400.ギルドマスターの背中
僕が支部に出向いての出張講義……というか実演の日程はミライさんの手によって翌日となりました。
イーダ支部長とロルフ支部長補佐は特に反対をしなかったそうですがシュミット講師陣が『僕の手を煩わせること』に反発、ウエルナさんの説得によってなんとか一日だけ、各教室を回るだけということで納得してもらえたそうです。
僕の手ぐらい、空いてるときはいくらでも貸すのですが。
「最初は……この教室からですか」
僕は早速一番目として指定されていた教室に入ります。
入りましたが……。
「スヴェイン様、わざわざ来ていただき申し訳ありません。ですが……」
「不完全燃焼もいいところ、ですね」
うん、情熱の火が消えかけています。
僕個人としてはまた春にはふるいにかけ、こぼれ落ちたものを切り捨てる覚悟でした。
ですが、ここまで熱意を失った教室があろうとは。
「ええと、あなたは……」
「ギーゼラです。このような教室からで申し訳ありません」
「いえ、これもお仕事です。それにミライさんの判断があったとはいえ支部を建てるだけ建て、ほぼ放置したのは僕の責任。このくらいの後始末はしないと」
「つまりこれでもダメなら」
「申し訳ありませんが次のふるいで落ちるでしょう。せっかくシュミットから志願して来ていただき、指導していただいているのに申し訳ないのですが」
「いえ。私もつい先日、本部の風に当たってきました。スヴェイン様の存在だけであれほどまで風が違うなど……本当にうらやましく、悔しいです」
「僕は大したことをしていませんよ。最初期の指導と……せいぜい素材と環境を整えているだけです。支部も同じはずなのに、人を育てるとは本当に難しい。弟子は僕もアリアも手間暇かけている自覚があるのですが、ギルド本部はよくわからないのです。個人的には弟子の指導を行う片手間ですし」
「その最初期の指導が大きいのかと。自分たちが見せられる背中など所詮は届く背中。セティ様やスヴェイン様のような届かない背中を見せることが重要なのです」
「……ほかのギルド。僕みたいな存在がいなくとも回っているんですがね」
「それは人員拡大を急ぎすぎたツケですね」
「反省しています。……さて、熱意のない方に火をともせるかどうか。ユイ……〝努力の鬼〟ですら悩みに悩んだ難問。僕に解けるでしょうか?」
「ユイ、ですか。彼女もまたうらやましい。久しぶりにシュミットの集まりに顔を出し、服飾組に夫婦事情を根掘り葉掘り聞かれていましたが本当に輝いていました。史上最年少で講師資格を得ただけはあります」
「ええ。僕とアリアを一目惚れさせた少女です。実演ですがどの程度から始めましょう?」
「わかりやすく最高品質ポーションからお願いします。そのあとは素材を伏せて特級品ポーション、ミドルポーション、高品質ミドルポーション、最高品質ミドルポーションで。それでも火が付かなければ……それまででしょう」
「わかりました。では、始めます」
打ち合わせも終わりましたし講師用の教壇に立ちましょうか。
「どうも皆さん。知っているかもしれませんが自己紹介を。『新生コンソール錬金術師ギルド』、ギルドマスターのスヴェインです。一応ギルドマスターですが今年成人したばかりの十五歳。まあ、侮るなというのが無理というもの。侮りたければどうぞご自由に」
ここで一呼吸間を挟んで続きを。
「ですが、そのような甘え、『新生コンソール錬金術師ギルド』には通じません。ここでは技術の上下のみが絶対の差。それをわからせてあげましょう」
さていよいよ実演のお時間、どれだけの人が息を、熱を吹き返すか。
まずはわかりやすい、とてもわかりやすい、もう手が届くものがいるであろう最高品質ポーションから。
……この時点で驚く方がいるのはなぜでしょうか?
