものは『妖精の花』の花びら数枚というのがありましたが……綺麗なので断ったのです。
先生は『その謙虚さがあれば週に五輪か六輪は花を分けてくれるはずですが』と言っていましたが、あんなに綺麗なものを練習で使い潰すのはやっぱりもったいないですよ。
別パターンというのも魔物学や植物学の本で調べてみると、Cランク下位のモンスター素材だったり少し危険な場所にしか生えていない草花だったりするので難しいかなと感じながらも先生に相談してから冒険者ギルドに行きました。
今回は断られるかなと思っていたのですが、ティショウさんもミストさんも笑ってこう言いながら引き受けてくれたのです。
「この程度の依頼、引き受けられなくては冒険者の意味がありませんわ」
「だな。もしこの依頼で死んじまったら無謀か無理をした馬鹿者ってことだ。覚悟の足りないやつのやることまでお前らの責任じゃねえ。お前らだって覚悟を決めて薬を作ってるんだろう? それと一緒だ」
私たちには依頼していいことと悪いことの線引きはまだまだ難しいのです。
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