次は素材……触媒を隠した上で特級品ポーション、ミドルポーション、高品質ミドルポーションと難易度を上げていきます。
ここの方々では特級品ポーションの時点で手が届かないのでしょう、諦めの空気すら感じました。
最後、わざと『バイコーンの生き血』の魔力を漏らしながら最高品質ミドルポーションを作って終了。
この時点で……打ちのめされている者がほとんど、熱を取り戻した者が一割くらいですか。
ユイがサリナさん相手に散々苦悩して、僕に甘えてきていたのもわかります。
……今度は僕がユイに甘えましょうか。
散々恥をかかせたあとですが。
「あなたたち。これがギルドマスターの技術、そのひとしずく未満です。本来ならばもっと上の技術披露もしてもらうこともできますが今のあなた方には不適格。せめて最高品質ポーションくらい安定、『新生コンソール錬金術師ギルド』基準で安定するようになりなさい。そうすればまたお願いする機会もあるでしょう」
ギーゼラさんがそう締めくくりましたが……果たして何人がもがいてくれるのかどうか。
期待薄ですしユニコーンの代わりを作ってくれている人たちの方が情熱がありそうです。
ふるいにかける予定ではありましたが、少々強めのふるいにかける必要があるのかも知れませんね。
そのあとも次々と教室を回り、同じ内容の実演を行いました。
指定された教室を巡るたびに熱意があふれているので気になって講師に聞き出したら、『やる気のないギルド員から順番に見せていっている』と言われ納得してしまいます。
昔、シュベルトマン侯爵を案内したときと一緒ですね。
半分を過ぎたあたりからは情熱に満ちている者しかいなくなり、僕もハイポーションまで披露することにしました。
それを諦めずに憧れを持って見つめているまなざしはとても気持ちがいいです。
残り三教室になってからは第一位錬金術師が基本となり……僕を見て怯え始めるのはなぜですか?
理由を聞き出したら第二位錬金術師の指導が怖すぎたようですね。
怯えていた第一位錬金術師たちは薬草を枯らせた者たちらしいです。
反省しなさい。
今のうちならまだ失敗しても大目に見てもらえてますから。
あれでも。
「さて、最後は……教室じゃないですよね、ここ?」
最後に指定されていたのは講堂でした。
元々はなかった施設なのですが、ウエルナさんたちからの要望で建物の一部をリフォームしていただいて造った施設です。
「……入り口は開いていますし、間違いではないでしょう。失礼します」
講堂に入った途端、感じたのはすさまじいまでの視線。
講堂の席はほぼ満席……いえ、立ち見もいますね。
ローブの色からして見習いから第一位錬金術師まで様々ですが、この集まりは一体なんでしょうか?
「お手数をおかけしています。スヴェイン様」
「最後はウエルナさんですか。ここに集まっている方々は?」
「はい。今日の実演の話を聞きつけ嘆願してきた錬金術師です。いや、講堂の席で埋まりきらないとは俺も想像してなかった」
「実演の話を聞きつけた? 決まったのは昨日の午後ですよね。なぜその情報が漏れたのですか?」
「噂話程度に漏らしました。その上で昨日のうちに俺たち講師陣へ真偽を確かめに来て集まったのがここにる連中です」
「人が悪いですよ?」
「お飾りではなく本物の実力を持つギルドマスター直々の実演です。その程度の情報網を持っていないようじゃダメでしょう」
「本当に人が悪い。それで、ここでの実演要望はなんでしょうか? ここ数件ではハイポーションまで見せてきました」
「最高品質のハイポーション、お願いできませんかね?」
「それ、ウエルナさんの希望も入ってますよね? あと、こっそり講師陣も入ってきたようですし」
「正直に言います。俺らシュミット講師陣の希望です。アリア様やリリス様たちに怒られる覚悟はしてあります。以前、俺らが来る前に実演をやってぶっ倒れかけたことも聞きました。その上でお願いしています。俺らにも届かない背中、見せてはくれませんか?」
やれやれ、本当に講師を務めるだけあって貪欲です。
まあ、悪い気はしないので……アリアに怒られてユイに慰めてもらいましょう。
「わかりました。アリアたちに報告しないわけにはいきません。一緒に怒られてください。あと、一発程度は魔法が飛んでくるかもしれないのでミドルポーション以上のご用意を」
「よっしゃ! 聞いたなお前ら!! スヴェイン様ですらまだ安定していない技を拝めるんだ!! 見逃すんじゃねえぞ!!」
一番熱気がすごいのはウエルナさんですが……無視しましょうか。
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